2009年8月1日土曜日

俳句九十九折(45) 俳人ファイル ⅩⅩⅩⅦ 和田魚里・・・冨田拓也

俳句九十九折(45)
俳人ファイル ⅩⅩⅩⅦ 和田魚里

                       ・・・冨田拓也

和田魚里 15句


頂上に水の流るる雪解かな

金魚等に嬌声のあり水温む

水底の筆路悠々蜷の道

花冷えや鉛の如く象死せり

あやめとはあの字とやの字とめの字かな

蕃茄の玉抱いて蜥蜴が顔澄ます

緑陰水の如し人鯰の如し

芋の露美にこだわりて落ちにけり

氷心の夢を結べり石一つ

太陽(ひ)と雪と水と争う音すなり

魚群より気宇壮大の鰯雲

目の前や我れの六歳以下の秋

不真面目の祖(おや)なつかしき秋の暮

鎌鼬の野放しの野に俳諧師

日脚伸ぶ跫も前へにじり出ず



略年譜


和田魚里(わだ ぎょり)

明治39年(1906)東京生まれ

昭和22年(1947)佐々木有風を識り「雲」に参加

昭和35年(1960)板橋俳句連盟会長

昭和45年(1970)句集『機』(中央公論事業出版)

昭和46年(1971)板橋句会を主宰

昭和53年(1978)同人句誌「半狂」発刊、主宰

昭和61年(1986)逝去(80歳)

昭和62年(1987)遺句集『再機』




A 今回は和田魚里を取り上げます。

B この作者についてはあまり有名でない、というか、殆んど知られていないでしょうね。

A 一応、永田耕衣、金子兜太、阿部青鞋、加藤郁乎あたりが、評論などでふれている程度でしょうか。

B この作者については資料が少なく、その経歴についても分からない部分が多く存在します。一応、昭和22年に佐々木有風(1892~1959)という蛇笏門の作者を識り「雲」という俳誌に参加。昭和45年に句集『機』を出版、昭和53年には同人句誌「半狂」発刊主宰し、昭和61年で80歳で亡くなっています。そして、翌昭和62年には遺句集として『再機』が纏められています。

A 他には、磯貝碧蹄館の「握手」や、津久井理一の「八幡船」などといった俳誌にも参加していたようです。

B 「握手」は現在でも健在の俳誌ですからともかくとして、「八幡船」という俳誌の存在というものは現在となっては、その詳細についてはよくわからないところがありますね。

A 「八幡船」という俳誌は同人誌であったようで、阿部青鞋なども参加していたようです。

B また、和田魚里は、画家で俳人でもあった小川芋銭に私淑していたそうで、句集には和田魚里による俳画もいくつか収められています。

A では、その俳句作品について見てゆきましょう。

B まず、句集『機』についてですが、この句集が刊行されたのは先程にもふれたとおり昭和45年のこととなります。

A ということは、和田魚里の年齢はこの時点ですでに64歳頃ということになりますから、還暦を過ぎてから漸く刊行されたやや遅めの第1句集ということになりますね、

B この句集の内容ですが、俳句作品が四季順に238句収録されていて、他に、いくつかの俳画と、5篇の随筆により構成されています。

A 句集の俳句作品の第1句目を見てみると〈春夏秋冬魂くいちらかすは何〉という作品がまず見られます。

B 「春の部」の最初からいきなり「春夏秋冬」ですから、随分人を食っているところがあるというか、それこそ「奇襲」に近い表現といっていいようなところがありますね。

A この作品において意味するところの内容についても、いまひとつよくわからないところがありますね。

B 確かに「魂」というものがそもそも抽象的で、さらにそれを「春夏秋冬」にわたって絶えず「くいちらす」ものということですから、具体的なイメージを思い浮かべるのにはやや困難なところがあります。

A 金子兜太は『愛句百句』(講談社 1978)でこの句について〈こういう句ははじめから小賢しく詮索しないほうがいいのである。〉とし〈芯で鋭く刺しておいて、しかしその正体は不明という状態が最高なのである。〉〈しかも、その正体不明なものに妙に艶があるのが、この句の魅力でもある。〉と評価しています。

B この作品からは、一応言葉の組み合わせから生じる面白さというものはある程度感じられるところがありますね。

A この「春」の項には他に〈頂上に水の流るる雪解かな〉〈下萌や天に白牙の八ヶ嶽〉〈金魚等に嬌声のあり水温む〉〈水底の筆路悠々蜷の道〉〈苔を着てやわらかにいる田螺かな〉〈鶯や夢窓国師は機と書せり〉〈泥亀の愚痴の哲学聴きに行こう〉〈春の星視覚退化の土龍の眼〉〈花冷えや鉛の如く象死せり〉〈生涯にわたり惜春の如きもの〉といった作品が見られます。

B 「頂上」や「八ヶ嶽」などといった堂々とした立句の存在とともに、ややコミカルな印象の作も存在するようですね。

A 「頂上」「八ヶ嶽」の句にはたしかに自然詠による格調の高さが、そして〈金魚等に嬌声のあり水温む〉〈水底の筆路悠々蜷の道〉〈苔を着てやわらかにいる田螺かな〉〈泥亀の愚痴の哲学聴きに行こう〉〈花冷えや鉛の如く象死せり〉あたりの作にはどちらかというと漫画的なイメージが感じられますね。

B 特に「金魚」の句については、ここまで「嬌声」という言葉がぴったりと作品の中において当てはまった例は、他には存在しないのではないかとさえ思われるところがあります。

A 水の温度が温かくなったということから感じられる、春の到来による歓喜の感情そのものが、金魚を介してそのまま表現されていますね。

B 続いて「夏」の作品ですが、ここには〈沼底や鰻鯰と哲学の店張るならむ〉〈あやめとはあの字とやの字とめの字かな〉〈こちらへと顎ふりながら鯰来る〉〈スサノオノミコトの如しや青芒〉〈龍になろうとして青大将になつたのだ〉〈髪切虫犀の如くに頭下げ〉〈蕃茄の玉抱いて蜥蜴が顔澄ます〉〈ものの怪の飛びきてとまる玉虫なり〉〈緑陰水の如し人鯰の如し〉といった作品が見られます。

A 〈沼底や鰻鯰と哲学の店張るならむ〉は、間違いなく永田耕衣の〈泥鰌浮いて鯰も居るというて沈む〉が関係しているのでしょうね。

B 〈こちらへと顎ふりながら鯰来る〉〈緑陰水の如し人鯰の如し〉という句にしても「鯰」ですから、やはり耕衣的な印象が強く感じられます。

A こうみると和田魚里には、永田耕衣からの影響というものが小さくないようですね。

B 耕衣の作風というのも、その表現は非常に特異というか、漫画的な表現に近いものがあります。

A 確かに、耕衣の句というと〈野遊びの児等の一人が飛翔せり〉〈天心にして脇見せり春の雁〉〈近海に鯛睦み居る涅槃像〉〈花の雲抜く晩年の飛魄かな〉ですから、やはり非常に漫画的なところがありますね。

B 続いて「秋」の作品です。〈花火見る大きな女前にいて〉〈まぐれ亀のそのそ二百十日かな〉〈無花果は甘し女にも男にも〉〈芋の露美にこだわりて落ちにけり〉といった作品が見られます。

A この中では〈芋の露美にこだわりて落ちにけり〉が、やや異色作といっていいでしょうか。

B 「芋の露」が落ちる様子を表現しただけならば単なる普通の句の範疇にとどまるところですが、ここに「美にこだわりて」という作者の主観ともいうべきやや特異な把握というか表現が加えられているわけですね。

A そこに単なる「芋の露」が煌めいて落ちてゆく美しさのみでなく、擬人的な表現により「芋の露」それ自体が自らの意思を持っているかのように感じられ、ややコミカルで愉快な印象が感じられます。

B 続いて「冬」の作品ですが〈明るさの極みと枯れし芒かな〉〈冬ごもり蜂蜜舐めて熊となる〉〈人間としてもけものとしても日向ぼこ〉〈逃げ水をひょんひょん渡る狐かな〉〈氷心の夢を結べり石一つ〉〈冬木立のっぺらぼうに会うかも知れない〉〈氷柱舐むキリストよりも長い貌〉〈太陽(ひ)と雪と水と争う音すなり〉といった句が見られます。

A やはりこの和田魚里という作者の表現は、他の多くの作品と比べるとやや異色と言っていいようなところがあるようですね。

B そうですね。あまり普通の作者の作品表現には見ることができない、ややその様相を異にする特殊な表現といったものが窺えるところがあります。

A 特に〈氷心の夢を結べり石一つ〉〈太陽(ひ)と雪と水と争う音すなり〉となると、まず、他の作者の作品には見られない作でしょうね。

B 「氷心」の句は基本的に「石」のみが中心に存在している句であるのですが、その石自体の内部における冷たさと、密閉された闇による空間性を「氷心の夢」といった表現したところが秀逸ですね。「氷心」という言葉は、王昌齢の漢詩である「芙蓉楼にて辛漸を送る」の〈寒雨 江に連なりて 夜 呉に入る/平明 客を送れば 楚山 孤なり/洛陽の親友 もし相 問わば/ 一片の氷心 玉壷に在り〉からきた言葉であるようです。

A 〈太陽(ひ)と雪と水と争う音すなり〉は、冬の終りと春の訪れの時期の様子を表現した句ですが、名詞が3つも使用されている割には、あまり無駄なものが混入しているように思えない、ややすっきりとした印象があります。

B 内容的に、太陽と雪と水のみによる表現ということであまり癖がないためそのように感じられるのでしょう。このような作品内容における率直さというものもまた、和田魚里の作風の特徴を成す重要なファクターのひとつであると思われます。

A 句集『機』の作品について見てきましたが、この句集が出版されたのが、昭和45年。そして、その後、和田魚里は昭和53年に同人句誌「半狂」発刊、主宰し、昭和61年には80歳で亡くなっています。

B 昭和62年に遺句集『再機』が出版されていますが、この句集は『機』以後から亡くなるまでの16年余りの作品が纏められたものであると見ていいはずだと思われます。

A 『再機』には、俳句が四季順に248句収録されており、他に俳画と随筆で構成されています。

B 構成としては『機』とほぼ同じということになりますね。

A 作品を見ると「春」に〈青白の蚕は白の誤解かな〉〈菜種梅雨たっぷりにして静かかな〉〈天上にあちみこちみの帰る雁〉〈惜春と云う大きなものに直面す〉といった句が見られます。

B 「帰る雁」は、やはり耕衣的ですね。

A 「菜種梅雨」の句については、一見単なる平凡な句に見えるかもしれませんが、なかなかこのように素直に表現することは難しいのではないかと思わせるものがあります。

B では、続いて「夏」の作品について見てゆきましょう。〈蟬穴に無が一杯にこもり居り〉〈梁を渡る青大将ののろさかな〉〈露の玉蟻の頭は三角なり〉〈山焼きを魔の越えくるは揚羽かな〉〈みぎひだり髭の立派な鯰かな〉〈大鯰布袋腹にて翻える〉〈泥鰌鳴けり口の形の声出して〉〈梅雨晴間拝んで見たくなりにけり〉〈朴茅舎椿の虚子と争わず〉〈近く来し山時鳥眼にも見ゆ〉〈丈夫過ぎ髭まで節あり髪切ぎちぎち〉〈河童龍之介きどり龍之介河童きどりの忌〉〈夏負けてごろりと横になりにけり〉といった作品が見られます。

A やはり「蟻の頭は三角」や「大鯰布袋腹」といった表現から感じられるのは、それこそ「童心」に近いものでしょうか。

B そうですね。〈梅雨晴間拝んで見たくなりにけり〉〈近く来し山時鳥眼にも見ゆ〉〈丈夫過ぎ髭まで節あり髪切ぎちぎち〉〈夏負けてごろりと横になりにけり〉などにも、そういった素直ななにものにもとらわれない眼差しの存在が感じられるようです。

A 続いて「秋」の句ですが、作品としては〈相聞か辞世かつくづく法師蟬〉〈或る僧に柚子の品格ありにけり〉〈魚群より気宇壮大の鰯雲〉〈秋の雲たべたくなりぬ腰かけて〉〈思慮深きいもむしの貌とおぼえたり〉〈過ぎたるは及ばざる程の熟し柿〉〈目の前や我れの六歳以下の秋〉〈ハッパ等に上から落ちる秋の雨〉〈不真面目の祖(おや)なつかしき秋の暮〉〈化けられる化けられると芒思いおり〉〈ハッパちよっと肩にのっけて秋寝たい〉といったものが見られます。

B やはりこれらの作品にも普通の俳人たちの多くの句と比べると、その表現に随分と特異なものがあるようですね。

A 「鰯雲」が「魚群」よりも「気宇壮大」であるということは、当り前のことではありますが自然のスケールの大きさというものまで感じさせるところがあります。また、綿飴のような「秋の雲」の白さと美しさ、熟れ過ぎた「柿」と過去の時間の関係性、葉を「ハッパ」と表現する幼児性など、まさしく〈目の前や我れの六歳以下の秋〉という句の通り、普通の大人の様々な固定観念や先入観にとらわれがちな視点とは異質な、それこそ子供の視点からによる発想といった印象があります。

B それゆえに〈不真面目の祖(おや)なつかしき秋の暮〉などという句を生み出すことも可能であったのでしょうね。

A では、最後に「冬」の作品について見てゆきましょう。〈寒鯰や静かでござる水の美学〉〈鎌鼬の野放しの野に俳諧師〉〈狂気とは磨きのかかる世界かな〉〈竜の髯うっかり踏んで玉こぼす〉〈死んでいて飛んでいて綿虫止どまれず〉〈銀座にて鮫の煮凝り買いにけり〉〈秋風も春風もあるお正月〉〈日脚伸ぶ跫も前へにじり出ず〉といった句が存在します。

B 〈竜の髯うっかり踏んで玉こぼす〉〈死んでいて飛んでいて綿虫止どまれず〉といった現実を素直に詠んだ句の他に〈鎌鼬の野放しの野に俳諧師〉〈狂気とは磨きのかかる世界かな〉といった、やや不穏な迫力の感じられる句の存在もあり、和田魚里という俳人の作風というもの広さというものが感じられるところがあります。

A 〈日脚伸ぶ跫も前へにじり出ず〉という句もやや異色のさくであるといっていいでしょうね。

B 「日脚」というものをこのように捉えた句は他にはまずないでしょうね。日々、音もなくさしてくるあたたかな日差しの神々しさといったものが感じられます。

A さて、和田魚里の作品について見てきました。

B 全体的な印象としては、高い完成度を誇る堂々とした作品もあるわけですが、それとともに耕衣にも共通する童心とでもいうのでしょうか、漫画的で、それと同時に無垢であまり底位が感じられない素直な作風であるという印象が強く残りました。

A しかしながら、その「童心」ゆえに、時としてその作品が、やや通俗性へと傾きすぎるきらいのあるようなところのある句も、いくつか見られるところがありましたね。

B 明治時代から昭和初期の俳人に安藤和風という作者がいたのですが、その作者の作風とも共通するものが感じられるところがありました。




選句余滴

和田魚里


春夏秋冬魂くいちらかすは何

下萌や天に白牙の八ヶ嶽

春寒や鬣擦れし檻の獅子

苔を着てやわらかにいる田螺かな

鶯や夢窓国師は機と書せり

春の水家鴨胸から滑り落つ

泥亀の愚痴の哲学聴きに行こう

春の星視覚退化の土龍の眼

春の雷そこら紫に網打てり

生涯にわたり惜春の如きもの

ものの怪の飛びきてとまる玉虫なり

沼底や鰻鯰と哲学の店張るならむ

こちらへと顎ふりながら鯰来る

スサノオノミコトの如しや青芒

龍になろうとして青大将になつたのだ

髪切虫犀の如くに頭下げ

花火見る大きな女前にいて

まぐれ亀のそのそ二百十日かな

無花果は甘し女にも男にも

このごろは萩が大層威張り居り

普賢菩薩の白象の如き大根かな

明るさの極みと枯れし芒かな

冬ごもり蜂蜜舐めて熊となる

人間としてもけものとしても日向ぼこ

逃げ水をひょんひょん渡る狐かな

正月の大きな月夜の珠数屋町

冬木立のっぺらぼうに会うかも知れない

数の子や千人の兄弟生まれけむ

竹馬を駝鳥のように駆けらする

氷柱舐むキリストよりも長い貌

青白の蚕は白の誤解かな

菜種梅雨たっぷりにして静かかな

天上にあちみこちみの帰る雁

惜春と云う大きなものに直面す

蟬穴に無が一杯にこもり居り

梁を渡る青大将ののろさかな

露の玉蟻の頭は三角なり

蟻のむれ我れを要せぬ世界かな

シャツの腹蚤は傾き渡るなり

山焼きを魔の越えくるは揚羽かな

みぎひだり髭の立派な鯰かな

大鯰布袋腹にて翻える

泥鰌昇天鯰淋しくなりにけり

泥鰌鳴けり口の形の声出して

梅雨晴間拝んで見たくなりにけり

朴茅舎椿の虚子と争わず

年々や茅舎の花の朴咲けり

近く来し山時鳥眼にも見ゆ

丈夫過ぎ髭まで節あり髪切ぎちぎち

河童龍之介きどり龍之介河童きどりの忌

夏負けてごろりと横になりにけり

相聞か辞世かつくづく法師蟬

或る僧に柚子の品格ありにけり

秋の雲たべたくなりぬ腰かけて

骸骨の句もあり鬼貫の忌なりけり

台風の眼玉ひろびろ寝たりけり

思慮深きいもむしの貌とおぼえたり

芋虫を長身の人見おろせり

朝な朝な芋虫つぶす男かな

過ぎたるは及ばざる程の熟し柿

目の前や我れの六歳以下の秋

ハッパ等に上から落ちる秋の雨

化けられる化けられると芒思いおり

ハッパちよっと肩にのっけて秋寝たい

狂気とは磨きのかかる世界かな

竜の髯うっかり踏んで玉こぼす

死んでいて飛んでいて綿虫止どまれず

銀座にて鮫の煮凝り買いにけり

秋風も春風もあるお正月



俳人の言葉


『機』の著者和田魚里は談林的淡彩をおおらかに帯びきった現代稀有の俳人ではないかと思う。魚里がタダのフザケ半分に俳句に遊んでいるとは思わない。シンからの人間好きであり、シンからの第一義的人間であることは、『機』に編まれている数少ない随筆をよんでも分る。句句は必ずしも「死の痕跡」としての生に真正面からぶち当った生の表現とはいいきれぬ。だが、底ぬけに、詩の最高の道行である「無」への花道に、自在に出没する素裸の魚里を、私は『機』において快く見るのである。

永田耕衣 「寒拾の機」より 『俳句窮達』(昭和53年 永田書房)

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9 件のコメント:

さんのコメント...

冨田様、和田里魚のことは、ときどき名をみます。覚えていないけれど飄逸なしゃれっ気のある句柄も、あらためて甦ります。そんなに昔のヒトではなかったのですね。
おもしろい作風で、「壇林風」というのはたしかにそうでしょうね。
 魚群より気宇壮大の鰯雲
目の前や我れの六歳以下の秋
不真面目の祖(おや)なつかしき秋の暮


耕衣の影もかんじますし、私も「安藤和風」のことを想い出しました。
 また、「八幡船」は、詳しくは知りませんが、八木三日女さんとお話ししたときにこの八幡船のことが、でてきた記憶があります。前衛俳句時代の超結社超ジャンルの結集です。川柳、俳句、無季を分かれているジャンルをこえて、「短詩型文学」というコンセプトであるように理解しています。

いつも、大変な努力で頭が下がります。

冨田拓也 さんのコメント...

堀本吟様

コメントありがとうございます。
「八幡船」は短詩型の作者の集まりだったのですね。
私も以前この俳誌のデータを持っていたのですが、紛失してしまいました。

「八幡船社」からは「私版・短詩型文学全書」と「短詩型文学全書」というものが出ています。発行者は「津久井理一」で、現在見てもなかなかのラインナップだと思います。この津久井理一という俳人についても現在では詳しいことがわかりませんね。

「私版・短詩型文学全書」は、以下の通りです。

阿部青鞋集 1966. -- (私版・短詩型文学全書 第1集)
野田誠集 1966. -- (私版・短詩型文学全書 第2集)
東川紀志男集 1966. -- (私版・短詩型文学全書 3)
滝春一集 1966. -- (私版・短詩型文学全書 4)
渡辺白泉集 1966. -- (私版・短詩型文学全書 5)
大原テルカズ集 1966. -- (私版・短詩型文学全書 第6集)
細谷源二集 1967. -- (私版・短詩型文学全書 第7集)
杉本雷造集 1967. -- (私版・短詩型文学全書 第8集)
楠本憲吉集 1967. -- (私版・短詩型文学全書 第9集)
藤田初巳集 1967. -- (私版・短詩型文学全書 第10集)
穴井太集 1967. -- (私版・短詩型文学全書 11)
八木三日女集 1968. -- (私版・短詩型文学全書 12)
大島竜子集 1968. -- (私版・短詩型文学全書 第13集)
石川桂郎集 1968. -- (私版・短詩型文学全書 第14集)
鈴木詮子集 1968. -- (私版・短詩型文学全書 第15集)
青木幸一露集 1969. -- (私版・短詩型文学全書 第16集)
高橋鏡太郎集 1969. -- (私版・短詩型文学全書 第17集)
松原地蔵尊集 1969. -- (私版・短詩型文学全書 第18集)
清水昇子集 1970. -- (私版・短詩型文学全書 第19集)
関口比良男集 1970. -- (私版・短詩型文学全書 第20集)
小沢青柚子集 1970. -- (私版・短詩型文学全書 第21集)
中台春嶺集 1970. -- (私版・短詩型文学全書 第22集)
吉見春子集 1971. -- (私版・短詩型文学全書 第23集)
伊丹三樹彦集 1971. -- (私版・短詩型文学全書 第24集)
富田美和集 1972. -- (私版・短詩型文学全書 第25集)
中田有恒集 1972. -- (私版・短詩型文学全書 第26集)
油布五線集 1972. -- (私版・短詩型文学全書 第27集)
沼田清信集 1972. -- (私版・短詩型文学全書 第28集)
中山紫光集 1972. -- (私版・短詩型文学全書 第29集)
川崎三郎集 1973. -- (私版・短詩型文学全書 第30集)
高島茂集 1973. -- (私版・短詩型文学全書 第31集)
萩原洋灯集 1973. -- (私版・短詩型文学全書 第32集)
伊東音江集1973. -- (私版・短詩型文学全書 第33集)


「短詩型文学全書」の一部を見ると以下の通りです。

滝春一句集 1980.2. (短詩型文学全書 1)
松原地蔵尊句集 1980.5. (短詩型文学全書 2)
関口比良男句集 1980.7. (短詩型文学全書 5)
亀田虎童子句集 1980.10. (短詩型文学全書 8)
野田誠句集 1981 (短詩型文学全書 ; 11)
田沼文雄句集 1981.1. (短詩型文学全書 13)
谷口慎也句集 1981.6. (短詩型文学全書 21)
河合凱夫句集1981.6. (短詩型文学全書 22)
鈴木石夫句集 1981.7. (短詩型文学全書 23)
村田治男句集 1981.9.(短詩型文学全書 27)
橋爪鶴麿句集 1981.10. (短詩型文学全書 28)
田仲了司句集 1982.8 (短詩型文学全書 39)

ここには、和田魚里の名は見えないよううですね。

さんのコメント...

冨田様、
この資料貴重です。ファイルかコピーしておきます。まえにだされた、大橋嶺夫も関係あるはずです。記憶しているつもりでも、いつの間にかちってしまうものです。
古い資料が出てきたら、またおしらせしします。

津久井理一のことは、すこししらべてみます。
ここに、川崎三郎という人が居ますが、
榎本冬一郎(群峰)の弟子ですね。どういう事情がわかりませんが、こういう相関図を改めてみると、「社会性俳句」「前衛俳句」と言われる戦後俳句情況のダイナミックかつ複雑な交流や離合には、めまぐるしいものがありますね。
どういうことかな?
各人バラバラに投稿していても、どこかで関連して、現在の俳句評源にむすびついてゆきますね。面白い。

高山れおな さんのコメント...

冨田拓也様

またまた知らない作者を教えていただきました。和田魚里、最高ですね。就中、

金魚等に嬌声のあり水温む

は、完全無欠のアンソロジーピースですね。季語は「水温む」ではありましょうけど、最高を行く金魚俳句の傑作だと思いました。

目の前や我れの六歳以下の秋
不真面目の祖なつかしき秋の暮

にも感涙です。〈句句は必ずしも「死の痕跡」としての生に真正面からぶち当った生の表現とはいいきれぬ。〉と耕衣が言っているのはもっともでありましょうけど、本当は怖い耕衣とは違って、どこまでも親しみがもてる感じです。和風の名が挙がっておりますが、鬼貫、惟然、現代なら羽公、瓜人などとも類縁がありましょう(鬼貫を詠んだ句もありましたね)。

冨田拓也 さんのコメント...

堀本吟様

津久井理一の句集はいつだったか読んだことがあったような記憶があります。
あまり面白くなかったような気も……。
実際のところははっきりとしないのでわかりませんが。

川崎三郎という人は榎本冬一郎の弟子だったのですね。
榎本冬一郎の作品についてはまだ読んだことがありません。
全句集は随分以前から手元にあるのですが、なかなか読む気になれないところがあります。


髙山れおな様

和田魚里という作者については、句集が2冊のみということで、その全貌についてはまだ未知の部分があるかもしれませんね。
句集に収められていない作品にも優れた作品があるかもしれません。

耕衣は「本当は怖い」とのことですが、確かにそういったところはありますね。
阿部青鞋にも同じ様なところがあるかもしれません。
それに比べると、和田魚里はもっと気楽な雰囲気がありますね。

さんのコメント...

津久井理一の句集は/あまり面白くなかったような気も……。

榎本冬一郎/全句集は随分以前から手元にあるのですが、なかなか読む気になれないところがあります。(貴文)

半分は賛成です、でもあるとき冬一郎をよむことがあり、メーデーは幾代もユニークでしたが、とてもリリックであったり、人に動きにじっくり目線を措いて画いたり、そういうはかんが、たのしかったことがあります。

現代人には入りにくい地味なところは確かにあります。

さんのコメント...


誤 メーデーは幾代もユニークでしたが、
           ↓
正 メーデー俳句などもユニークでしたが、



誤入力 そういうはかんが
        ↓
正   そういう発見が


です。いやはや、いつもすみません。

冨田拓也 さんのコメント...

「未定」の最新号(42号)を読んでいたら、今泉康弘さん連載の渡辺白泉論の中に、津久井理一のことが出てきておどろきました。すごいタイミング。

冨田拓也 さんのコメント...

上記、「未定」ではなく、正しくは「円錐」42号でした。
申し訳ございません。