驟雨に似たり―同人作品掲載順5、6
・・・中村安伸
■丑丸敬史「代数論」
さまざまな技巧をこらした作品が四十句。たとえば、以下のような句は本歌取り、というよりパロディーと言うべきだろうか。
吾妹忌の濡れ肝腫らすもうめんと
夏の海精蟲一匹紛失す
ひるめしやぽるのやシラヌぽるとがる
尼の肚古り裂け陰の印畫律
脚韻、頭韻や掛詞、縁語などなど、修辞、言葉遊びの類の盛りだくさんなことにおいては、他に類をみないものであり、多少技巧が目立ちすぎている感もなきにしもあらずである。
「母」というキーワードの多用もこの連作の特徴である。前半に特に多いが、母のほかにも「吾妹」「姉」といった女性の肉親、家族が登場する。また「女医」「尼」といった肉親以外の女性も登場している。
同時に「陰茎」「男根」といったキーワードもちりばめられており、セクシュアリティーやエロス、ことに近親相姦的な禁忌に触れることによって刺激的なポエジーを産み出そうとする意図が濃厚に感じられる。こうした手法は寺山修司や西川徹郎に代表されるものだろうが、濫用され、すでに新鮮さを失ってしまっているのも確かであろう。しかしこのような露出的な表現を必要とする、書き手の側の心理があることも確かである。
連作後半は数学に関する用語を用いた句が目立っている。数学用語は、西洋の用語を無理やり漢語に訳したためだろうか「平方根」「友愛数」「社交数」など、その語感に独特の滑稽さを感じるものが多い。そうした語感を単純に楽しむというのが、これらの作品を読む上での心構えということになるだろうか。数学の理論をきちんと理解した上での解釈も当然可能なのだろうが、それはまったく私の力の及ばざるところである。
以下のような句は数学用語の語感を、巧みに生かしたものといえるのではないだろうか。
羃乗の大上座部に春小鳥
階乗の沃野に架せるいわし雲
不等式四季折々を詰合わせ
■大井恒行「無題抄」
丑丸氏と同じ見開きに並んだ大井氏の作品はわずか十句。作風も、丑丸氏の饒舌に対して大井氏の寡黙というように、なんとなく対照的に感じられる。「無題抄」というそっけないタイトルのつけ方にも、逆に美意識――荒涼とした原野を志向するかのような――を感じてしまうのである。
個別に作品を読んでゆくと、高柳重信の面影や、戦争を通じて攝津幸彦の世界に通じるものなどもあるが、それ以上に強い叙情性、ストレートな哀愁を感じさせる句に引き寄せられた。
ハモニカを吹けば泣き止む沖の父
沖の父というフレーズには高柳重信の面影が宿っているが、それ以上に、ハモニカで泣き止む亡父という物語のストレートな情感はこの作者のものである。
木下闇 花の絶えたる樹を抱けり
この句にも悲哀が強くこめられている。大井氏の作品には一句のなかに少しばかり冗長感が残っていることが少なくない。この句に関しても「木下闇」の「木」と「樹を抱けり」の「樹」に重複がある。一般的にはこれは句の弱点というべきところだろうが、この句の場合など、木と樹が――景としては一本の樹木であろうが――空白を挟んで美しく対峙していると感じるのである。
虐待の拍手を蜜のように吸う
大井氏の作品は比較的シンプルな構成のものが多いと感じているが、この句の構造は複雑である。「虐待の拍手」というフレーズがぎりぎり以上の省略によって多義性を獲得したため、そのように感じられるのであろう。「蜜のように吸う」という比喩自体にはさほど大胆さや新しさはないが、このようなマゾヒスティックな感覚をとりあげるということは、この作者には珍しいものではないだろうか。
裕一郎驟雨に似たり花吹雪
「驟雨」は虚、「花吹雪」は実ということで、景としての競合は免れている。それでも、一句のなか二つ天候に関連した語があることによる重複感は否めない。しかしこの重複感は一種のゴージャスさに通じている気がするのは、長岡裕一郎という、そのはなやかな才能を蕩尽した一人の俳人の存在を句の基盤としているからかもしれない。また、この句の「驟雨」は、天才少年だった長岡の名を高からしめた「ギリシャ悲劇の野外劇場雨となり美男美女美女美女美男たち」という歌への連想を呼び込んでくるものでもある。
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1 件のコメント:
>ハモニカを吹けば泣き止む沖の父
とても素敵な句だと思います。
お父さま(亡くなった?)は認知症だったのかな?とか(ああ、こういうのでもすぐに現実方向へ走るのはよくない癖です)、何かお父さんとの想い出があって自分の中の父にまつわる面影の何かが泣き止むのか。
連想を大きくさせてくれる句は、遊びがあって面白いです。
いわし雲が階乗ってその通りですね!なんとなく。
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