2010年7月4日日曜日

平成百人一句鑑賞 飯田龍太

「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(15)
飯田龍太「牡丹の花を離れて大河あり」


                       ・・・大井恒行

飯田龍太(1920〈大9〉・7・10~2007〈平19〉2・25)の平成の自信作5句は、以下。

牡丹の花を離れて大河あり「雲母」平元・6月号
冬晴の空大國の和すごとし 同 平2・2月号
 浦上天主堂
鐘けふも下天(げてん)にひびき冬茜 同4月号
百千鳥雌蕊雄蕊を囃すなり 同5月号
山の百合山の子山の香とおもふ 同7月号

飯田龍太が「雲母」900号をもって終刊したのは1992(平成4)年8月。この豈weeklyは、比べるべくもなく、はるかに歴史は浅いものの、もうすぐ、ひとまずの区切りをつけて、終刊するという。それなら飯田龍太の平成の自信作5句で、その掉尾を飾るのも悪くはないと筆を取った(いや、キーボードに向かった)次第。

一句鑑賞者は、糸大八。その一文には「牡丹の花には微風がにつかわしく、わずかな風のそよぎにも、したがい、右に左に波打つさまは言い表しがたい。この句はそのような牡丹に魅入られている視線を、ふと離して見るとそこに滔々たる大河が眺められたという句意であろう。あるいは、駘蕩たる牡丹の花の向うに、これまた駘蕩たる大河を同時に見ていると解してもいいのだ。どちらに解するかは作者の目の位置によることであるが、句の中七字『花を離れて』の微妙な間合が鑑賞の要点であろう。(中略)/牡丹を『ぼうたん』と四音で読ませるのはもちろん作者もその語感を十分意識しておりその語感によって一段と妙味が増す作品である。したがって読後、こころが大河の滔々たる流れの中にある気分になる」としたためている。見事な鑑賞である。この駘蕩とした句の感じは、二句目「冬晴の」の句の下句「大國の和す如し」にも、三句目「鐘けふも下天にひびき」と「冬茜」の視線の移動にも、また、四句目「百千鳥」と「雌蕊雄蕊」、さらに五句目「山の百合」と「山の子」の間合、視線のわずかな転換にも共通して感じられるものである。その微妙な感じが心を駘蕩とさせるのである。

思えば、龍太が「雲母」を終刊にし、俳壇から身を退く約2年前のことであった。

今、思い出したが、僕が俳句総合誌に作家論を書いた最初のものは飯田龍太論である。廃刊になって久しい「俳句とエッセイ」(牧羊社)の飯田龍太特集、それも何かのお祝いの特集であったように思う。手元にその雑誌の号が見当たらないので、詳細は忘れて記すことができないが、当時の担当編集者は牧羊社に入社間もない島田壽郎(牙城)だった。お祝いにもかかわらず、その辺の事情に疎かったぼくは、飯田龍太に対する疑問点などを述べたのではなかろうか(島田氏に迷惑をかけるところだった)。すでに三十年以上昔のことかも知れない。飯田龍太に魅せられていた故のことである。

--------------------------------------------------

■関連記事

「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(1) 阿波野青畝「蝶多しベルリンの壁無きゆゑか」 ・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(2) 永田耕衣「白菜の道化箔なる一枚よ」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(3)  橋閒石「銀河系のとある酒場のヒヤシンス」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(4) 加藤楸邨「霾といふ大きな瞳見てゐたり」 ・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(5) 高屋窓秋「花の悲歌つひに国歌を奏でをり」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(6) 能村登四郎「まさかと思ふ老人の泳ぎ出す」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(7) 稲葉 直「大根おろしの水気たよりにここまで老い」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(8) 中村苑子「炎天下貌失しなひて戻りけり」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(9) 後藤綾子「家中にてふてふ湧けり覚めにけり」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(10)田川飛旅子「草の絮一本足を立てて降る」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(11)桂信子「遠富士へ萍流れはじめけり」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(12)佐藤鬼房「実体のわれは花食い鳥仲間」・・・大井恒行 →読む
「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(13) 原子公平「折り鶴一羽を殺めて癒す花の鬱」・・・大井恒行 →読む

「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(14) 草間時彦「人影の螢まとひて来たりけり」・・・大井恒行   →読む
-------------------------------------------------

■関連書籍を以下より購入できます。

0 件のコメント: