2010年6月6日日曜日

俳句九十九折(86) 七曜俳句クロニクル ⅩⅩⅩⅨ・・・冨田拓也

俳句九十九折(86)
七曜俳句クロニクル ⅩⅩⅩⅨ

                       ・・・冨田拓也


5月31日 月曜日

先週購入した、宇多喜代子、黒田杏子監修の『現代俳句の鑑賞事典』(東京堂出版 2010年)をだらだらと読み続けている。

各々の作者の代表句以外の異色の句があればここにいくつか取り上げてみたいと思っていたのであるが、なかなかそのように思えるような句が見つからない。30句という数ゆえ仕方のないところもあるわけであるが、それぞれの作者の作品からの選にはもう少し意外性があってもいいのではないかと思うところもないではなかった。

目の並ぶまでに扁平蛇轢かる   茨城和生

猟鳥の血潮ころころころげ落つ   右城暮石

青あらし神童のその後を知らず   大串章

満月やマクドナルドへ入りゆく   角川春樹

赤富士や蜂の骸を掃きながら   岸本尚毅

化野に普通の月の上りたる   後藤比奈夫

わたくしは辵(しんにゆう)に首萱野を分け   澁谷道

親しげに次郎次郎とそれも柿   田畑美穂女

洛中を過ぎゆくものに水と月   橋本榮治

枯蟷螂種火のごとき朱をのこす   馬場移公子

死を遠き祭のごとく蝉しぐれ   正木ゆう子

白焔の縁の緑や冬日燃ゆ   松本たかし



6月2日 水曜日

なんとなく「山彦」という言葉が思い浮かんできた。「山彦」の意味は当然ながら、山や谷などで声や音が反響する現象のことであるが、この言葉はそれのみならず山の神や山霊を意味する言葉でもある。

山彦を伴ふ窓に夏経かな   高田蝶衣

窓の外にゐる山彦や夜学校   芝不器男

極月の山彦とゐる子供かな   細川加賀

野火消えて山彦山へ還りゆく   奥山甲子男

山彦は半身傷ついてもどる   折笠美秋



6月3日 木曜日

古書店で、山口可久美の『キナバル』(高文堂出版社 平成7年)という句集を見つけたので購入。なんとシングル盤の「CD」付きという異色の句集である。

山口可久美という作者は、1930年生れで、この句集の刊行当時は「未定」と「環礁」の同人であったようである。共著に『燦―「俳句空間」新鋭作家集』(弘栄堂書店 1991年)がある。

少年と未熟のバナナ日は昇る

樹の影に影の樹に泣く毒蛙

〈月をみるもの〉一億や星の数

無名日本人空を飛ぶハイビスカス

日盛りを海上油田までの橋

ビバリイヒルズ登りても蛙は蛙

ミイラ百体盗みしが小春なり

天窓の星をみているハムサンド

クローバや走ればやがて大人になる


句集よりいくつか抄出した。句集名の『キナバル』とは、あとがきによるとボルネオのマレーシア・サバ州に聳える山のことであるとのこと。作者はそこへ旅行へ行ったらしい。そのため本書には海外の事物に材を摂った作品というものが多い傾向にあるようである。

そして、付されてあるCDについてであるが、その内容は、著者自身による本句集所載の俳句作品の朗読とそのバックに音楽が流れているもの、ということになっている。

しかしながら、あまり詩歌の朗読のCDというものは、どのようなものであれ何度も繰り返し聴くのには少々厳しいものがあるのではないかと個人的には思われるところがある。大抵の場合、朗読している声がぼそぼそとしていてその言葉の意味を明瞭に理解することが難しく、聴き続けるだけでも割合「忍耐」が要求され、結局のところ活字で読んだ方がいいのではないか、と思われてしまうケースが少なくないのである。

それほど数を聴いたわけではないのであるが、詩歌関係のCDでせいぜいのところ繰り返し聴くに耐えるのは、それこそ歌人である福島泰樹の「短歌絶叫」のCDくらいではないかという気がする。



6月4日 金曜日

以前、小金まさ魚という作者の作品を取り上げたのであるが、この作者の作品のことがこのところ随分と気に掛かるところがある。というわけで、再びここに作品をいくつか取り上げてみることにしたい。

人の名を憶ひ出でにし海月かな

部屋の隅何かさびしく霙降る

風邪の熱なかなかとれず初雲雀

鳥帰る夕餉の木ぎれ幾許ぞ

風花や家傾きて傾きて

青鷺を見しより駅に遠ざかる

いづくにか人病むごとし実梅売

あぢさゐの白日何を恃むべき

鶏頭に雨降る誰も近づかず

にはたづみ又にはたづみ冬休

氷雨降る昼からながく歩きけり

去ぬる雁閂ささぬ夜はなく

赫っと向日葵夜でなく昼でなく


やはりその作品の意味するところについて理解できるような、できないような内容の作品が少なくない。それでもやはり型式の内に言葉が無駄なくきっちりとおさめられているためか、それこそ有無をいわせないまでの見事な構成力による安定感というものを感じさせられるところがある。

このような散文性や意味性といったものを最小限に抑え無化してゆこうとする作品手法を以前自分は「パッキングの手法」と評した。そして、この小金まさ魚の作品から石田波郷の存在を思い起こしたわけなのであるが、波郷の作品をいくつか瞥見してみると以下のような作品を見出すことができた。

昼顔のほとりによべの渚あり

秋の夜の憤ろしき何々ぞ

寒椿つひに一日のふところ手

風の日や風吹きすさぶ秋刀魚の値

人を恋ふ野分の彼方此方かな

稲妻のほしいままなり明日あるなり

遠足や出羽の童に出羽の山

牛の顔大いなるとき青梅落つ

春暁のまだ人ごゑをきかずゐる


他にもこのような傾向の作はいくつも存在するのかもしれないが、一応ここに挙げた句をみるとやはり若干小金まさ魚の作と共通する面も少なくないように思われる。これらの作品というものもやはり一種の「パッキング」によって成り立っているといっていいところがあろう。「秋刀魚」、「出羽」の句のリフレイン、「稲妻」の句の「稲妻」と「明日」の関係のある意味強引なまでの結び付け方、「牛の顔」と「青梅」の関係の無内容さ等々。

これらの作品における手法というものは、それこそ「パッキング」というよりも、一種の言葉による「アクロバティック」とさえいっても差し支えないところもあろうか。こういった手法を自らのものとして自在に使いこなすことができれば、もしかしたらそれこそほとんど「無限」に俳句を書き続けられる可能性もあるかもしれない。

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