2010年7月4日日曜日

遷子を読む(66)

遷子を読む(66)


・・・中西夕紀、原雅子、深谷義紀、仲寒蝉、筑紫磐井


わが病わが診て重し梅雨の薔薇
     『山河』所収

仲:遷子が胃癌を発症し、手術してからの最晩年の句です。この辺が医師としての辛いところですが、いくら主治医が「胃癌ではなく胃潰瘍ですよ」とか「そのうちによくなってきますよ」と気休めを言っても患者自身に医学的知識があり、況して同じような病気の患者を診た経験があればそんな誤魔化しは通用しないのです。ただ以前も議論になったように医師も人間ですから客観的には悪性としか考えられなくても自分の体のこととなると希望的観測のほうに傾きがちです。「こうあって欲しい」がいつの間にか「こうであるに違いない」にすり替わるのです。ある意味医師の人間味が直截的に出てくる場面と言えます。医師俳句なるジャンル(?)があるとすれば往診の句よりも看取りの句よりも、自分の病気を診るというこの句こそが究極の医師俳句と言えるのではないでしょうか。

この前の句には「肝炎再発」の前書きがあり、後の句には「梅雨深し余命は医書にあきらかに」とこの句と同じような心境が詠まれています。この頃の句を読むと「口軽く病を語る百日紅」と言ってみたり、「冷え冷えとわがゐぬわが家思ふかな」と絶望してみたり、遷子の心は揺れ動いています。自分に対しても周囲に対しても正直だからこそ揺れ動くのであり、その点にとても共感を覚えます。実に人間らしいではありませんか。

この句は中七の「重し」で切れていますから所謂二句一章、二物衝撃、取り合わせの句です。下五の季語である「梅雨の薔薇」は単に背景であるとか中七までの流れから必然的に出てくるものではありません。我々はこういう俳句の作り方を普通にしているし山ほど読んでもいますが、楸邨の「鰯雲人に告ぐべきことならず」が難解句とされた時代であればこの句もまた難解句の仲間に入るのかもしれません。「梅雨の薔薇」は「重し」と思っている作者自身の心の象徴と取れます。難解句どころか逆に分かりすぎるとの批判もありそうな程です。季語として使うときは薔薇と言うだけで夏に決まっている、それを敢えて「梅雨の」薔薇と言挙げしたのは、あのじめじめしたやりきれない空気の中で咲く薔薇の(私は真紅の薔薇を思いました)まとわり付くような強くしつこい香りを言いたかったのでしょう。不快ではないけれど鼻を背けたくなるようないたたまれなさをこの薔薇は象徴しているのだと思います。

中西:医師俳句として、究極の医師俳句という寒蝉さんのご指摘、まったく同感しました。自分のことを描いている最もシビアーな俳句ですね。

死の自覚はないので、梅雨の薔薇が効果を出しているように思います。薔薇があって救われるような気がします。

肝炎再発の前書きのある句の前は、

木々の芽や木々の蕾や春激す
花の中雀はげしく追ひ追はれ
放縦に背戸の李の花盛り

などの花鳥の句が並んでいますが、掲出句以後は自分をみつめる句が、深まりながら続いていきます。

季語は俳句を詠むときの楽しみでもあります。こんな切実なことを描くときまで、季語を探している俳人の性が見えるようで、ますます切なくなります。

原:死病を知らされたとき患者に訪れる心理的葛藤の段階には否定から受容に至る経過があるそうですが、多くの症例を見て病気を熟知している石の身にとっては、刻一刻命が削られていくのが見えるような気がするのではないかと想像します。

遷子は直接病名を告げられてはいなかったようですから、自分の病状を自ら診断しつつ、疑念が頭をもたげてくるのもしばしばだったでしょう。「わが病わが診て重し」のフレーズには、そんな苦悩がこもっているように感じます。

下五に置かれた「薔薇」から仲さんが香りに注目されましたが、私は幾重にも花弁を重ねたバラの形状、その量感を思いました。

深谷:初めて掲出句を含む一連の作品(仲さんが引用されたもの)に接した時、胸が苦しくなるような切迫感を覚え、「医師とは何と業の深い職業なのか」という感慨に捉われたことを思い出しました。確かに、これらの句は医師以外の人間(作家)には決して作りえない作品ですから、形式的にも「究極の医師俳句」といえるでしょう。しかしそれ以上に、職業人としての冷徹な病状診断と生身の人間としての楽観的観測との間に揺れる作者の心のありようがストレートに伝わってくるものであり、医師なるが故の切なさ、一個の人間の生き様を俳句形式に結実させた作品として高く評価されて然るべきでしょう。仲さんの仰る「究極の医師俳句」も、こうした意味で規定されたものと解釈いたしました。遷子の作品には、そうした実直さに裏打ちされた訴求力があります。

下五の「梅雨の薔薇」は真っ赤な薔薇を想起しましたが、薔薇の香りではなく、雨に打たれながらも散らずに、懸命に耐えている様子を思い浮かべました。確かに、こうした視覚的アプローチよりも、薔薇特有の濃い匂いに焦点を当てた嗅覚的アプローチの方が作品に深みが出るかもしれません。仲さんの指摘によって、読みが深まったような気がします。何れにせよ、「梅雨の薔薇」の斡旋によって遷子の闘病生活の痛ましさが伝わってきます。

筑紫:先日中西さんと、金子兜太の「造型俳句論」で表現派(中村草田男・加藤楸邨・新興俳句)に対立する諷詠派とよばれた石田波郷の「今生は病む生なりき鳥頭」について議論したことがあります。中西さんは、鳥頭は軽い添え物の季語のようで、「今生は病む生なりき」で波郷ははっきり思いを述べているのではないか(つまり表現派だと言われたかったのだと思います)といわれるのです。

私は、「今生は病む生なりき」という美しい述懐の言葉は、季語の趣味によりかかっているようだと答えたのでした。この述懐はやはり美しい韻文であって、装った言葉に見えたのです。

それに引き替えて遷子の「わが病わが診て重し」は何と拙劣な散文であることでしょうか。しかし、波郷の「今生は病む生なりき」より生々しく感じます。人は詩の中で死ぬのではなく、散文の中で死ぬのでしょう。現在であれば最先端の医療機器の雑音、子供の声、隣の病室の迷惑な騒音、遠縁のもののぼそぼそとした病人と関係のない会話、そんなものが患者の神経を傷つけつつ死期が迫ってくるのではないかと思います。

この句はそこまで死期は差し迫っていませんが、妄想のように自分自身の診断をしている医師である患者がいて、希望したり絶望したりしている一瞬を描いているように思います。「わが病わが診て重し」は嘘です。「重し」と言いつつも次の瞬間には作者は何かの希望を持ってもいるようにも思えるからです。客観的な事実の句ではあり得ません。そこにギリギリの文学性が生まれるのだろうと思います。

「梅雨の薔薇」は「鳥頭」と違って季題趣味ではないと思います。意味もなく、遷子の前にあったから詠んだ、いいも悪いもなく存在そのものであったように思うのです。その意味では、文学としては動く季語です。しかし遷子の記録としてはまぎれもなくこのとき存在した事実であったのではないでしょうか。

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