田川飛旅子「草の絮一本足を立てて降る」
・・・大井恒行
田川飛旅子(1914〈大3〉・8・28~‘99〈平11〉・4・25)の平成の自信作5句は、以下。
草の絮一本足を立てて降る 「陸」平2・7月号
湯煙の芽木へあがりて真夜なる 「陸」同・6月号
わが愛は飴呉るるだけ裸孫 「陸」平元・9月号
左右の別なき雪沓をはき雪へ 「文藝春秋」平2・3月号
拳で叩く芽木の吊鐘低答す 「俳句」同・6月号
一句鑑賞者は、現在「草樹」編集長の妹尾健。その一文には、「クリスチャン俳人ということばが、現在の俳壇に定着しているとはいえないだろうが、田川氏の出自また人間探求派の中に宗教を――特にキリスト教に接近する側面のあることを私らはもっと知っておかねばならない。勿論、それはすぐれて俳句史の課題でもあるのであって、キリスト教への接近が、たんなる素材でのみおわることもあるのであるが、田川氏の場合は自己の存在を賭したものであったことは、容易に理解することができるのである。そしてそのことはまた田川氏が信仰と表現という、このともすれば違和を起こしやすい領域を調和し得てきた稀有に属する人であったことを示しているのである」と述べ、末尾に「氏の孤絶はやはり『一本足』にかかってくるのだろう。それはいまにも倒れかかってくるようにもみえながら、それを支えるのは『一本足』なのだ、ということをあらわしているようにもとれる。この孤絶した心情はやはり氏の中に流れている信仰というものがあるからなのだろう。人はしばしば信仰をもちさえすれば安心を得るように考えてしまう。しかし、本当はそうではないのである。そこにあるのは孤絶した心情によって、自己を支えることなのである。それは周囲の世界があたかも救済されたかのようにみえるただ中にあって、ひとりで立ちつくすことなのである」と記している。
田川飛旅子(ひりょし)の本名は「博」。19歳で日本メソジスト教会の洗礼を受けている。一高在学中は土屋文明選アララギにて短歌を学ぶも、1940(昭15)年、大学卒業後、古河電気工業(株)に入社、杉山白夜に勧められ俳句を始める。巷は紀元2600年祝賀行事に沸いていた。
その田川飛旅子について「俳句研究」(昭和56年11月号「特集・田川飛旅子研究」)編集後記に高柳重信は次のように述べている。「顧みれば、加藤楸邨の『寒雷』が創刊されたのは昭和十五年十月であるが、その予告が出て以来、実際に創刊号が出るまでの期間を、多くの青年俳人たちは文字どおり、一日千秋の思いで待ちつづけたのであった。当時、編集子は早大の学生であったから、通学の途中、その発行所である江戸川橋の交蘭社を毎日のように訪れて、それを創刊の当日に入手したことを記憶している。その約一年後には、遂に大戦に突入するという時代であった。そのような緊迫した状況下にあって、当時の青年たちの思いを曲がりなりにも俳句に託すことの出来そうなところは、新興俳句の弾圧が着々と進行してゆくとき、もはや、この新しい『寒雷』しかなかったと言うべきであろう。そして、その『寒雷』の創刊号において、楸邨選の雑詠の巻頭を占めたのが田川飛旅子であった。このことは、その後の時代の推移の中で、人間探求派の系列が次第に俳壇主流の位置を占め、また『寒雷』系の俳人たちの多くに日が当たりはじめたとき、田川飛旅子にとって非常に大きな意味を持って来たにちがいない。もう、四十年も昔の記憶である」。
「寒雷」創刊号の巻頭となった句は、田川飛旅子の第一句集『花文字』の巻頭句でもある「胸の湿布替えいるひまも聴く野分」である。
僕が40歳代の頃(すでに、20年ちかくになるが)、現代俳句協会の幹事会などで見かけた姿は、偉丈夫でありながら、真面目で温和な人という印象であった。その結社誌「陸」は田川飛旅子没後、中村和弘が継承している。
遠足の列大丸の中とおる 『花文字』
犬交る街へ向けたる眼の模型 『外套』
父死せり寒く大きな鼻を残し 『植樹祭』
顕微鏡で覗く聖書に生えし黴 『使徒の眼』
非常口緑の男いつも逃げ 同
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