七曜俳句クロニクル XLⅣ
・・・冨田拓也
7月4日 日曜日
『俳句空間―豈』の最新号である50号(邑書林)が刊行された。
巻頭は「書き下ろし特別作品」で、中村安伸「これは、たぶん」80句と、関悦史「百人斬首」100句。共に力作である。
文章では、倉阪鬼一郎氏の『21世紀末の「芭蕉くん」』が印象深かった。「芭蕉くん」というコンピューターの俳句ソフトの誕生を起点として俳句の世界の未来図が想像によって描かれているのであるが、話半分にしても将来的には実際にあり得そうに思われる箇所も少なくなく、割合冷やりとさせられるものがあった。
秋晴の空航くものは神がかり 中村安伸
春園に疵なき水を撒くことや 〃
風船の難破見下ろす遠き妻 〃
小倉あいすモ深雪ヘモドル時ヲ待ツ 関悦史
メグリアヒテみしんトミガキニシンカナ 〃
夜ノ鳥測ルニ大阪ヨリ大キ 〃
7月5日 月曜日
先週、三橋敏雄の
天地や揚羽に乗つていま荒男
という句について取り上げたのであるが、それに対して佐藤文香さんがご自身のHPにおいて取り上げて下さった。
「荒男」の読みは、「ますらお(を)」より「あらお(を)」の方がいいのではないか、といったご意見である。
なるほど。自分はそれこそ「ますらお」であるとほぼ確信に近い「思い込み」によってこれまで読んでいたわけであるが、たしか「あらお(を)」と読むことができるのである。
また、すこし調べるとこの「荒男」という言葉の使用された作品というものは、『万葉集』において存在するようである。
では、この句における「荒男」は、「ますらお」とは読むことができないということになるのであろうか。一応のところ他に『万葉集』では、「益荒男子(ますらおのこ)」という言葉を使用した作品が存在するようではある。
この句における「荒男」の読みは、「あらお」と「ますらお」一体どちらが正しいのであろう。
表記が「荒男」であるから、やはり「あらお」と読む方が自然ということになろうか。
個人的には、「ますらお(を)」による字余りから生じる六音のまさに「ますらお」を髣髴とさせる力強さ、というものも捨て難いところがあるのだが……。
7月6日 火曜日
『超新撰21』の公募枠の入選者である小川楓子氏と種田スガル氏の作品が昨日(7月5日)「新撰21情報」の掲示板に数句公開されていた。
今回種田スガル氏の作品にはじめて目をふれたのであるがその作品については、ほとんどダダというかあの島津亮の再来かとやや驚くところがあった。しかしながら、さらに吃驚したのは、ややあとになってわかったことであるが作者が女性であるということである。勝手に種田スガル氏は男性であるのだろうとこれまで思い込んでいたのであるが。なんというか実に色々な人がいるものだなあ、という思いがした。
他の収録作家の面々についても相当興味深いものがある。
清水かおりさんは川柳の世界の方らしいが、こういった作者の存在をピックアップすることができるのは、やはりこの筑紫磐井,対馬康子,高山れおなという3名の編者であるからこそ可能であったものであろう。
また作品の解説者の起用にも、男波弘志と黒瀬珂瀾、佐藤成之と和合亮一、小川軽舟と関悦史などの組み合わせには相当意表をつかれるところがあった。
7月8日 木曜日
「千年」という言葉が浮かんできた。
千年の琴に絃あり冬晴るる 大谷碧雲居
春雷や千年を組む像の指 赤尾兜子
弦(つる)うせし弓の千年稲の花 竹中宏
虹の根を千年抱いて霓(げい)となるか 大石悦子
水流に水の音淡し千年の枕邊 研生英午
千年とひと春かけて鳥墜ちぬ 攝津幸彦
躾糸抜いて千年鶴のまま 永末恵子
7月9日 金曜日
ここ最近の俳句関係の新刊書は、『豈』50号(邑書林)、『正岡子規の世界』(角川学芸出版)、小林苑を句集『点る』(ふらんす堂)、高橋睦郎『百枕』(書肆山田)あたりとなろうか。
小林苑を氏の『点る』の値段は「1200円+税」と句集としては破格の安さ。これくらいの値段だと割合手に取りやすいところがあるのではないかと思われる。一般的に句集は2500円から3000円であるから、ある程度仕方のない部分もあるとはいえ、やはり少々値段が高い。
短歌の世界を少し覗いて見ると、やはり大体歌集の方も1冊3000円前後が主流であるようだが、風媒社という出版社では、伴風花『イチゴフェア』1700円+税、千葉聡『そこにある光と傷と忘れもの』1700円+税、石川美南『砂の降る教室』1700円+税、佐藤りえ『フラジャイル』1700円+税であり、歌葉では、笹井宏之『ひとさらい』1260円(税込)、斉藤斎藤 『渡辺のわたし』1365円(税込)、盛田志保子『木曜日』1365円(税込)、飯田有子『林檎貫通式 』1575円という割合リーズナブルな値段設定となっている。
歌葉については「BookPark」による販売であり、まだ俳句でもこの「BookPark」による句集の出版、販売の選択肢というか可能性というものが現在まで手つかずのまま残されている、ということになるようである。
キャラメルの箱から麒麟文化の日 小林苑を
サザヱさん全巻揃ひ床屋の夏 〃
満月のあめりかにゐる男の子 〃
通り過ぐ昼寝の夢の枕売 高橋睦郎
八月を漕ぎ出て沖の波枕 〃
露結ぶこゑあるごとし菊枕 〃
高橋睦郎氏の『百枕』の作品については、漢字の部分は全て正字での表記となっているが、ここでは略字による表記とさせていただいた。
7月10日 土曜日
あとこの連載もラスト1回。
なんとも感慨深いものがあるが、来週の内容については一体どういう風に書けばいいのか見当がつかない。
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