2008年11月29日土曜日

身体俳句曼陀羅【第六回】

身体俳句曼陀羅
【第六回】顔/手/足

                       ・・・江里昭彦

16 顔
貌・笑顔・恨み顔・幼な顔・泣き顔・死に顔・
素顔・寝顔・横顔・童顔・老顔

顔は、人物を識別し特定する決め手である。犯罪捜査では、人相書でもモンタージュ写真でも、顔相の正確な再現に最大限努力する。肖像画はリアリズムを基調としなければならない。肖像画にすら装飾性を持ち込んだクリムトも、顔だけは人物に似せて描いた。日本でも、似絵・頂相・大首絵・渡辺崋山らの写実画へと至る一連の肖像画が、顔相を通して、モデルの品格や気性まで伝えようと、画技を競った。

顔と人格とを一体のものと考える見方が成立しているとき、その前提があればこそ、演技者が別の人格になりすます演劇においては、化粧と仮面が必要とされるのだ。価値転倒の混沌に人々が酔い痴れるカーニバルに、変装と仮面が欠かせないのも、同様の理由である。アンソール「仮面のなかの自画像」は、顔と自己同一性とのこみいった関係の寓意画と読めるのではないか。

〔例句〕
蚊の声や死に目にあへぬ顔いくつ  秋元不死男
玻璃越の凩の顔とわかれたり  加藤楸邨
つひに見ず深夜の除雪人夫の顔  細見綾子
貌が棲む芒の中の捨て鏡  中村苑子
素顔さへ仮面にみゆる謝肉祭  石原八束
藤の花産後の顔の睡りをり  森澄雄
顔入れて顔ずたずたや青芒  草間時彦
あさましき顔して水からくりを見る  小川双々子
鮭網を担ぐやすでに修羅の顔  福永耕二
湯の町の指名手配の顔も秋  大木あまり
たくさんの顔はさみしや冬朝日  千葉皓史
歓喜天の面輪して行く風の中  上野ちづこ


17 手
てのひら・腕・肘・かいな・手首・
双手・腕組み・握手・挙手

手・腕は雄弁である。天へ突きあげる所作は、万歳であれ、ハイル・ヒトラーの敬礼であれ、インターナショナル合唱の握り拳であれ、軒昂たる気迫と情動を示す。あるいは、祈りの手の敬虔、葬送の際のうなだれた腕、悲しみに堅く握りしめられた指など、いずれも主体の感情と想念を、表情豊かに余すところなく表わす。ポケットに手を突っ込む仕草さえ、ドロップアウトあるいは無関心の表現として解読されるのだ。

仏像のなかでも、異様な威迫と官能を感じさせるのが千手観音。ぎっしり放射された腕は、すさまじいパワーの顕現に他ならない。腕に呪力がこもるという考えは、渡辺綱が腕を切り落として鬼を退治したという説話の核心につながるものがある。さればこそ、梅室の句「元日や鬼ひしぐ手も膝の上」のおかしさが活きる。

〔例句〕
大寒の街に無数の拳ゆく  西東三鬼
てのひらというばけものや天の川  永田耕衣
蟻這はすいつか死ぬ手の裏表  秋元不死男
黒い手が でてきて 植物 をなでる  富澤赤黄男
癩の手が夜天つかまむとする踊  平畑静塔
殺されるたびに手をたたく見物の一人として  松尾あつゆき
左手に右手が突如かぶりつく  阿部青鞋
腕組んでわれ取戻す柿の花  岸田稚魚
風光り泥のひかりの大きな手  成田千空
友よ我は片腕すでに鬼となりぬ  高柳重信
洗つた手から軍艦の錆よみがえる  林田紀音夫
口開けて腸を抜き取る拳かな  高橋龍
光の阿呆に呑まれてしまえ両拳  夏石番矢


18 足
脚・肢・足首・膝・片膝・膝頭・
腿・脛・毛脛・踝

進化の過程で、ヒトが類人猿から、直立二足歩行によって決定的に分岐したことは、万人の常識である。直立二足歩行を支える身体の重要な道具が、むろん足(肢)だ。しかし、「立つ」「歩く」(これに「坐る」を加えてもよい)という最も基本的な仕草を、万人が同じ姿態で行うわけではない。ひとは、所属する階層に特有の身体技法を習得したうえで、坐り、立ち、かつ歩くのである。貴族の立ち方と農奴のそれとは明らかに違う。日本女性の内股とモンローウォークとの差は歴然としている。足を使う仕草は、文化の枠組みに影響されている。

これに対し、「走る」「踊る」の行為の意味は、別の部類に位置づけられよう。前者は「速さ」を、後者は「美」や「巧み」を自ずと指向するからである。韋駄天への信仰にせよ、古代オリンピック走者への称讃にせよ、速く走ることは、人間が最も憧れる能力のひとつである。したがって、それは、科学的な訓練の対象となり、競技における走法として普遍的技術に高められていった。

〔例句〕
土不蹈ゆたかに涅槃し給へり  川端茅舎
カチカチと義足の歩幅八・一五  秋元不死男
赤い月にんげんしろき足そらす  富澤赤黄男
月蒼く脚が地雷を踏みにゆく  神生彩史
霞まんとしてむづかしや足二本  中尾壽美子
疲れ寝の妻の白脛雷火立つ  佐藤鬼房
片足を雲にかけたる国見かな  新藤くめ
天が下に/秋きて/神は/みな徒跣  高柳重信
春の風邪足が遠くにあるごとし  正木ゆう子
薔薇の暗部の/父てふ/母てふ/開脚よ  林桂

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