2010年5月30日日曜日

俳句九十九折(85) 七曜俳句クロニクル ⅩⅩⅩⅧ・・・冨田拓也

俳句九十九折(85)
七曜俳句クロニクル ⅩⅩⅩⅧ

                       ・・・冨田拓也


5月24日 月曜日

古書店で、稲葉直の『定型』(橘書林 昭和57年)という句集を見つけたので購入。

この稲葉直という作者は明治45年生れで平成11年没、西村白雲郷の弟子であり、金子兜太の「海程」の同人。本句集は第6句集にあたるそうで、昭和52年から昭和55年までの作品746句が収録されている。

この作者の作を読んでみて、まず自分はその韻律面において若干阿部完市の作風を連想させるところがあるように感じた。あとになって気付いたのだが思えば阿部完市もこの稲葉直と同じく西村白雲郷の門下生であったのである。ただその作品内容については阿部完市の現実から遊離した童話的な世界と比べた場合稲葉直の作風の方には相当に「泥臭さ」とでもいったものが強く感じられるところがある。この泥臭さというものはやはり西村白雲郷譲りのものということになるのであろう。また、思えば稲葉直は金子兜太の「海程」にも参加しており、よく考えてみると西村白雲郷の野人的な側面というものは、秩父における金子兜太の資質とも割合共通するところがあるようにも思われる。この二人の影響というものをそのまま受け継いだのが稲葉直の作風ということになるのであろう。

ただこの作者の作品というものは一体どこまで面白いものであるといえるのかどうか、これまでその作品を俳句誌などでいくつか見かける度にそのような疑念を抱き続けていた。そして今回漸く句集を読んで見たわけであるが、やはり相当粗雑というか随分と「ひどい」表現の作品がいくつも目につく。しかしながら、それでもそこにはなにかしらの「安っぽさ」というものが免れ難く纏わりついている感がありつつも、多くの通常の作者ではまずありえないであろうと思われる相当に奇抜で面白い表現の作品の存在というものもいくつか見出すことができるように思われたのもまた事実であった。

飛天女や蝶の触れあう晴天や

桜前線喪服の裏を北上す

われ死ぬまで伐折羅の怒髪そのままか

死に場所あるかみみずのあとに蹤きゆけば

滝水どんどん落ち罐ビールどんどん売れる

草刈機ぶるるんぶるぶる蝶黒し

昼顔咲いているぞ船虫いるぞいるぞ

雨震わす工事のエンジンくわくわつと

子規忌祭壇糸瓜のどかつと二つで足る

ロープウエーぶらぶらす女二人のだみ声で

俳句野郎にかまわず蟋蟀もう寝よよ

牡蠣殻山へコンペアベルト牡蠣個々個々

電車一輌牡蠣の海際ことりことり

砂踏んでも砂を踏んでも砂丘砂丘

おれ帰るよ山の蝶みな寄つて来いよ

浪去ぬよ神輿の裾をどどどど洗い

板の間へ零の一つをどんと置く

貌ひとつで生きる鵙め勝手に鳴きやがれ

リフトぶたりんぶたりんむらさきしきぶことりんことりん

がらがらと音たてるか月転ろがせば

朝の落葉に真言童子かさかさす

杉の根つこに馬籠仏がきよとんといる

月ひよいと出ている痩せたががんぼに




5月25日 火曜日

「抽斗」という言葉が思い浮かんできた。

緋縮緬噛み出す箪笥とはの秋   三橋敏雄

密集の破蓮や抽斗の奥暗き   清水昇子

上下に抽斗左右に抽斗ナイアガラ   竹中宏

抽斗をからつぽにして百合鷗   大石悦子

釦屋の千の抽斗冴返る   田中裕明



5月26日 水曜日

書店で、宇多喜代子、黒田杏子監修の『現代俳句の鑑賞事典』(東京堂出版 2010年)と角川書店の『俳句』6月号を購入。

『俳句』6月号の特集は、座談会「若手俳人の季語意識」でサブタイトルが「季語の恩寵と呪縛」。個人的には「呪縛」という言葉が普段の総合誌ではあまり出てこないような概念であるような気がして面白く思った。座談会のメンバーは榮猿丸、鴇田智哉、関悦史、大谷弘至の各氏。内容を読んでいて、季語に対する四者四様の姿勢というかスタンスというものが窺えてなかなか興味深いものがあった。それに加えて、それぞれの自選20句を読み比べるのもまた随分と楽しい。

『現代俳句の鑑賞事典』については、結局購入したわけであるが、その全体像は山頭火から中岡毅雄までの159人の作者が選出され、1人につき作品30句が収録され、その1句に鑑賞文と「ノート」としてその作者の特徴が簡略に付されているといった内容で構成されている。

1人30句ということで若干作品の数については物足りないような感じがしてしまうところがあるが、それぞれの作者の作品をいくつか拾い読みするだけでもなかなか面白い。人選についてはこれまでに出版されたアンソロジーのなかでは平井照敏の『現代の俳句』(講談社学術文庫 1993)がその人選のバランス感覚において割合秀でているところがあったが(ただ選者の平井照敏と同世代の重要な俳人が何人も取り上げられていないという欠点がある)、今回刊行された『現代俳句の鑑賞事典』の人選についてはこの『現代の俳句』のバランス感覚を上回るところがあるのではないかという気がした。

例えば、中島斌雄、田畑美穂女、清水径子、中尾寿美子、馬場移公子、小川双々子などは本書以外のアンソロジーではまずその名前を見出すことのできない作者であろうし、他にも細谷源二、京極杞陽、林田紀音夫、赤尾兜子、宗田安正、折笠美秋、安井浩司、攝津幸彦などといった作者への目配りも欠かしていない。

しかしながらそれでも、相生垣瓜人、下村槐太、阿部青鞋、火渡周平、加藤かけい、斎藤玄、堀葦男、島津亮、八田木枯、福永耕二、河原枇杷男、磯貝碧蹄館、奥山甲子男、山本紫黄、堀井春一郎、吉田汀史、赤松恵子、岡井省二、竹中宏、手塚美佐、長谷川久々子、後藤綾子、正木浩一、小原啄葉、長谷川草々、大沼正明、金田咲子、永末恵子、大木孝子、あざ容子、住宅顕信など、本来その名前があってしかるべきではないかと思われる作者の名前がいくつか欠落してしまっているところがあるように見受けられた。特に河原枇杷男を欠落させてしまったのは、一体何故であるのかと疑問が残る。このあたりが、やはりこういったアンソロジーの限界なのであろうか。



5月27日 木曜日

『現代詩手帖』の最新号である6月号が到着。今月号の特集は「短詩型新時代―詩はどこに向かうのか」。

こういった特集を企画するというのが、まずなんとも立派。編集の方は、今月号の後記を見ると、幼い頃両親とともに月に1回句会に連れられて側で見ていたことがある、と書いている。ご両親は俳人の方であるのであろうか。

座談会が、岡井隆、松浦寿輝、小澤實、穂村弘の各氏、鼎談が城戸朱理、黒瀬珂瀾、高柳克弘の各氏。俳人の執筆者は田中亜美、相子智恵、関悦史、鴇田智哉の各氏と小生。他にも詩人や、歌人の方々も力稿を寄せている。

高柳克弘さんのゼロ年代の100句選は、非常に広汎な範囲からの作品選出となっておりバランス感覚においても大変優れていて、読んでいて単純に相当面白い。また、もし自分が選出するならばどういった結果となるか、などといったことを考えながら読むのもなかなか楽しいものがある。

「現代詩手帖」は俳句雑誌と比べると若干値段が高めであるが、その内容を見るとけっして単純に高いものというわけでもないように思われる。『俳句』6月号と併せて、この『現代詩手帖』6月号の内容は、まさに「俳句の現在」を知る上で必読といっていいであろう。

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5 件のコメント:

野村麻実 さんのコメント...

『現代詩手帖』の最新号、ようやく入手、読了しました。記事、内容が濃くて面白かったです。

その他の感想としては、高柳さんがやられていたゼロ年代の100句、トミタクバージョンも読みたいなと思いました(笑)。(高柳さんのも面白かったのですけれどね。)さぞかしいろんな人が入ってくることでしょう!

しかしあの100句の原稿をみて、高柳さんは対談やら原稿書きやらで、食べるヒマも寝ているヒマもないのではないかと余計な心配をしています。(よく働く方です!)

(キドシュリさんは女性だとばかり思っていたこともここで初告白 orz... お写真見たら男性で、だからどうだという訳じゃなくショックでした(;□;)!!)

冨田拓也 さんのコメント...

野村麻実様

「現代詩手帖」充実した内容でしたね。

岡井隆さんの詩も面白いです。
まさに「キムチ」ですね。

100句選についてですが、これはきっと想像以上に難しいものなのでしょうね。

まず、テキストが2000年から2009年までの作品ということで、この時点でなんというかもう手に負えない感があります。句集、アンソロジー、総合誌、結社誌、同人誌、インターネットですからね。ここから100句選ぶのはやはり大変です。

そして、この2000年から2009年までの期間内に実際のところ一体どれだけの成果があったのか、ということですが、手元にある『平成秀句選集』という資料を少し参照してみても、これは思った以上に厳しいものがあるのかな、という気もしないではないところがありました。なかなかこれという1句を選び出せないところがあるというか。

また、俳句というものは1句だけ取り出して見てみると、思った以上に「あやうい」ところがあるんですよね。

ともあれ、100句選については他の方が選んだ場合一体どういった結果になるか、というところも興味のあるところですね。

城戸さんは、背が高くて物識りで気さくな紳士でいらっしゃいます。お名前はたしかご両親による命名だとかいうお話をどこかで読んだおぼえがあります。

野村麻実 さんのコメント...

れおなさま、凄すぎる。。。。

(言うまでもなく、2000年~2009年かどうか調べるのが一苦労なのに!(佐藤文香さんは「少女みな」の句が1999年で、その句ばっかり語り継がれるのが悲しいといっておられましたが、いやあの、年代調べるの、片手間どころじゃない手間がかかっていて大変だと思うんだけど~と思ったりも。。。つまりアレ、発表するのにはかなり勇気と根性が要るはずで、しんどい方が大きい作業だと思うんです。)

れおなさま、やっぱり俳句好きなんですね(>▽<)!!!
「俳句ラブ、あなたも!」って感じです。

高山れおな さんのコメント...

野村麻実様

個々の作品が2000~2009年の制作かなんて調べていませんよ。「現代詩手帖」の短歌100選、俳句100選も2000年刊行の歌集・句集から採録しているわけで、そういう作品の制作・発表は当然1999年以前になるわけですし、それ以後の歌集・句集にしても何年間か(時には10年以上)の作品の集成なんですから、状況は変わりません。制作年の問題ではなく、ゼロ年代の状況を作ってきた作品ということでしょうね。

文香氏の件は、「木枯しの言水」とか「二日月の荷兮」とか、あだ名で呼ばれる程の知名の句があればもって瞑すべしなんで、20代で「紺水着の文香」とは見上げたものですよ。何十年も俳句をやって、俳壇の重鎮なんていっても、人口に膾炙した句が一句も無い人だって少なくないのですから、彼女のは贅沢病という他ありません。ま、本人もわかってるでしょうけど。

野村麻実 さんのコメント...

あらあら!いつもどおりお返事が早くていらっしゃる!
お元気そうで何よりです。そして、やっぱりこういう記を(モンク垂れるだけではなく、ちゃんと発表されるところが)とてもれおな様らしいです。お疲れ様です。まだお仕事中なのですね。

本当に楽しかったです!
人によっていろんな選が出てくると思います。あたりまえですけれど、やはり、高山さまの選ぶ句は面白いです。バランス感覚もサイコーですね(>▽<)!!!

あまり頑張りすぎませんように。
(自戒をこめて)仕事中毒は万病の元です。でも俳句が「仕事」でないなら、それでいいのですけれど、お仕事しすぎですよ!!!!そうでなくとも。(ちゃんとG新○フォローさせていただいていますからね。)


by 勝手に主治医より。