完璧な人魚―同人作品掲載順9-12
・・・中村安伸
■恩田侑布子「桃の皮」
個別のフレーズを見ると発想が大胆で魅力的であるものも多いが、一句に仕立て上げる際の処理が常識的すぎたり、逆に大胆すぎたりして、結果としてせっかくの発想を効果的に見せることができていない場合が多いように感じた。
そのなかで高い完成度を示しているのが以下の句である。
十薬に横たへられし朽梯子
生命力あふれる十薬と朽ちた梯子の対比という図式は、やや常套という気もする。しかし、梯子の重みによって潰された十薬が、さらに強く匂ひたつ様子がありありと思い浮かぶのは「朽梯子」というひとつの語によって、その木材の重みを実感させられるからであろう。また、梯子というものの役割を考えることから、「横たへられし」という表現をめぐって、読者はさまざまな物語的想像力をはたらかせることができるのである。
■鹿又栄一「鞍馬天狗」
鹿又氏の二十句には連作という意識が希薄であるが、そのこと事態は咎められるべきことではないと思う。たとえば私自身の作品も同様である。
以下の句が印象に残った。
完璧な人魚になれる桜時
「人魚になれる」としたのでは甘いファンタジー的表現に堕するところだが「完璧な」という強調が、逆に情感を引き締める方向に働いた。このメタファーは、桜時のふわふわとした昂揚感を言いとめたものとして共感できる。
■川名つぎお「ドッペルゲンガー以後Ⅱ」
破調や字足らず、あるいは七七の短句形式なども見られるが、実験的という感じはせず、内容に応じた音数を自然に選び取っているという印象を受けた。逆に言うと定型詩としての密度にやや欠けるということかもしれない。全体に平易で抽象的な表現が多いと感じた。
なかでは、
理解しようとするな燃えた眼鏡を
という句が印象的である。「眼鏡」をなんらかの象徴ととらえて解釈することも可能だろうが、それ以上に「燃えた眼鏡」という具体的なモノが強い存在感をもって迫ってくる。
■北村虻曳(あぶのぶ)「うらがえる」
言葉の使い方、すなわち語の省略、接続、斡旋の巧みさという面で群を抜いている。言い換えればいかにして短い言葉が力を持たせるかということについてのノウハウを熟知しているということであろう。
たとえば、
さまざまの早さで沈むTwin-Tower
空分けて黒雲下がり丘に触る
といった句に描出されたダイナミックな光景は、いわゆる「想像力」以上に「言葉を使う力」によってもたらされたものであると思う。二句めについては下五がやや予定調和になってしまっていて残念である。
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