2009年4月24日金曜日

「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(2)

「俳句空間」№15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(2)

永田耕衣「白菜の道化箔なる一枚よ」


                       ・・・大井恒行


「道化箔」には「どうげはく」とルビ。永田耕衣(明33・2・21~平9・8・25)の平成の自信作5句は、以下。

餅あまだ橋越え切らず都鳥  「琴座」 平元・3月号
白菜の道化箔なる一枚よ  同誌 平2・3月号
姫旋風その残像の遠忌かな  同 4月号
  ⇒「姫旋風」に「ひめつむじ」とルビ
白光のかの蓬まで行かば死す  同 6月号
  ⇒「白光」に「びゃくこう」とルビ
白桃や総の道行く死者の群  同 7月号
  ⇒「総」に「そう」とルビ

一句鑑賞者は安井浩司。その冒頭に、安井浩司は「一枚の道化箔(箔に傍点)は、いわゆる道化剥(剥に傍点)の運命のまま厨の片隅に置かれているようだ」と頷き、「白菜一個を買うて、菜片を剥いたのである。中程度の手頃の白菜だが、何と大小五十三枚の箔片(箔片に傍点)を数えることが出来、その白菜の秘めたる道化(どうげ)箔的な生命力に驚いたのであった」と記し、さらに加藤郁乎『江戸俳諧歳時記』に大根はあるが、白菜はなく、白菜には「多葉結身なる豊饒性にもかかわらず、その存在力に倭国的時間が滲み透っていない」とし、「〈道化〉(どうげ)百変性にみちている。近代料理の鍋物において魚肉の血を鎮め、漬物となっては近代人の肉食の暴を鎮める、といった今日的菜霊(菜霊に傍点)をたっぷり盛った異文化含みの代物」と言い、「何のことはない。作者は〈一枚〉と言っている。正に五十三枚が〈一枚〉において成立」しているのだと言う。

永田耕衣には、耕衣造語を集めた一著(金子晋篇『耕衣造語俳句鈔』)があるくらいだから驚くことはないが、その造語に安井浩司は「〈道化箔〉とは、詩において何か。人は、いやとりわけ詩家は絶対に(この世に無い)言葉を創出することはありえないという原則を踏みつぶすことは出来ぬと同時に、いよいよ積極的に造語してよい使命があるのであって、そのことは何ら矛盾するものではない。とすればそこに、詩の最高原理に属するものとして、これまた言葉の微妙な道化性に触れることができる仕組みとなるのだ」と断じている。

また、白隠の「毒語心経」の言葉「劈百合求中心」を引きながら百合根に中心は無く、一片一片が中心であり、それがまことの百合根の謂いであり、「白菜結体に置き換えることが出来る。白菜の一片一片がみな道化(どうげ)であり、その片々において真の白菜なんだよ、と。――白菜の旨い季節が来たようだ」と結んでいる。

永田耕衣に、私は二度会っている。しかし、いずれも挨拶程度。一度目は、今となっては、なぜそういうことになったのかは、全く記憶が無い。西下の折り、たまたま、神戸の町で、四谷龍、冬野虹に出会い、元町の「琴座」の句会に連れて行ってもらったのだ。二度目は、〈旭寿・永田耕衣の日〉(平成2年6月)のお祝いの会である。小島信夫の講演と大野一雄の舞踏が行なわれた。九十歳の卒寿ではなく、数え歳九十一に因んで「旭」の文字を当て「旭寿」としたもので、造語癖のある永田耕衣に相応しいネーミングだった。まだ、田荷軒・永田耕衣が十分に健在の頃のことである。

1970年代半ば、永田耕衣の著作がいわゆる俳壇のみならず、一般の人の目に触れるようになったのはコーベブックス・渡辺一考の力が大きく与っているように思う。もともと、コーベブックスは、神戸三宮駅、駅ビルに地元の本屋が少しずつ資本を出し合って大型書店の進出に対抗するべく設立された書店で駅ビル地下街に店を出した。その出版部門である。当時、500部から1000部程度の限定本であったが、コーべブックスの営業の方が、関東に出張の際、私の勤務していた弘栄堂書店にもよく来られた。そうした営業努力と相俟って、『金色鈔』『冷位』『一休存在のエロチシズム』『耕衣百句』(吉岡實篇)『鬼貫のすすき』など、永田耕衣の本が主要書店の詩歌の棚に並んだのであった。思えば、その頃、必ずといってよいほど、少部数限定の特装本も同時に制作され、見事な造本に、時に少ない給料のほとんどを注ぎ込む輩もいたものである。

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