2010年5月23日日曜日

遷子を読む(60)

遷子を読む〔60〕


・・・中西夕紀、原雅子、深谷義紀、仲寒蝉、筑紫磐井


患者来ず四周稲刈る音聞こゆ
     『山河』所収

中西:昭和45年作。診療所でのある日を描いているのですが、忙しいばかりを描くより、こんな日もある方が開業医らしいリアリティーを感じます。

診察場で新聞などを読んでいる遷子が見えるようです。

何故患者が来ないのかと言えば、稲刈りに忙しいからだと言ってしまえばそれまでなのですが、そうは言っていません。どこの田圃でも、稲を刈る小気味良い音が聞こえているのだと、詩情豊かに詠っています。

その音は活気に満ちた生産の音です。日本人が稲作りを始めた古代からの音です。まるで日本人の原点のような音が、静かな中に聞こえてくるようです。農民にとって一番嬉しい作業でしょう。遷子はその音を楽しげに聞いています。何事も起こらない安穏とも言えそうな閑を喜んでいるようではありませんか。

遷子の句では患者は大抵農民です。他の職業の人は不思議に印象が薄いのですが、この句はその農民を描いている中にあって、幸せ感のある句です。

原:診察室での無聊のひととき。稲刈りの労働自体は大変なものでしょうが、牧歌的と感じてしまうのは、こちらが農作業の従事者ではないせいかもしれません。人によってはまた違った受け取り方もあるのでしょうか。

一読、上五で切れるかと思ったのですが、「・・・来ず・・・聞こゆ」と動詞が重なっている為もあって、上五は中七以下に接続してゆき、散文の一行のような構成になっているようです。

深谷:「来ず」「刈る」「聞こゆ」と動詞が三つも入った句で、初学の頃、「俳句に入れる動詞は一つにせよ」と教えられたことをふと思い出しました。しかしながら掲出句の場合、どの動詞も必要な措辞であり、「動かない」と思います。敢えて言えば、こうした表現により、体言中心の固い印象の作品に比べ、後述する平穏な雰囲気を醸し出すことに成功していると思います。

前置きが長くなりましたが、遷子の医師俳句は、その多くが辛く過酷な状況を詠んだものです。患者の病状が既に手の施しようのない絶望的事態に陥っていたり、あるいはその療養環境が劣悪なもので病状の悪化をもたらしかねなかったり、と様々な状況を採り上げていますが、読む者にその過酷さが伝わってくることは共通しています。そのようななか、掲出句は珍しく、明るい平穏さに満ちた作品です。患者が来ないというのは、医院経営者という立場からみれば収入が途絶えているわけですので、ある意味ではそう手放しで笑っていられる状況ではないのでしょうが、この作品にはそうした懸念は微塵も窺えません。確かに病に悩まされる患者がいないということは喜ぶべきことなのであり、当然といえば当然のことなのですが、この辺りが医師という職業の宿命的アイロニイなのでしょう。そして、そうした矛盾に満ちた平穏を、遷子は心から幸せだと思っています。折から、稔りの秋。1年の苦労が実を結ぶ収穫の時です。そうした農民の喜びを分かち合うような明るさが作品に満ちています。

仲:いいですねえ、実に牧歌的で古きよき診療所の光景です。中西さんの言われる「忙しいばかりを描くより、こんな日もある方が開業医らしいリアリティーを感」じますね。私も診療ではありませんが難病相談を引き受けて保健所に行った時にまさにこのような思いをしたことがあります。佐久地方では9月末から10月初めにかけて稲刈がおこなわれます。当然天気のいい日に、です。季節としては一番すごしやすい頃で診察室もぽかぽかとして眠気を誘う陽気だったのではないでしょうか。

しかし暇であることは開業医にとっては死活問題です。以前別項で書いたように開業した直後は経営の苦しかった医院も、この頃には国民皆保険の制度化(昭和36年)や武見太郎(昭和32年より57年まで日本医師会長)による医師会の勢力強化などによって順調に運営されるようになっていたようです。翌年には共同経営者であった弟の愛次郎氏が独立して相馬北医院を興しています。だからこそこのような俳句を作る余裕があったのでしょう。

中西さんは「何故患者が来ないのかと言えば、稲刈りに忙しいからだと言ってしまえばそれまで」と書かれていて、確かにそれでは理屈に陥ってしまうなあと思いました。遷子の詠み振りも与えられた閑を楽しんでいる風情で、句の表面からは微塵も理屈は感じられません。それでもきっとこの閑は稲刈がもたらしたものだろうと思います。何故なら佐久で医者をやっている者は皆こういう経験をしているからです。我々の病院も田植と稲刈の頃はベッドが空きます。小・中学校には田植休み、稲刈休みというのがありました(さすがに最近はないようです)。つまりは田植・稲刈は一家・一族総出の大仕事だった訳です。お年寄りはどんなに具合が悪くても田植えや稲刈りが終わるまでは家の者に気兼ねして我慢するのです。それで手遅れになった例も珍しくはありません。それもこれも全部含めての佐久の生活風景なのだと感じました。

筑紫:小津安二郎の映画で『麦秋』以外には医者ものの映画はさすがになかったように思いますが、彼のカメラワークにはこの句の描き方と似たところが常にあるように思います。笠智衆の演じる父親が新聞でも読みながら、鎌倉の小さな自宅で春の鳥の囀りを聴いている場面は必ず出てきますが、その時の光あふれる画面はこの句によく似ています。一方で、こうした句を選び出す中西さんの選句眼にも感心しました。こうした句の鑑賞を書けと言えばわりとたやすいように思われますが、特に目立つところのない句を多くの遷子の句の中から選び出すのは、選者側によほどのアンテナがないとなかなか引っかかりません。選ばれてから感心する句というのは多くはないのです。その意味で(生前はかなり辛らつな批評を浴びていながら)没後ますます高く評価されている小津と重ね合わせてしまうのです。

一方、「暇であることは開業医にとっては死活問題」という仲さんのコメントに満腔の同情は感じますが、それでもこれを「俳句」であると思ってしまうのは、単純な記録文学ではなくて、第三者の目で見ていることがどことなく感じられるからでしょう。「患者来ず」がいらだちではなく、ゆとりとして感じられるのは間違いないことですから。

それにしても、この句を肯定できるのは、昭和40年代の農村の風、音、日差し、村にあふれかえった色彩などがそのまま俳句に定着しているからでしょう。たぶんそれは理屈以前の、俳句が持つ描写のように思えます。宮澤賢治の「雨ニモマケズ」の詩にはイデオロギー以外に、昭和初期の農村の圧倒的な色彩が浮かび上がっているのと同様です。作家は自分が描こうと思ったことを描いて成功することはほとんどないのではないでしょうか。よほどたって、あるいは作者が亡くなってしばらくしてから、本当のその価値が見出されてくるように思われます。

皮肉な言い方になりますが、遷子も本当にこの句の良さが分かって句集に収録したのでしょうか。

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