2009年5月24日日曜日

大井第5回(高屋窓秋)

「俳句空間」No.15(1990.12発行)〈特集・平成百人一句鑑賞〉に纏わるあれこれ(5)
高屋窓秋「花の悲歌つひに国歌を奏でをり」


                       ・・・大井恒行

高屋窓秋(1910〈明43〉・2・14~99〈平11〉.1.1)の平成の自信作5句は、以下。

翁寂び媼淋しく春の月  「未発表」
花の悲歌つひに国歌を奏でをり  
霧の中太陽一個考える  
薔薇百花抱くは裸四月馬鹿  同
死の時を知る白き象きのこ雲  同

一句鑑賞者は、高原耕治。一文の冒頭に「高屋窓秋の俳句は、いつ読んでもなつかしい思いを喚起させるものがある。それは、読むたびになつかしく新鮮でさえある」と述べ、窓秋の自然観が近視眼的なものではなく、窓秋自身の現実の心情や美意識と連動しながら、記紀、万葉以前から底流していたであろう観念との結びあい、厚みのある遠近法を構築、形象しているとし、掲出の句については、次のように結んでいる。「高屋窓秋の用いるこの『花』という言葉には、現代にも受け継がれているそうした古典的美学を踏まえながらも、先にも触れた通り、遠く太古の人々の心情に底流していたと思われる素朴な自然観がどことなく感受せられ、それゆえ、『つひに』という措辞にはどこかほのぼのとしたユーモアすら覚えるのであり、しかも現今の世相、詩想に対置してここに構築されている、ゆるやかな、奥の深い遠近法は『花』、『悲歌』、『国歌』等の、今ではすっかり手垢のついてしまった言葉達を、詩の普遍的な高みに蘇生させているのである。何よりも『の』の厚みを賞翫すべき一句」

高屋窓秋最後の句集となった『花の悲歌』(弘栄堂書店 1993年刊)は、三橋敏雄の橋渡しと推挽をいただき、さらに髙屋窓秋からの希望で挿画に糸大八、装幀者は書肆山田亞令各氏にお願いした。菊判・フランス装・箱入りの瀟洒な出来は高屋窓秋ばかりでなく、皆さんに喜んでいただいた。出来上がった句集を渡すために、国立駅前の喫茶店「ロージナ」で待ち合わせをした。「ロージナ」は高屋窓秋健在の頃の散歩コースの途中にあって、座る席も決まっているようであった。この時、高屋窓秋から「これから、貴方たちがしなければならないんですよ。新しい俳句のために・・・、頑張って下さいね」と言われたことが忘れられない。

それより以前の話しになるが、仁平勝がまだ国立に住んでいた頃、「ロージナ」の二階で待ち合わせていた時、三橋敏雄と高屋窓秋に偶然お会いし、話が終わると三橋敏雄に仁平勝ともども近くの飲み屋でご馳走になった。一滴も飲まれない高屋窓秋はそのまま帰られた。その後出版された朝日文庫「現代俳句の世界」シリーズ『富澤赤黄男・高屋窓秋・渡邊白泉』(1985年刊)の窓秋書き下ろし作品の解説は三橋敏雄である。当時、高屋窓秋の一番最初の読者は三橋敏雄であった(三橋孝子談)。

掲出の「平成の自信作5句」は、句集『花の悲歌』にすべて収められているが、「翁寂び」「花の悲歌」以外の句はすべて推敲・改作されている。因みに、「霧の中」の句は、

霧の中太陽一個象れる

「薔薇百花」の句は、

薔薇百花裸でさゝえ四月馬鹿

「死の時を」の句は、

死の時を知りたる巨象うしろ見ず

実は、『花の悲歌』には誤植の句が一つある。その句は、「くろがねの秋の軍隊沈みけり」(101ページ)。当時の高屋窓秋の手紙には、編集校正を行なった小生をとがめることもなく、「元原稿は『艦隊』だったと思いますが、それを『軍艦』とするつもりが『軍隊』となったようで、ぼくの耄碌のせいか眼の悪いせいかおそらくその両方のせいでしょうが、これはやむを得ません 将来再販でもするときの愉しみとしておきましょう。他に直したい句もありますが、それも同様です」との優しい言葉が記されていた。
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