・・・中西夕紀、原雅子、深谷義紀、窪田英治、筑紫磐井
筒鳥に涙あふれて失語症
『雪嶺』所収
筑紫:「遷子は、虚子や龍太のような『一流の=巧緻な』俳人ではないのではないか」と言ったことが結構反響を呼んでいるようです。別に遷子を二流俳人と貶めているのではありませんが、遷子から一般的な俳句の技法を学ぶのはややお門違いかも知れません。やはり遷子の特徴は姿勢であり、生きざまだと思います。
そんな中で、その姿勢と表現が奇跡的に合致した一つの例がこの句ではないかと感じています。筒鳥は山間でややさびしげに「ポンポン」と鳴くホトトギス科の鳥、近代以前には余り詠まれませんでしたが、馬酔木では特に野鳥に深い関心を持ったところから(同人山谷春潮の『野鳥歳時記』という名著があります)、多くの名句が生まれています。
筒鳥をかすかにすなる木のふかさ 水原秋桜子
筒鳥のもの憂き声や旅も倦みぬ 篠田悌二郎
筒鳥なく泣かんばかりの裾野の灯 加藤楸邨
筒鳥や穂高の壁がこたへゐる 沢田緑生
掲出の句は、どう読むべきでしょうか。涙あふれているのは失語症患者ですが、これは筒鳥の声に感動しているからなのでしょうか、それともそうした感動の表現がままならないために涙が溢れているのでしょうか。ここでも過剰な鑑賞は慎みたいと思います。失語症の患者は自らの表現の不自由さに涙しているのでしょう。折しも筒鳥が鳴き、作者の遷子は感動した、それだけです。しかしそれが一句となったとき、全然別の感動を呼びます。例えば仏教では、「感応道交」と言います。仏教では知ることが最も重要なこととされています、仏は善であれ悪であれ知ることにより、衆生と心を通わせます。上のような分析的な解釈をした上で、実は作者の中にあっては筒鳥に涙すると同時に、失語症患者の涙にも共感するのではないでしょうか(この瞬間、作者は失語症患者にも涙しているのですが)。この句は遷子のヒューマニズムのよく現れた句であるとされます。たしかにそうでしょう、しかし、ヒューマニズムを(悪しき社会性俳句のように)理詰めで解釈しようとすると破綻すると思います。馬酔木で野鳥についてよく知っていた遷子、医者として失語症患者についてよく知っていた遷子なるが故に生み得た作品であるように思われます。
『一流の=巧緻な』俳人ではない遷子がなぜ多くの人の心を打つのかを知る秘密がここにはあるようです。
中西:この句には差し迫ってくるものがあります。言いたいことがあるのに、言葉が出てこない。頭の中では言いたいことが、伝えたいそのものが、映像となっているのに、単語が出てこない、そんな症状の患者が如実に描かれています。実は鬱状態になったとき、これとよく似た体験をしました。初期の痴呆症とよく似ているそうで、脳が動かないのです。お蔭様で、私の場合は軽かったので、投薬ですぐに治りましたが、この句を読んだとき、物忘れの激しいような、言葉が思い浮かばない不安感と、苛立ちを思い出しました。もしあのまま症状が悪化していったら、このように涙があふれるような哀しさに襲われるのではないかと思いました。
遷子は患者の心の状態をよく見抜いています。この涙は哀しさと悔しさ、情けなさの混じったものなのだろうと思います。そのことを遷子は同情の目で見ています。優しく筒鳥という季語で包んでいます。この筒鳥はこの句の深刻な内容を救う役割を果たしているようです。筒鳥といえば高原で聞くことができるものです。診療所で聞いたものでしょうか。診察から離れて鑑賞することもできますが、遷子は町の開業医ですから、多分専門以外の多くの患者を診ていたに違いありません。町の人は病気といえば何でも相馬先生と言って頼って来たでしょうから。この句は高原俳句と人間探究派との折衷がうまくいった例といっていいのではないでしょうか。
原:『佐久雑記』(相馬遷子)には佐久近辺の地理や自然が詳しく語られていて、その中には頬白、四十雀、山椒喰など鳥の名前も出てきます。この地域では「鳥類は普通のものなら殆ど棲息するやうです」と言う遷子は、さまざまな鳥の声に敏感な人だったようです。――ついでですが、この遷子の文章は緻密でしかも香気匂いたつような清涼感があります。「文は人なり」と言いたくなるすがすがしいものでした。
さて「筒鳥」は遷子にどのような印象をもたらす鳥だったのでしょう。『雪嶺』には十種に余る鳥の名が出てきますが、「筒鳥」は掲出句のほかに2句、
筒鳥がいま目覚めたる霧青し(S36年作)
筒鳥や峠に冷やす車酔(S43年作)
があり、『山河』の44年作には、
筒鳥が吾を呼ぶ常にはるかにて
があります。木々の緑のなかの静寂、そして遙かな思いを誘う声であったでしょうか。
「筒鳥に涙あふれて失語症」の句には、水原秋桜子・堀口星眠・矢島渚男三氏の鑑賞があります。私の先生、矢島渚男は遷子に親炙し、『雪嶺』刊行にも尽力した方ですが、遷子没後の「俳句」特集に寄せた「『雪嶺』秀句」には、「医師でなければ詠めない一句であり、遷子の医業から生まれた数多い秀作の中でももつともすぐれたもの」と述べられています。三氏の鑑賞では、共通して、農繁期の家人の出払った家の中で、往診に赴いた相馬医師に対している失語症患者の悲しみ、という大筋は変わりません。
黙って味わっていたい作品というものがあるとすればこれはまさにそのような作品です。できれば腑分けをするようなことはしたくないのですが、しかたがありません。まず一句の世界の中で「筒鳥」は折しも啼いた、として捉えたいと思います。ただし、句の表面上は「筒鳥に」と、筒鳥が契機となって涙があふれたことになります。
「筒鳥に」の「に」、これは俳句の表現上の技巧でしょうか。つまり作者が意識して言葉を操作したのでしょうか。
私はここに不思議な錯覚、入れ替わるというと分かり易いかも知れません。一瞬の一体化(作者、患者、筒鳥)が起こったように感じてしまうのです。
……と、ここまで書いてきて、あらためて「に」の用法が気になりだしました。ひょっとすると、この「筒鳥に」は「涙あふれて」を直接受けるのではなく、
あさがほに我は飯くふ男かな 芭蕉
のように、状況・背景を示す用法なのか、と解釈も揺れています。あるいはそうだったかも知れません。ただ、その場合「筒鳥に」の次にくる中七・下五は緊密なひとつながりのフレーズでないと読みに無理を生じるような気がします。
なんだか袋小路に入り込んでしまいました。みなさんはこの句、どのようにお考えでしょうか。
深谷:まず、前回掲載された筑紫さんとの対談のなかで、中西さんから私の「自己紹介」に関し暖かな御言葉を頂き、喜んでおります。少し肩に力が入り過ぎたかなという懸念もあったのですが、私の意図するところを御汲み取り頂き、嬉しく思いました。
さて、今回の句も、句意に複雑さはなく、主治医たる遷子の前に、脳疾患などの後遺症からか自分の言いたい事が喋れなくなってしまった患者がいて、その患者がもどかしさから涙を溢れさせたということでしょう。そして、その患者の辛さ・もどかしさに想いを寄せる遷子の姿が見えてきます。
焦点は上五の「筒鳥に」です。もちろん、実際に筒鳥がその場の近くにいて、ポンポンという鳴き声が届いたのでしょうが、他の鳥ではこの感動は得られなかったような気がします。筑紫さんが指摘されたように、こうした遷子の患者への視線や共感は、理詰めで解釈する必要はないでしょう。それほど明らかなものであり、読む者の胸にすんなりと入ってきますが、この句でそれを詩の世界に高めたのは「筒鳥」の斡旋だと思います。筒鳥の、ポンポンという鼓を打つような声は、どちらかと言えば決して流暢な感じではなく、むしろ拙い感じを受けます。そうした筒鳥よりも自分の言語機能はさらに不自由なのだと患者は感じ涙を流したのかもしれません。そうした対照の鮮やかさにより、遷子の共感が詩性を得たのだと思います。「その姿勢と表現が奇跡的に合致した一つの例」という筑紫さんの指摘に賛同します。
ところで、この句は遷子作品の中ではかなり知られた部類に入るものですし、実際に遷子の代表句とする著作も幾つか眼にします(『俳句鑑賞事典』(水原秋桜子編/東京堂出版)、『戦後秀句Ⅱ』(平畑静塔/春秋社)など)。ところが、手許にある幾つかの歳時記を調べてみると、
(1)遷子の句を例句として掲載しないもの、
(2)この句を掲載するもの、
(3)この句ではなく遷子の「筒鳥が吾を呼ぶ常にはるかにて」(『山河』所収)を掲載するもの、
の夫々がざっと三分の一ずつといった状況でした。もちろん各歳時記には各々の編集方針があるわけですからバラバラな結果になるのは至極当たり前のことなのでしょうが、正直に言えば、これは意外でした。(1)と(2)はある程度予想されましたが、(3)は想定外でやや足許を掬われたような気さえしました。例えば、筑紫さんが挙げられた馬酔木系の句のうち、「筒鳥をかすかにすなる木のふかさ 秋桜子」はほとんどの歳時記が例句に取り上げていたうえに、秋桜子の他の作品の掲載例はありませんでしたし、「筒鳥なく泣かんばかりの裾野の灯 楸邨」などもかなり掲載されています。
結局、この句に対して上記のような積極的評価を行い(2)の立場を採るか、それ以外の(1)や(3)を採るか、その評者により立場が画然と分かれるような気がします。ちなみに、同じ秋桜子編/能村登四郎、林翔、福永耕二分担執筆でも、前掲『俳句鑑賞事典』は福永耕二が代表句として採り上げていますし、講談社版『俳句歳時記』(担当執筆者不明)は(3)の立場を採っています。サンプリングも少なく統計学的な有意性はありませんので、やや独断に過ぎる惧れなしとしませんが、遷子が「忘れられぬ、忘れられた俳人」に位置付けられることになった理由の一端を垣間見た思いがしましたので敢えて問題提起をさせて頂きました。
窪田:今回の筑紫さんの鑑賞を読むまで、私はこの句の「失語症」の主語は遷子自身かと思っていました。
どこか寂しげな、彼の世からでも聞こえてくるような筒鳥の声。その声に、生の不思 議さ儚さを感じ自分は失語症にでもなったように言葉も出ずただ涙するだけです。
と言うように、センチメンタルな読みをしていました。句集『雪嶺』で、掲出句の前には
ゴッホの星八十八夜の木々の間に
その前には、
春の服買ふや餘命を意識して
の句が置かれています。また、掲出句の後ろには
充實の一日に遠し苺つぶす
と続きます。遷子が宇宙を思い、そうした中の生について考えることが多くなっていたのではないかと私はとらえたのでした。
堀口星眠は「脚註名句シリーズ『相馬遷子集』」(前出)で、
脳卒中で喋れなくなった患者を往診する。何かいいかけるが、口ごもって言葉にならぬ。泣き中気というタイプの人か、泪をためている。裏戸の林で筒鳥の「ポンポン」という静かな鳴き声。
と、書いています。
あらためて掲出句を読むと、往診先の座敷が見え患者の姿が見えてきました。それとともに、遷子のヒューマニズムを感じることが出来ます。最初、「失語症」という言葉に違和感を持っていましたが、それも今はありません。
筑紫:基調コメントよりはるかに力のこもったコメントが続々と出てきて嬉しい限りです。皆さん独自の資料を使ったり、ユニークな解釈を下したり、経験を踏まえての感想を述べられています。窪田さんには私の初歩的なミスをただしていただきました、地元の方に入っていただくと微細なところに目が届くように思います。中西さんの体験談も痛切なものがあります。原さんはこの頃乗りに乗っているようですがその解釈は私の共感するところでありました。深谷さんの指摘する「筒鳥」一つをとっても、遷子の評価は難しいところがあります。これを踏まえたところに、遷子論に止まらぬ新しい俳句のあり方の提言もあるように思います。
【質問欄】
堀本吟氏:ここに出てくる遷子の句はどれも、したしみやすくて、私などは好きなのですが、こういう生活情緒に流れる俳句は、「通俗すれすれ」とかぎりぎりで二流を免れる、とか、やはりそういう基準のなかで思われているのですか?磐井さんの「一流」の定義は微妙ないい方ですね?(遷子を読む〔4〕コメントより)
筑紫:私が言っている「一流」は「何も実態のない虚名のこと」と思って読んでください。揶揄のつもりです。
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1 件のコメント:
私のおずおずした(笑)疑問にわざわざお答え頂きありがとうございました。
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磐井さんが言う「一流人」は当然世俗的権力も手中にしていますから、権威主義の「無化」を計り、技術の粋のみで評価しようとすれば、その「一流人」は揶揄の対象とならざるを得ないのでしょう。有名税みたいなモノですね。
私は、どちらかと言えば、「へたうま」というような「二流人」が好みです。彼らは往々にして言葉の及ばぬ世界を見ているから。
すくなくとも相馬遷子は、下手でも平凡でもありません。
皆さんの意見交換を拝読していると、生き様か?プロの俳人としての実力か、と言う分け方をされていますが、遷子のばあいは、医者の使命感(患者へのヒューマンなシンパシィ)と芸術の真としての俳句をもとめる純文学的な志向が、パラレルにおかれているみたいです。そして、読み手には、しば後者に重点を置いた句をつくる作家として印象づけられる、だから巧い権力者の俳人には下手だと思われる。そういう「俳人」であったのでしょう?
この方向は、どうみても加藤楸邨的ですね。
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筒鳥に涙あふれて失語症 遷子
熱心な読者ではありませんでしたが、遷子のこの句はどこかで読んだ記憶があります。 馬酔木同人の系列では、特に「筒鳥」の句が幾つも詠まれて名句もでてくる、しかし次第に類型化もしてゆく中で、この「失語症」という強烈な暗喩性のある語は、突出した効果を持て居るように思われました。出るべくして出てきた新方向ではなかったのでしょうか?
磐井さんがあげた例句から推し量るに、筒鳥の無く声はややさびしげに感受されていますね。
「かすかに」「ふかい」「もの憂き声」「泣かんばかり」
というなかなか思いを誘う深みのある鳥声のようです。(山中にひびく鳥の声は、筒鳥でなくともそう言う感じをあたえるでしょうが)。ここまで感情移入させる鳥声ならば、本当に自分の感情に重ねる錯覚(喩化)は可能です。そう言う自然環境で、患者にせっしている感受性の強い医師としてここでの二重化もできます。
それから、遷子自身も病気をした経験があるようなので、他の句にあってもそうですが、どこか、言葉のおよばぬ世界をみている、そんな句がおおいですね。
筒鳥も他界からの声のようですし、
「失語症」は自意識の「死」です。
その世界全体にたいして「涙あふれて」くる。 ここで、主客と季語の世界の三者がかさなっているようです。 「筒鳥」と人間世界に、同時に生と死の葛藤をみているのではないか。
とよみました。したがって、この句の主体は誰かといえば、下記の意見にかなり近いです。
「(原)/ 私はここに不思議な錯覚、入れ替わるというと分かり易いかも知れません。一瞬の一体化(作者、患者、筒鳥)が起こったように感じてしまうのです」。
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