2009年9月12日土曜日

俳句九十九折(48) 七曜俳句クロニクル Ⅰ・・・冨田拓也

俳句九十九折(48)
七曜俳句クロニクル Ⅰ

                       ・・・冨田拓也

9月6日 日曜日

このところ「俳人ファイル」の資料を読む作業が遅々として進まない。「俳句九十九折」の連載開始から約1年が経過し、さすがに資料を読み込みそれを纏めるという作業に対して、少々食傷気味というよりも、単純にやや草臥れてきたようである。

このままでは連載がストップしてしまう、ということで、なんとかこの窮状をごまかせないものかと思い悩んでいたところ、ある時、ふと「日記形式」なるものが思い浮かんだ。早速このアイデアを実行に移すことにしたいと思う。

タイトルは「七曜俳句クロニクル」。内容的には単なる「とある俳句愛好者の1週間」である。書いてゆく内容については特にこれといった取り決めは設けず、日々の中で目にした詩歌についての感想などを気儘に記してゆくことにしたい。


9月7日 月曜日


仏手柑放てる天つひかり盈つ  下村槐太

下村槐太没後に刊行された句集『天涯』所収の昭和25年における作である。この間、この句集を再読していた際、掲句の存在に漸く気付き、槐太にはこのような句もあったのかと思った。

内容としては、槐太の得意とする虚と実による手法が駆使された作品であり、現実の「仏手柑」と、フィクションとしての「仏掌」の発する光とが二重写しとなって作品の中に浮かび上がってくる仕組みとなっている。実際の「仏手柑」のやや不気味ともいうべき形状の異様さと、「天つひかり」に満ちた仏の手の崇高さとの対比がやはり見事というべきであろう。

この槐太における虚と実の手法というものは、一体どこから想を得たものなのであろうか、としばらく考えていたのだが、もしかすると芭蕉からの換骨奪胎なのではないか、という気がした。

古池や蛙飛びこむ水の音  芭蕉


9月8日 火曜日

山西雅子さんの句集『沙鷗』(ふらんす堂 2009年)を読む。

山西さんは平成元年に岡井省二に師事。平成9年には第1句集『夏越』(花神社)を刊行し、現在は、同人誌「星の木」(大木あまり、藺草慶子、石田郷子)に所属。

今回の『沙鷗』は第2句集で平成9年から平成20年までの約300句が収録されている。

桃の木の脂すきとほる帰省かな

板の間に蝶の映れる極暑かな

地に硬く雨だれの跡薺花

行く春や土人形の指に爪

花びらのごとくつめたくなめくぢり

水かけりをる微塵子も梅雨のもの

山門に雨の音して蟻地獄


これらの作品から感じられる印象をひと言でいうなれば「ストイック」であろうか。その作品にはなにかしらやや尋常ではない雰囲気が漂っているものがいくつも確認できる。

様々な要素を削ぎ落とすことによって、事物そのものが眼前にせり出してくるような迫力を持つ作品群。モノクロのスナップショットの持つ凄絶さといったものに近い感触を覚えた。

このように事物の実相といったものを突き詰め、剔抉し、さらにそれを作品の上に精緻に定着させる手腕については、やはり並々ならないものが感じられよう。

無論、集中にはこのようなエッジの鋭さを感じさせる作品ばかりではなく、

石鹸玉まだ吹けぬ子も中にゐて

といった子供に材を摂った微笑ましい内容の作品の存在も多数見られる。

しかしながらここに取り上げたこの一見単純な内容の作品の背後にも、入念な工夫が凝らされていることに注意したい。

この句の中心には、石鹸玉をまだ上手く吹くことができない幼児の不器用さとそれゆえの愛らしさが描かれているということになるわけであるが、実際のところこの句においては、ただその幼児の様子が描かれているというだけではなく、よく作品に眼を凝らせば気が付くと思うが、「石鹸」を上手く吹けない子の周りには、幾人もの「石鹸玉」を「吹ける子」たちが存在しているのである。

そして、その子どもたちが空へ向かって吹き放つ数えきれないほどの沢山の石鹸玉の美しさと儚さといったものが、この句の背景には描かれているということになる。さらにもう一歩踏み込んでこの句を読むならば、この石鹸玉に仮象されているのは、人の一生といったものが宿命的に抱え込んでいる存在と時間そのものの持つ儚さであるのかもしれない。


9月9日 水曜日

杉本徹さんの第2詩集『ステーション・エデン』(思潮社 2009年6月)を再読。杉本さんは、1962年生まれ。2003年に第1詩集『十字公園』(ふらんす堂)を刊行。現在、出版社である「ふらんす堂」の『ふらんす堂通信』では「十七時の光にふれて」という俳句に関する評論の連載を続けておられる気鋭の詩人である。

この『ステーション・エデン』という詩集全体から感じられるのは、メタリックともいうべき硬質な言葉によって織りなされた堅牢で稠密な言語空間と、それを構成する1行単位において感じられる言葉同士の緊密性と密度の高さである。

「雪の舞う旧約にそって、ひとりは六十年をあるいた」
「ひとりは閃光(エクラ)の名を呼び当ててのち、残像の風を生きた」

などといった、凡庸に堕することを潔しとしない言語表現の「踏み外し」により獲得されるに至った強靭なポエジーを内蔵したフレーズの数々が、集中の随所にその姿をあらわしてくる様子は、まさに壮観である。

また、集中には、

……後ろ姿は蟬しぐれに掻き消えて見えない

などといった俳句作品から想を得たと思われる詩句の存在も確認でき、この詩集には俳句から得た表現手法が、その詩作品の上において大きく反映、活用されているのではないか、という思いがした。


9月10日 木曜日

ふと、星野石雀という俳人の作品を再読してみたいという思いに駆られた。自分が俳句を書き始めた頃、小宮山遠という俳人の作品とともに大きな影響を受けたという記憶が残っているのが、この作者の初期の作品である。

星野石雀さんは、1922年東京生まれ。1947年より句作開始。「曲水」「氷海」を経て現在では「鷹」の重鎮である。「曲水」時代は、斎藤空華とともに句作をしていたそうである。

手毬歌若者逝きて晴れつづく

鶏頭に風吹く母のみそかごと

虎落笛夢のなかには絲車

禁欲の晴夜ふつふつ麦熟るる

滴りや石美しくなるばかり

貝魚くらくら夏至の海となる

帆柱の上の旱天奇蹟なし

愛の書の背革いためり星祭

旱星あかく吾が死を司る


1948年から1955年における作である。1976年刊の句集『薔薇館』より引用した。

今回これらの星野石雀の初期の作を読み返してみて、やや意外であったのは、これらの作品が「若さ」そのものを強く抱え込んでいるという事実であった。これらの作品を見ると、紛れもなく「若者の作品」であり、それ意外のなにものでもないのである。実際、この当時の石雀の年齢は、ほぼ20代ということになる。

「若者逝きて」「夢のなかには絲車」「禁欲の晴夜」「石美しくなるばかり」「貝魚くらくら」「奇蹟なし」「愛の書」「吾が死を司る」といった語彙からも、やはり老齢とは無縁の印象を受けよう。

今回これらの作品を見て、嘗ての自分がこういった作風に強く魅かれるものを感じていたという事実について、やはり諾なるかなという思いがした。

思えば、星野石雀の作品のみならず、小宮山遠、林田紀音夫、川口重美といった作者たちの優れた作品にしても、それらは戦後の「若者」によって生み出された作品であった。

優れた作品というものは多く、作者の若いうちに早々と書かれてしまうといった側面もあるのであろうか。無論、このケースに当て嵌まらない例というものも、当然のことながら少なからず存在するのであろうが。


9月11日 金曜日

大型書店を彷徨。『金子兜太の世界』(角川書店)、堀江敏幸『正弦曲線』(中央公論社)を購入。堀江敏幸さんの本の装丁は俳人(?)でもある間村俊一さん。

鈴木しづ子関係の本が新刊として2冊出ていたのであるが、迷いつつも結局購入せず。正直なところさほど興味が湧かないのである。

鈴木しづ子が人々の耳目を集めるのは、おそらく作品そのものの価値ではなく、その境涯性が大きく作用していよう。やや不謹慎な言い方になるかもしれないが、山頭火、放哉、住宅顕信など、特異な境涯性というものは、多くの人々にとってスリリングな非日常を垣間見ることができるある種のエンターテイメントとして受容される側面がある。鈴木しづ子の俳句にしても、果たしてどこまで作品として優れたものであるといえるのか、いまひとつ判然としないものを感じてしまうところがある。

鈴木しづ子の作品といえば〈好きなものは玻璃薔薇雨駅指春雷〉〈コスモスなどやさしく吹けば死ねないよ〉〈夏みかんすつぱしいまさら純潔など〉などであるが、こういった作品に見られる破調ともいうべき表現は、もしかしたら亜浪門特有の性質を持つものではないかということに、ふと思い至った。ちなみに鈴木しづ子の師は亜浪門の松村巨湫である。

鈴木しづ子の作品には強い定型意識を感じさせるものも少なくはないが、その作品世界を成り立たせていた基底部は<臼田亜浪のフォルム+境涯性>であるようにも思われる。

鈴木しづ子の作品を読んでいると、上村一夫という漫画家の作品の世界を思い出すところがある。


9月12日 土曜日

山西雅子さんの『沙鷗』の集中の〈封筒の中の冬日のただ遠く〉は、歌人浜田到の〈哀しみは極まりの果て安息に入ると封筒のなかほの明し〉に由来している作品なのであろうか。

浜田到の短歌といえば現在においても理解するのに困難を伴う晦渋な作品が少なくないが、自分にとってあらゆる短歌のなかで最も好きな作品は、もしかしたら浜田到の歌集『架橋』の中のいくつかの作品ではないか、という気もする。以下、『架橋』より。

ふとわれの掌さへとり落す如き夕刻に高き架橋をわたりはじめぬ  浜田到

禱られてゐること誰も知らざれば更にやさしく日没終る       〃

こよひ雪片ほどに天よりほぐれ落ちて来る死者の音信「ヒカリトアソベ」 〃

この町に敗れてゆくにあらざれど鶏頭がしきりに朱(あか)かりにけり  〃

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6 件のコメント:

さんのコメント...

冨田様、このクロニクル、皆がやってみるとおもしろそう、本音、とか好みとかが正直に出てきて。

私は、コメントの方が面白くなっていますが、でも、読書日記も再会しようかな。
れおなさんも安伸さんもバテてるかも知れないけど、続けましょうね。


鈴木しづ子関係の本が新刊として2冊出ていたのであるが、迷いつつも結局購入せず。正直なところさほど興味が湧かないのである。」(冨田)
正論ですが、わたし迷った末に買っちゃったのです。句集。『春雷』は、資料がありませんし、『指輪』もこういう読みやすい形ではないですから。河出書房新社の鈴木しづ子は。これも川村宣有貴さんが、蘭太となをかえて、「俳句空間」に連載したのをまとめています。俳句空間はもう存在しないざっしですが、しづ子について言おうとすると、むしできあい資料です。
彼女については、境涯俳句として読むことがいちばんその資質を輝かすだろうと思います。沢山の「句」のなかに、いわゆる作品としての「俳句」もできていて、玉石混淆の面白さがあり、それから、このみもありますが、と思いますが、巧いとおもわせます。

でもこれは冨田さんのお仕事でなくとも良いと思います、私の方ににあっています、(吟)

冨田拓也 さんのコメント...

吟様

コメントありがとうございます。

確かに「日記形式」での文章、他の方々のバージョンも見てみたいですね。

これだと時間のあるときに気軽に書けると思いますし、特に書くことがなければ、大岡信さんの「折々のうた」のように1句か1首を選んで簡単なコメントを付せば、一応の格好はつきます。

鈴木しづ子の本は河出のムックのほうを今度購入してみようかという気になっております。立ち読みしたところでは、よく過去の資料が博捜、精査されてあるので感心しました。
個人的には特に鈴木しづ子が嫌いであるというわけでもないです。

野村麻実 さんのコメント...

クロニクル方式、読み応えがありました。

以前より飛ばしすぎでつらくなってしまうのではないかと心配はしていたのですが、そういった意味で見ごたえのある形式だと思います。
(10読んで、1(よりももっと低い確率を)取り上げるのはとても大変なことです)

無理なさらず、継続的に出来るペースで頑張ってくださいませ。

冨田拓也 さんのコメント...

野村麻実様

コメントありがとうございます。

なんとかこの形式とともに、継続してゆきたいと思います。

俳句のみならず、短歌や現代詩も視野に入れてゆきたいと思っております。

また、率直なご感想などお聞かせ願えましたら幸甚です。

高山れおな さんのコメント...

冨田拓也様

コメント遅くなって済みません。
これまた面白い文章だと思います。
「俳人ファイル」より楽に書いておられるのでしょうが、その楽に書いている感じが読者をも楽にしてくれます。しかもその楽な感じは、じつは「俳人ファイル」のハードワークを経験したればこそのものなのではないかとも想像します。軽やかな中にさすがのご指摘がちりばめられていて感服。ではでは。

冨田拓也 さんのコメント...

高山れおな様

コメントありがとうドざいます。

いまさらながらのことですが、文章というものは本当に難しいものですね。

私は小学校の時から作文にはさんざん苦しめられてきたという記憶があるのですが、まさか大人になってもこのように作文で苦しむこととなるとは思ってもみませんでした。

しかしながら、書くという行為を通すことによって、いろいろな発見があるということにこのところ漸く気がつくことができたようです。

しばらくこの形式を継続して、気が向いたらまた「俳人ファイル」の方も再開してゆきたいと思っております。