・・・中西夕紀、原雅子、深谷義紀、仲寒蝉、筑紫磐井
隙間風殺さぬのみの老婆あり
『雪嶺』所収
筑紫:遷子には老婆がしばしば登場します。さる本の校正を受けていたら、校正者から、老婆という語について「不快語」と指摘を受けてしまいました。扱いは「C…文脈によっては使わない方がよい」に属し、言い換え語は「老女」だそうです。ちょっと違いますね。俳人はさらに簡潔な「婆」を使っていましたが、これになると言い換え不能でしょう(左義長や婆が跨ぎて火の終 石川桂郎)。
さて、掲出の句と対照的なのが、同じ句集にある
ころころと老婆生きたり光る風 『雪嶺』
でしょう。
ただ、これはきわめて独断的だとそしりを受けそうですが、「老婆生きたり」といっても「ころころ」という措辞は、マリの転がるようにいきいきとしているというよりは、コロリと死ぬほうに近いような気もします。「隙間風殺さぬのみ」という形容と、この句は果たしてどれほど隔たっているでしょうか。老婆としての命の危うさとしては同じようなものに見えなくありません。違っているのは、冬と春との違い、生に近いほうから見るか死に近いほうから見るかとう作者の態度だけのようにも思えます。当時佐久に住んだ高齢者の本質は変わらないのではないでしょうか。
ただ掲出の句(「隙間風」の句)は、生き死には、老婆やましてその周辺の人間の計らいを超えて、佐久という風土が作り出しているように読めます。そして、殺さない以外のあらゆる不自由を与えているということになりますから、やはり「ころころ」の句と否定の度合いにおいて、大きく違うのは間違いありません。遷子らしいといえば遷子らしいといえるでしょう。
隙間風という一般人に不快なだけのものが人の生死にあずかるような横暴な魔王のように見えて来ます。
中西:以前
汗の往診幾千なさば業果てむ
という昭和31年の句が〔11〕で取り上げられました。遷子が佐久に医院を開業して10年といったところの句なのですが、果てしない患者との応対に疲労しきった遷子を見たように思ったのですが、今回の句は昭和36年、開業15年、大分患者の応対にも余裕が見られます。この患者は寝たきりの老人なのでしょう。しかし、もうあまり生存ののぞみがなさそうです。今でしたら延命のチューブだらけの入院状態かなと思うのですが、この句は隙間風という季語がついていますから、患者の家、つまり往診の句なのでしょうか。
昭和36年の遷子の作品はラジカルです。「ストーブや革命を怖れ保守を憎み」「着膨れて金貯めて欲つきざるや」「昏睡の病者と吾を蝿結ぶ」「人類明日滅ぶか知らず虫を詠む」「慇懃にかね貸す銀行出て寒し」といった具合なのです。社会性の句と以前話題になりました。
この句は社会性の句ではありませんが、この句も他の36年作と同様にラジカルです。患者側から見ましたら、随分ショッキングな内容です。
わたしはこの句から、遷子自身に興味を抱きました。遷子の多面的とも思われる性格です。この36年という年は遷子のいつもより激しい部分を見たように感じました。
こんなことを俳句にしていいのだろうかと、実は思ったのです。医師の本音かもしれませんが、言ってしまっていいものなのかどうか。
以前磐井さんは自然主義文学のことを書かれていましたが、この句は自然主義で描く立場でしたら、或はこのようになるのかもしれません。
老婆を描いている「ころころと老婆生きたり光る風」との対比を面白く拝見しました。命の危うさとして同質と見ているところ、磐井さんは宗教的に考えていらっしゃるのでしょうか。
この句、少々露悪的なところのある句ですが、現実を描いてきた遷子ですから、避けて通れなかったところがあるのでしょうか。どうも読後感が良くないようです。
原:そうですか。「老婆」は不快語になるのですか。出版業界は指摘されると事後処理が大変なので、差別語などには神経質だとは聞いていましたけれど。言われぬ先に自主規制するということなのでしょう。勿論、人を蔑む言葉を否定するに吝かではありませんが、それにしても安全な言葉には、生活実感のない、のっぺらぼうなものが多いですね。
掲出句からは、薄暗い土間や、すり切れた畳、建てつけの悪い板戸、といった背景までが感じられます。自然条件の厳しい風土、厳しい生活のありようです。「百姓は生かさぬよう殺さぬよう」という、おごった為政者の言葉を思い出しますが、「殺さぬ」のは殺すよりも残酷な響きがあります。
磐井さんが「ころころと老婆生きたり光る風」と対置してくださったので、この「老婆」のイメージが単一ではなく膨らみをもって把握できたように思います。佐久に生きる老人の一典型から普遍的な老人像になり得ている句ではないでしょうか。
深谷:筑紫さんが掲出の句と対照的な句として採り上げた
ころころと老婆生きたり光る風 『雪嶺』
の「ころころ」について私が抱いていたイメージは、ひどく腰が曲がった老婆が歩いていく姿でした。いえ、歩いていく、という形容が憚られるほどのゆっくりとした移動、と言ったほうが適切かもしれません。背中を丸め、などという状況を遥かに超え、今にも転びそうな感じもします。転んだら一人で起き上がれるかどうか危うい状態でしょう。ですから、筑紫さんの指摘された、両句とも「老婆としての命の危うさとしては同じようなものに見えなくありません」という指摘に実はあまり違和感はありませんでした。
さらに、掲出句を読んだとき頭に浮かんだのは、〔10〕で採り上げた
農婦病むまはり夏蠶が桑はむも 『山国』
でした。こちらは、老婆というにはまだ若い農婦が自宅の床に臥している情景でしょう。けれども、どちらの句も病人の置かれた状況は凄惨です。そしてその情景を、押し殺したような静かな哀しみをもって詠みあげた遷子の乾いた眼の存在を感じさせられます。
仲:この句は上五の「隙間風」でいったん切れますが意味としては下へつながっていくのでしょう。でなければ誰が「殺さぬ」のか、人が人をということになればこの老婆は監禁されていることになり俄然事件性を帯びてきてしまいます。ここはまあ素直に「隙間風が老婆をただ殺さないでわずかに生かしておくだけ」と取るしかありません。それにしてもすごい表現です。一体どういう生活をしているのでしょう。
これはきっと往診に呼ばれて見た光景ではないかと勝手に想像しています。近所の婆さんという可能性も捨てきれませんが野沢の、佐久ではまあ町の中の相馬医院の周辺ではここまでひどくはなかったのではないか。山の方の家に往診に呼ばれて行ってみて驚いたという正直な気持ちがこの表現に表われていると思われてなりません。私も月に10件足らずの往診を今でもしていますが流石にここまでということはありません。ただ一度検死に訪れた家であまりの寒さ(もちろん家の中)と室内の不潔さに驚倒したことはあります。
磐井さんが「ころころと老婆生きたり光る風」の「ころころ」にころりと死ぬ意味を読まれたのにはびっくりしました。「ぴんぴんころり(略してぴんころ)」を売り物にしている(私はあまり好きではない)佐久ですがここまでは考え及ばず、素直にこちらの老婆は「転がるように丸々と太って春の素晴らしい気候を満喫しながら元気でいる」のだと解釈しておりました。
先の卒中死の項で書いたようにこの頃の佐久は脳卒中の発症ということからすれば日本でも最悪の地域でした。そのひとつに外の空気の冷たさがあり、火の近くと離れた所の温度差は相当のものだったようです。当時は暖房といっても炬燵くらいでストーブなど部屋ごと暖める発想は一般的ではありませんでした。だからこそ炬燵から出た途端に脳卒中になる人が後を絶たず吉沢先生(先述)達が「一部屋暖房運動」を推進してこれを予防しようとしたのです。
この老婆の家の隙間風は氷点下10度以下にもなる外気そのものの冷たさだったでしょう。私が以前住んでいた医師住宅などサッシとは名ばかりで、夜中に目が覚めると枕元に雪がうっすら積もっていたこともありました。況して外の寒さは年寄が歩き回るには厳し過ぎ、磐井さんの「殺さない以外のあらゆる不自由を与えている」という表現は言い得て妙という感じです。
筑紫追加:「ころころと」の解釈で皆さんを混乱させたかもしれません。遷子の老婆を見る目が「隙間風殺さぬのみの老婆」のようなものだとすると、この句は何を述べようとしているのか、疑問に思ったからです。「ころころと」が弾み転がるような状態の意味とすれば、若い、あるいはせめて中年の元気な女性ならあまり違和感を感じなかったのですが(多分太めの体型をイメージすると思います)、「老婆生きたり光る風」では太った、生命力にあふれた老婆をイメージできませんでしたし、遷子の老婆のイメージにもあわないのではないかという気がしたからです(「老婆生き得たり光る風」と理解しているかもしれません)。農薬を散布されて死んで行く虫や、戦場で銃弾に当たって倒れて行く兵士を「ころころ」と形容することはあると思いますので、しいてこのような野心的な解釈をしてみたものです。自分でもあまり納得はしていませんが弾むような老婆よりはいいかな、と思いました。
そもそも「老婆生きたり」は物理的な生存を意味しているように受け取られ、「殺さぬのみの老婆」とどれほど違うのか。後者が「殺さない以外のあらゆる不自由を与えている」とすれば、前者は「生きているだけであって生きる以外の充足感ほとんど与えていない(それと別に自然にあっては風が光っているわけです)」であり、後者と等価になるように思うのです。したがって、この「ころころ」の意味しているものは、一見明るいイメージが湧くものの句全体としてみるとどこか暗い運命を宿した佐久の自然を詠っているように思えたということです。
最後に「ころころと私は生きている」、という命題は一体何を意味するのでしょうか。「隙間風」の句を取り上げながら別の問題に移ってしまいました。これはむしろ「ころころ」の句を取り上げた方がよかったかもしれません。難解句です。
筑紫追加2:中西さんから宗教的といわれましたが、救いがない点で宗教的とは違うかもしれません。露悪的で読後感が良くないというのは同感ですが、それは救いようのない結末で終わる自然主義文学(日本のそれではなくて、ゾラなどのそれ)と共通するようには思います。俳句でそれを詠んでどうなるか、は作者や作品の問題ではなくて、提示された読者の問題だと思います(勿論、遷子に関心がないはずはありませんが)。正直、「隙間風殺さぬのみの老婆あり」は高齢化した現代の社会でしょっちゅう見ているように思うのです。なくなったのは「隙間風」だけであり、新しい隙間風、暖かい隙間風が老人を殺さないように吹いているように思えます。
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