■「俳句空間」No.15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(3)
橋閒石「銀河系のとある酒場のヒヤシンス」
・・・大井恒行
橋閒石(1903〈明36〉・2・3~92〈平4〉.11.26)の平成の自信作5句は、以下。
日輪も氷柱も呼吸始めたり 「白燕」平元・4月号
蛍の夜ふけて楕円に似たりけり 同 8月号
梅雨の木々やや躊躇うて夕焼けぬ 同 10月号
顔剃らせいて梟のこと思う 同誌 平成2・2月号
銀河系のとある酒場のヒヤシンス 「俳句研究」平成2・7月号
一句鑑賞者は「白燕」同人の藤川游子。一文の中で「『一筋の縄引きあってヒヤシンス』という高浜虚子の一句にとどまらないのが、銀河系を映したヒヤシンスである。/水平視線に空間が設定された。/『とある酒場の』とある(とあるに傍点)――は閒石氏独自の句風による」「俳諧のたわむれごころは、ヒヤシンスの和名風信子(ふうしんし)に興味をもたげ、多少意味合いを深めてヒヤシンスを得られたのであろう」と鑑賞している。
閒石は金沢市に生まれ、本名は泰来(やすき)。昭和6年、神戸高等商業学校(現、兵庫県立商科大学)英文学教授として神戸に住むようになって、俳諧師寺崎方堂を知り、「羅月吟社」に入り、連句の研究、実作に熱を傾けた。連句では素風と号し、昭和10年立机を許され号を閒石と改めた。昭和24年、俳句・連句・随筆の三位一体の雑誌として「白燕(びゃくえん)」を創刊主宰。俳句は、病弱で休学を繰り返していた中学校時代に図書館の本を借りては独学したという。
「痩身淡白の人」と評したのは金子兜太であるが、淡白の白にこじつけるわけではないが、どうしても白の人というイメージがある。あるいは、閒石の石でもよいが、石の人でもあるように思える。第一句集『雪』からしてすでに白い。「白」の頻出度合いや石のイメージの句ならば、上げれば切りがないと言ってよい。取り敢えず、第一句集『雪』と第18回蛇笏賞を受けた第七句集『和栲』からのみ、いくつか抽出しておこう。
白き花朧の底に匂ひゐる 『雪』
嘶きに応ふ嘶月白し 〃
秋の湖真白き壺を沈めけり 〃
急湍を前に鮎焼く石白し 〃
春風や何も彫らざる石の面 〃
石階に折れて冬木の影淡し 〃
まさしくは死の匂いかな春の雪 『和栲』
白露や老子の牛の盗まれて 〃
鶺鴒の消えたる石の濡れはじめ 〃
来し方は白き磧の凍夜かな 〃
白葱を二三本ぬき鼓うつ 〃
行くほかはなし白日に藤懸かり 〃
還暦で上梓した第4句集『風景』以後は、表記を新仮名遣いに変更した。仮名遣いを新仮名遣いから旧仮名遣いに変更してくる俳人は多いが、その逆は多くはないだろう。かつて林田紀音夫が、現実の猥雑さに賭けるからこそ、新仮名遣いにするのだと、どこかに記していたが、時代的な背景があるのかも知れない。その『風景』のあとがきに「人はしばしば、私を孤高と評した。高はまったく当たらないが、孤はみずから招いた罪である」と記している。あるいはまた、句集も「無辺際に織られゆく遊びの布のおもてに、たまたま浮き出た微かな模様」(『荒栲』後記)という閒石の「遊び」とは「囚われない心ざまのことである。粘着を厭う私の生き方は『和栲』の現在も、いよいよ純化こそすれ、いささかも変わっていない」(『和栲』あとがき)と言う。
平成の自信作5句は、「螢の夜更けて楕円に似たりけり」と「ふけて」を漢字の「更けて」に変えたほかは、そのまま、第10句集『微光』(沖積舎・平成4年刊)にすべて入集されている。また、「白燕」誌名の由来は、芭蕉七部集「冬の日」の荷兮の付句「白燕濁らぬ水に羽を洗ひ」から「白燕」を音読して採用したもの。先ごろ、「白燕」に昭和51年12月から平成4年12月まで97回にわたり連載された小文をまとめて、和田悟朗編橋閒石著『俳諧余談』(白燕俳句会刊)が出版された。そのあとがきに和田悟朗は次のようにしたためている。
「ところで、『ところで』は、閒石先生が頻繁に使われた接続詞だが、ことし平成二十一年は、『白燕』創刊の昭和二十四年から六十年目に当たる。そして、閒石先生没後十六年目に当たる。偶然にも十六年はこの『俳諧余談』の継続十六年とほぼ同じだ。今や『白燕』に関わるいろいろのことが『遠くなりにけり』となったので、われわれは潔く六十周年を期して『白燕』を終刊することに決めた。閒石先生もそれを許されるであろう」。
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