2009年3月1日日曜日

「―俳句空間―豈」47号の俳句作品を読む(8) 白亜紀の真昼――同人作品掲載順14-16・・・中村安伸

「―俳句空間―豈」47号の俳句作品を読む(8)
白亜紀の真昼
――同人作品掲載順14-16

                       ・・・中村安伸

■鍬塚聰子「まつろわぬ」

冒頭に置かれた〈春やまなうらに風吹かせまっせ〉の大胆な破調と勢い余ったような俗語の導入で期待が高まるが、その他の句は良くも悪くも穏健な「現代俳句」調である。

〈春眠のほどけて巻貝のままで〉〈紫陽花の水位に溺れんとしても〉〈空っぽの壺から売れて少し夏〉〈どこからも返しにこない五体かな〉といった句には、皮肉めいたポエジーが感じられるが、とりたてて斬新というものではない。

〈どくだみのちょっとそこまで接吻〉は、下五の字足らずが性急な行為の表現にマッチしていて面白い。上五でとりあわせられた「どくだみ」の強い臭気も、どこかいかがわしい効用をもたらしている。


■小池正博「バオバブの樹」

二十句のなかでとりあわせを用いたものは一句もなく、一般的に考えられている「川柳」の外観的特長をそなえた作品群である。また、漢語を多用した詰屈な印象のものが多いと感じた。おそらく、シュールレアリズム的なイメージをまず構想し、それを十七音に詰め込むという方法をとっているために、このような文体が生じるのであろう。

〈狩衣世界で交叉する右手左手〉という句だろうか。「狩衣世界」という語は、省略によって生まれた造語であろう。この語からは、衣服と肉体との動的な関係性というようなものが見えてくるようで、なかなか味わいがある。交叉するのは肉体としての右手左手のみならず「狩衣」の右手左手でもある。

一方でシンプルな、それでいて意外性のある発見を断定的な文体で一句に仕立てたものも目立つ。
〈動かない色があるから万華鏡〉の「動く」が万華鏡の本質だとして、動かない部分に着目したというだけなら、単純な発想の逆転だが「色」に着目したことによって一句がはなやかなものとなっている。

〈大皿の隅に廃業した♪〉はユニークな作品である。この「♪」にはルビ等がないので、たとえばこれを「おんぷ」等と読むことは可能である。おそらく作者の意図としてはそのように読まれることを想定しているのだろう。そう読んだ場合、皿の模様として描かれている「♪」を「廃業」という言い方で茶化した句と読める。しかし私は異なる読み方に魅力を感じている。つまり「♪」を語として発音するのではなく、メールの文体などに見られる感情的ニュアンスを追加する記号として、たとえば「!」や「?」のようなものとしてみるのである。するとこの一句がひとつの台詞となり、作中の主体がそれを歌うような軽やかさでつぶやいているという情景がたちあらわれる。字足らずが生み出す一拍の空白は、漫才で言うところの「ツッコミ」を呼び込む無言の間合いということになるだろうか。


■小湊こぎく「夕べまで夏木立」

初夏の夕暮れの香気を感じさせるタイトルがとても気に入った。しかしこれは十五句の連作中のラスト一句の下五に、冒頭の句の上五を接続させたものである。このようにして連作をひとつの円環構造にしようという意図なのだろう。

晩春から初夏にかけての心地よさを基調としつつ「シーラカンス」「ファーブル」「白亜紀」といった古生物学に関連する語彙を配し、人類以前へのロマンチックな思いを漂わせる。読んでいて心地よい作品群であるとはいえるだろう。規定よりすくない十五句という作品数も、紙面と文字の大きさのバランスから最適な句数であるような気もしてくる。意図してのこととは思えないが。

〈夏木立シーラカンスになれそうな〉という句の「夏木立」と深海のイメージを重ね合わせる気分には実感がともなっている。木立のつくりだす影の濃さ、風にゆらめく葉叢、陽光がさえぎられることによって空気もすこしひんやりと感じられる、そのような夏の気分を強く、なつかしく感じることができた。

〈白亜紀の真昼の泉ここにあり〉この「白亜紀」の「白」の白さは真昼の白さと重なり合う、「ここ」にあるひとつの「泉」によって現代の「いま」と「白亜紀」の「いま」が、この一句という宇宙のなかで重なり合う。「白亜紀」の今、この「泉」から湧き出る水と、現代の今この「泉」から湧き出る水は異なるものだが、地球を循環する水そのものは同じである。

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