2010年5月9日日曜日

俳句九十九折(82) 七曜俳句クロニクル ⅩⅩⅩⅤ・・・冨田拓也

俳句九十九折(82)
七曜俳句クロニクル ⅩⅩⅩⅤ

                       ・・・冨田拓也

5月2日 日曜日

関悦史氏による宗左近俳句大賞公開選考会のレポートを読みながら、『新撰21』の特別賞が流れてしまったことは至極残念であったが、話題になればという思いからも『新撰21』をわざわざ候補に推して下さったという黒田杏子さんはやはり大人だなあ、という気がした。

しかしながら、関氏のレポートを読みながら、今回の賞において候補に挙がっていた句集の中の1冊にさえも自分は目も通していないという事実に気が付き、少々考えてしまうところがあった。

今回の賞の候補の句集のみならず、そもそも句集の存在というものは、そのほとんどがなかなか日の目を見ないようなものではあるのだが、どのような句集であれ様々な経緯を経て漸く1冊のものとして纏められているわけで、そのような様々な句集のことを考えるとやはり少々心が痛むようなところがないではない。

句集とは俳句の墓場春の暮   和田悟朗

などという句があったことも思い出した。

句集に対する賞というのは、あまりよく知らないのだが、宗左近俳句大賞、詩歌文学館賞、山本健吉賞、俳人協会賞(新人賞など)、俳句四季賞、読売文学賞あたりくらいなのであろうか。あと、他には蛇笏賞程度しか自分は知らない。

これら以外にまたなんらかの賞が創設されれば面白いかも知れない。



5月4日 火曜日

「もの」という言葉が思い浮かんだ。「もの」は当然ながら意味としてはあらゆる「物体」そのものを指す言葉ということになるが、古代においては霊や仏、魂などの存在をも指し示す言葉でもあったということである。

もの置けばそこに生れぬ秋の蔭  高浜虚子

物として我を夕焼染めにけり   永田耕衣

春めくやもの言ふ蛋白質にすぎず  兎原逸朗

キャツキャツと鋏と思うものが鳴く  阿部青鞋

きさらぎをぬけて弥生へものの影  桂信子

もの音や人のいまはの皿小鉢   三橋敏雄

数々のものに離れて額の花   赤尾兜子



5月6日 木曜日

杉原祐之句集『先つぽへ』(ふらんす堂 2010)を読む。最近出版された新刊である。句集には4月28日の発行と記されている。

杉原さんは1979年生まれで、現在「山茶花」、「夏潮」に所属の作者である。今回の句集は第1句集ということになる。10代の終りから20代の終りまでの作品312句が収録されている。

いかなごに島人総出鷗総出

渓谷のずうんと下に冬田かな

ご利益を全部貼り付け熊手かな

初任給貰ひ鶯餅喰らふ


この作者には、ある種の「天真」とでもいうべき資質が予め備わっているように見受けられる。その作品の世界からは、全体的にシンプルな力強さというものがそのまま伝わってくるものが多いのである。いま挙げた句にしても、割合言葉によって現実そのものをそのまま手掴みにしたような質感というものが感じられるところがあろう。

川底の色に成り果て鮭死ぬる

剥出しの肩甲骨の日焼かな

御仏に一揆の傷や御開帳

微風や代田鏡に皺生れ

竿燈の悲鳴の中の大撓り

これらの句となると、実景そのものがしっかりと捉えられていて、なかなかの迫力が感じられる。また定型内の言葉の緊密な関係性によってその実在感がさらに硬質なものとして感取できるところがある。読後にずしりとした重い手応えが残るのである。

鴛鴦の水尾打消してゆく鴨の水尾

大年のフェリー満員なりしかな

山眠る裾にセメント工場かな

漲るといふ枝ぶりや枯欅

神妙にうどんを啜り涅槃通夜

白雲へ飛蚊の如き揚雲雀

千枚の田の底に鳴く蛙かな

石段と石段交差桜葉に

夾竹桃人工島に咲き盛る

特盛を日焼の腕が掻き込める

狼や山の神々強し頃

この句集における作風の特徴として浮かんでくるのは、妙な「ふてぶてしさ」というか「野太さ」ということになろうか。また、そこになにかしら「晴朗」な雰囲気というものも感じられるところがある。

おそらくそのように感じられる要因の一つには、自然における生命感というものがそのまま作品の内に感じられるため、というところもあるのであろう。また自然詠のみならず、「セメント工場」、「人工島」などの現代における人工的な素材を取り扱った作にしても、自然の姿形が人工的なものと鬩ぎ合うかたちで描かれている。「狼や」の句については、三村純也氏からの影響というものがあるのであろうが、それのみならずそれこそ金子兜太の句を髣髴とさせるところもある。そういえば句集名である『先つぽへ』にしてみても、よく考えてみれば相当変わったタイトルといえよう。この作者というのは、ある種の「自然児」であるのかもしれない。

この句集には、割合平凡に過ぎるような作もいくつか散見されるところもあるが、それのみにとどまらない「足腰の強さ」というか「地力」というものがこの作者の内には底籠っているように感じられた。この作者は、現在の若手の俳句作者の中でも、どちらかというとやや異色の資質の持ち主であると言えるのではないかという気がする。個人的にはこの作者の今後の作品展開というものが気に掛かるところである。



5月7日 金曜日

杉原さんと自分は同い年である。自分も常々さっさと第1句集を纏めて刊行してしまいたいと希っているのであるが、日々、手の中でまるで作品がどんどん砂となり指の間から零れ落ちていくといった感じでなかなか作品が揃えられず、随分と長い間苦しみ続けているところがある。

最近の若手の俳人の句集というと、小川春休さんの『銀の泡』(株式会社タカトープリントメディア 2009)、高柳克弘さんの『未踏』(ふらんす堂 2009)、佐藤文香さんの『海藻標本』(ふらんす堂 2008)あたりということになろうか。

現在において第1句集を纏めるには、やはりどのような作者であっても大体10年程度の歳月を必要とする面がある、といえるところがあるような気もする。

あと、いまこの時期に、若手の作者が句集を刊行すれば「ゼロ年代」俳人の句集ということで、すこし話題になる可能性もあるかもしれない。



5月8日 土曜日

この間にも少しふれたが、思潮社の『現代詩手帖』でゼロ年代世代の短詩型の特集が行われるそうである。
自分もこの特集のための作文をどうにか草して、本日漸く送信。少々真面目に書きすぎたか……。
発売は今月末ということになるらしい。

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