2008年12月7日日曜日

俳句九十九折(15) 俳人ファイルⅦ 石川雷児・・・冨田拓也

俳句九十九折(15)
俳人ファイル 石川雷児

                       ・・・冨田拓也

石川雷児 15句

 
冬の馬美貌くまなく睡りおり

霧のなか鉱山ははらわたまで蒼し

源流の村木枯しもうすみどり

おぼろ夜や紺を長子の色となし

八月は見ずに九月の螢かな

かたつむり五重の塔のなか暗し

ひろく降る露に鳥獣虫魚の眸

朧夜の眼鏡屋に目を忘れ来し

沛然と夏樫に雨壮年へ

早苗饗や岩々に月うすみどり

蓑虫や蕭条世界見ゆるのみ

稲妻や鰻ひしめく槽のなか

薄氷に全き蝶の屍かな

でで虫や八百八町雨のなか

凍光やひとたび翔てば烈しき鷹



 

略年譜

石川雷児(いしかわ らいじ)

昭和11年(1936) 栃木に生まれる

昭和30年(1955) 足尾鉱業社に入社

昭和31年(1956) 飯田龍太の「雲母」に入会、初投句

昭和40年(1965) 第8回雲母賞

昭和48年(1973) 死去(36歳)

昭和50年(1975) 遺句集『夏樫』(牧羊社)


 

A 今回は石川雷児を取り上げることにします。
 
B 「雷児」という名前がまず普通ではないですね。「石川」という苗字と相俟ってそれだけでひとつの作品のようです。

A 「雷児」という名は俳号であって、本名ではないのかもしれません。

B もし本名だったら、すごいことですね。俳号であったとしても「雷児」なんて名乗ってみたいものです。

A しかしながら、よくみればこの石川雷児の師系である「飯田蛇笏」、「飯田龍太」という名前も普通の名前ではありません。

B 「蛇」と「龍」ですからね。

A さて、この石川雷児についてですが、それほど名前の知られた作者ではないはずです。

B 塚本邦雄が『百句燦燦』で取り上げ、友岡子郷が『俳壇』1994年7月号で、宇佐美魚目が『俳句とエッセイ』で触れているくらいですね。

A しかし、その作品の中のいくつかについては、なかなか優れた成果を示しているのではないかと思います。

B では、その作品を順に見ていきましょうか。

A まず、〈冬の馬美貌くまなく睡りおり〉です。

B 「美貌」という語により、馬の生命の高貴さ、さらにいえばその神秘さのようなものが作品全体に漂っているようです。

A そして、その馬の睡りを「くまなく」と表現したことにより、冬の中での一頭の馬そのものの命の静けさ、あたたかな息づかいが実在感を伴って伝わってくるようです。

B 石川雷児には他にも馬の句として〈天の川藁にうもれる馬の息〉〈酔芙蓉馬はきりりと働きに〉〈洗われし馬の見ている盆の月〉などがあります。また、飯田龍太の〈雪山を灼く月光に馬睡る〉をおもわせるところもあります。

A 続いて〈霧のなか鉱山ははらわたまで蒼し〉です。

B この作者は、鉱山に勤めていたそうです。

A 石川雷児は36歳で亡くなりますが、その原因はこの鉱山に勤めていたことが関係していたようです。

B おそらく鉱毒に身体を蝕まれてしまったのでしょうね。しかしながら、この句だけみると、表面的にはそういった現実の実相から離れて鮮やかな色彩感覚のみが感じられるところがあります。

A たしかに霧の中にある鉱山のその内部に抱え込んでいるひややかで蒼い鉱石の存在は幻想的ですらあります。

B しかしながら、その鮮やかな蒼には毒性が含まれているわけです。自然の神秘ともいうべきものも感じられるところがあるようです。

A 次に〈おぼろ夜や紺を長子の色となし〉です。

B これは間違いなく飯田龍太の〈紺絣春月重く出でしかな〉が本歌でしょう。

A しかしながら、この句はいまひとつ意味を解釈しづらいところがありますね。なぜ「紺」が「長子」の色であるのか。この「長子」はやはり飯田龍太のことなのでしょうか。

B 飯田龍太は、兄達の死によってはからずも四男から長子になってしまった、という事情がありますが、その事実を踏まえた句なのかもしれません。

A 続いて〈八月は見ずに九月の螢かな〉です。

B 大変高い完成度の句だと思います。

A 一読、有無を言わせないものがありますね。

B まず感じられるのは「九月」という秋の季節における「螢」の存在の「もののあはれ」とでもいうべきものでしょうか。

A 1句の中に「八月」と「九月」というふたつの月を同時に詠み込んだところもよく考えると非凡な表現です。

B そして、本来「八月」は蛍が多く見られるはずの月ですが、それを「見ずに」と表現したところにも意表をつかれます。

A この句はまず「八月」という言葉が出てきます。その「八月」の夏のイメージがまず読者の側にいったん想像されますが、その後、すぐに「見ずに」という一語で一気に打ち消されてしまうわけです。

B そこに大きな空白が生じますね。まるで真空のような。

A そこへ「九月の螢」という言葉が登場します。八月の蛍の不在である真っ暗な闇のイメージと、九月のものさびしい秋の闇に浮かび上がる蛍の光。基本的にはこの句の中心は「九月の螢」のみということになるですが、それが蛍の不在である「八月」という時空との対比というか落差によってポエジーが生ずるというわけですね。

B あと、その「九月」という言葉が、当然ながら、ただでさえ儚い蛍の生命を、さらに儚いものに感じさせます。そしてそこから、やはり、蛇笏の〈たましひのたとへば秋の蛍かな〉がどうしても思い浮かんできます。

A 続いて〈かたつむり五重の塔のなか暗し〉です。

B かたつむりですから、雨が降っているのかもしれません。

A そう考えると、ただでさえ暗い五重塔の内部がよりいっそう暗いように思われますね。

B そして、その暗い所にあるのは仏像でしょう。かたつむりと五重塔の仏像の取り合わせが古雅の風趣を感じさせます。

A また、かたつむりと五重塔の取り合わせが、内なる世界と外部の世界による複合性のようなものを想起せます。

B 続いて〈ひろく降る露に鳥獣虫魚の眸〉です。

A 「鳥獣虫魚の眼」という表現により、一種抽象の世界にまで踏み込んでいるようなところのある句ですね。

B まず「ひろく降る露」ですから、朝か、もしくは夜明け前といっていいのかもしれません。そしてそれが「ひろく」ということですから、広大な自然の空間を思わせます。

A そして「鳥獣虫魚の眼」という表現から、山や野原を詠み込んだ句ということになるはずだと思います。

B 山や野原に生じた数えきれない露の玉。そこに映る朝日と秋の植物の豊かな色彩や高く青い空。さらに、そこに加わる様々な動物たちの眼。

A なんだか一種の「神の視座」からの眺めのようなところがありますね。大変巨視的というか。

B この視野はどちらかというと蛇笏的なものであるのかもしれません。あと、何となく藤田湘子の〈わが裸草木虫魚幽くあり〉も思わせるところがあります。

A 次に〈朧夜の眼鏡屋に目を忘れ来し〉です。

B この句は、実際のところは、眼鏡屋に自分の眼鏡を忘れてきてしまった、という内容に過ぎないのでしょうが、まるで自らの「目」そのものを眼鏡屋に忘れてきてしまったようなやや不気味なナンセンス句としても読むことが可能です。「朧夜」がその効果をさらに高めています。

A これは作者による意図的なものでしょうね。こういった、どちらかというと実験的な試みも石川雷児の俳句には他にいくつか存在しました。句集を読めば、石川雷児が単なる自然詠のみの作者であったというわけではないということがわかります。

B 次に〈沛然と夏樫に雨壮年へ〉です。

A 「沛然」とですから、降っている雨はおそらく夕立なのでしょう。

B 激しい驟雨、それにも動じることのない樫の剛直な姿が目に浮かぶようです。

A 「壮年」への思いを「夏の樫」に仮託しているわけですね。

B 樫の力強さと夏の雨の匂いが印象に残る句です。

A 続いて〈早苗饗や岩々に月うすみどり〉を鑑賞しましょう。

B まず蛇笏の〈寒を盈つ月金剛のみどりかな〉が思い出されます。

A 蛇笏の句は月自身がみどりを帯びていますが、この句では月はあたりの岩を射しています。

B 「早苗饗」ですから、この月の光は岩ばかりに射しているのではなく、田植が無事に終った田圃にも射していると考えるべきなのでしょう。

A 岩にさす月の薄い緑の光。そして、そこから植え終えた田と、その苗の緑へと風景の連想が移ってゆきます。

B 岩にも田にも射し込む緑を帯びた月の光。なかなか荘厳な風景ですね。

A 次に〈蓑虫や蕭条世界見ゆるのみ〉です。

B 枯れ果てた風景の中に、ただ蓑虫のみがぶら下がっているといった世界という感じですね。ただ「蕭条」とした冬の景色だけがこの句には広がっています。

A なんとも孤独な感じの世界です。

B しかしながら、それだけでなく、「蓑虫」のどちらかというとユーモラスな感じと「蕭条世界」という漢語的な表現による厳粛な感じが入り混じっているようにも感じられるところがあります。

A 次に〈薄氷に全き蝶の屍かな〉を鑑賞しましょう。

B 早春の薄い氷の上に、越冬した蝶が死んでいるわけですね。

A 薄氷と、蝶の生命。ともに大変儚いものです。

B 春の季節の始まりに死んでゆく蝶と、やがて消えてゆく薄氷。とても繊細な取り合わせの句だと思います。

A 確かに儚く繊細な句ですが、それだけでなく、氷の上の蝶になんともいえない妙な実在感があります。

B 「全き」という言葉の働きがそう感じさせるのでしょう。そこから蝶がまだ生きているかのような生々しさが感じられ、その羽の模様と鱗粉までが、眼に浮かんで来るようです。

A 薄い氷と蝶の鱗粉という関係にもポエジーを感じるところがありますね。薄氷の上の蝶の羽による鮮やかな色彩が、かなしいまでに美しく感じられます。

B 続いて〈でで虫や八百八町雨のなか〉です。

A 「八百八町」とは江戸の町並みを指す言葉のようです。

B なんだか時代劇のような古風な表現ですが、江戸の町だけでなく、現実の東京を想像してもいいのではないかと思います。

A かたつむりという眼前のミクロの視点から、一気に「八百八町」という東京全体へとマクロの視点が広がります。

B 東京全体を雨が降り包んでいるわけですね。

A 飯田龍太の〈かたつむり甲斐も信濃も雨のなか〉が思い浮かぶところがあります。

B 飯田龍太の句は昭和47年の作ですが、この石川雷児の句は昭和46年の作です。

A この句は飯田龍太の句の本歌といっていいのかもしれませんね。

B おなじ石川雷児の昭和46年の作には〈ひぐらしや備前の涼気備中へ〉という句もあります。あと47年のものですが〈寒卵奈良も京都も日の裡に〉という句も存在しています。

A 飯田龍太の代表作の裏にはこのような句の存在もあったというべきでしょうか。

B 最後に〈凍光やひとたび翔てば烈しき鷹〉を鑑賞しましょう。

A 「ひとたび翔てば」という表現のあとに、「烈しき」という言葉が来ますから、飛び立つ前の静けさと、飛び立った後における鷹の本来的に持っている本能による力強い羽撃きとでもいったようなものを感じます。

B 冬の鋭い光の中を飛び立つ鷹。「烈しき」というやや過剰ともいえるこの表現の中に作者の年齢的な若さによる力強さが感じられますね。

A さて、石川雷児の作品を見てきました。
 
B その作品から優れた才質の持ち主であったという事実が感得できます。
 
A 先ほどにも触れましたが、残念ながらこの作者は36歳という若さで亡くなっています。

B もし生き存えて、句作を続けていればさらにすぐれた作品がいくつも生まれた可能性があったかもしれませんね。句集を読むとその才質はやはり紛れもないものがあるという気がしましたが、ただ、やはり年齢的なものもあるのでしょうか、その作品は句集全体においてはいまだに未完成の部分も多いという印象も受けました。

A これから大成する可能性のあった作者だったのではないかという気がしますね。早世が惜しまれる作者です。

 

選句余滴


石川雷児

天の川藁にうもれる馬の息

冬山をさすらいて棲む木魂あり

野火遠し百の墓銘がひかりあう

木の葉髪孤猿にのぼる月粗らし

藍揚羽石庭に雨意充てるなり

春夕焼坑夫ひと粒ずつ帰る

枯れる鉱山神父のいろの風が匍う

嶽枯れてはためく暮光ことに皓し

そのかみの愁いに似たり冬菫

しんかんと月光を増す蟻地獄

濃紫陽花踵ふたつが地のひかり

月見草家路昏れたるまま見ゆる

ひぐらしや死者に真昼の絵蝋燭

荒星は荒嶺に坐りきりぎりす

棺は方船ひぐらしの鳴く方へ

小鳥屋にひかる水あり黄落期

稲妻や死ぬ人を待つ白位牌

鵙叫喚火中に父の顔見えて

面窶れして餌を嬲る夏の鷹

蜩や井戸掘り人夫井戸のなか

裸子の欣然たるを手受けたり

花びらのように小粒の柿熟るる

死火山のふもとの町の蟻地獄

青すもも輪珠の如く夜明けたり

黄落や昼はさみしき駅売子

ひぐらしや備前の涼気備中へ

眠る山大悲の虹を得つつあり

桃月夜桜月夜と山ふもと

銀木犀犢しつかり立ちにけり


 

俳人の言葉
 
私はいままで、石川雷児ほど、俳句に対する愛と憎との激しさを抱いて生涯をつらぬいたひとを知らない。その秀作はすべて、愛が憎を僅かに上回って生まれた。

飯田龍太 句集『夏樫』序文より

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4 件のコメント:

高山れおな さんのコメント...

冨田拓也様

今回の石川雷児。小生も『百句燦々』で出会ったわけですが、一驚したのはそこには引かれていない〈八月は見ずに九月の螢かな〉を知った時でした。龍太が絶賛している句ですね。それで興味を持ちまして『夏樫』を入手したのですが、句集全体としての印象は冨田さんが書いているように、まだまだ未完成の作者ということでした。必ずしも高くはない全体の水準のうちに、幾つかの神品とも称すべき秀句が紛れている感じですね。塚本邦雄や飯田龍太の慧眼を思わないわけにはゆきません。彼らのような人たちをこそ“選者”というのでしょう。それにしても冨田さんが引いた句はどれも佳い。適切な選をして、純度を高めた形で読むと生きる作者だと思いました。なお、『夏樫』の書名ですが、もちろん述志の色の濃い表題作への思い入れから採られた言葉なのでしょうが、同時に“懐かし”との掛詞になっているのではないかとも思います。あるいは早世作家との情報に引っ張られた深読みかも知れませんが。

冨田拓也 さんのコメント...

髙山れおな様

コメントありがとうございます。

八月は見ずに九月の螢かな

については、いま思いついたのですが、龍太の「反復の表現手法」が関係しているのかもしれないと思いました。

一月の川一月の谷の中

この龍太の句は昭和44年の作、石川雷児の句は昭和42年作ですが、龍太には反復による表現がこれ以前から多く存在するのかもしれません。

『夏樫』における“懐かし”については私も同じようなことを考えていました。
いま句集を開いているのですが、夫人による「あとがき」では、この句集名は石川雷児の「生前につけたもの」と書かれてあります。

さんのコメント...

冨田 さま
マイナリスト達を精力的にほりおこしてくださっていることに感謝します。
名前のみ、きいているかたがた、今回の石川雷児など、全く興味深いです。
蛇笏のデモーニッシュな感受性に反応して集まった。青年達(?)は、いずれもすごい言語感覚ですね。

先号の宮入聖さん、私は『遊悲』『黒彦』のあたりからおいかけはじめました。聖の特殊な才能だと思っていたのですが、今回の雷児俳句を知ると、球体であるらしい存在や自然の「本質」のどの部分を抉るのか、と言うところが似ていますね。それを引き出したのは蛇笏のオーラだと思いました。、
貴方の一人対談も、微妙な感想をいいわけていて、毎号面白く拝見しています。

冨田拓也 さんのコメント...

堀本吟様

コメントありがとうございます。
けっしてマイナリスト達ばかりを取り上げようとしているわけではないのですが、自然とそういった傾向になってしまいますね。

蛇笏、聖、雷児ときて、次回は飯田龍太にしようかと思っていたのですが、資料が多くて、断念。
取り上げるのはずいぶん先のことになると思います。
というわけで、次回もやはりマイナリストとなりそうです。