【第三回】頭/鼻/耳
・・・江里昭彦
7 頭
首・かしら・こうべ・首級・双頭
進化の見地から眺めると、人間の頭は、まことによくできた身体部分である。造化の妙という表現がぴたりとあてはまる。脳を内蔵し、感覚・摂食の諸器官がてぎわよく有機的に配された頭部。この頭部を、プラトン、アリストテレスらの賢人が、宇宙と照応する神聖な部域として、格調高く定義したのはもっともである。
しかし、これほど高度に発達したひとの頭が、それゆえに失ったであろう器官が、二種類ある。一つは、武器となる器官だ。ひとの頭には角がない。ひとも歯をもつとはいえ、牙や嘴の攻撃力に敵うはずがない。この弱点を補うために、ひとから独立しつつも操作によって有効に働く、道具としての武器が開発されることになる。
いま一つは、装飾的器官だろう。他の動物にあって、異性を魅惑すべく装飾的な働きをするものが、残念ながらひとの頭部には乏しい。その代わり、ひとは、他の方法や物でもって頭部を飾ることを発明した。髪型、化粧、ヴェール、帽子、装身具など、きらびやかな手立ての多くが、頭部を飾るために動員される。
〔例句〕
傀儡の頭がくりと一休み 阿波野青畝
頭の中で白い夏野となつてゐる 高屋窓秋
冬の管楽器の輪の中に首入れて吹く 田川飛旅子
ひばり野に父なる額うち割られ 佐藤鬼房
とこしへにあたまやさしく流るる子たち 三橋敏雄
鴉の咳ごとに嬰児の首洗う 赤尾兜子
白き蔵に斬首を思う花の村 大井雅人
旅人へ青かまきりのすでに首なし 安井浩司
剥製となり晴るる夜の鹿の首 大木あまり
川に浸け血をぬく首級やなごり雪 江里昭彦
8 鼻
鼻孔・赤鼻・鉤鼻・小鼻
鼻は、顔の中央にあって隆起している目だつ器官だから、これが醜いとき、容貌をとりわけ損ねる。芥川龍之介『鼻』も、ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』も、並外れてぶざまな鼻をもつ男の、非運と悲嘆とを活写する点で共通する。しかし、鼻は、それが威風堂々としたものなら、その男の巨根を暗に語っていると考えられている。
民俗伝承における天狗に、烏天狗と鼻高天狗の二種があるが、畏怖と親しみのまじりあった情動を喚起するのは、やはり鼻高天狗の方だろう。その赤ら顔やざんばら髪にもまして、高々と隆起した鼻にこそ、フォークロアの闇に潜む霊力や怪異が具現しているのではないか。
鼻と匂いとは切っても切れない関係にある。日本は、香りを楽しむ文化を優美に発達させた社会である。「引目鉤鼻」という類型化された技法で絵巻物の人物を描いた平安時代、貴族たちは香合に興じた。勅撰集には花の匂いを賞する歌が多出する。
〔例句〕
降り出す雪獄吏の鼻がのぞく小窓 秋元不死男
虹消えて馬鹿らしきまで冬の鼻 加藤楸邨
突撃の暗き鼻孔を拡げ駆く 渡辺白泉
父死せり寒く大きな鼻を残し 田川飛旅子
大阪の夜霧がぬらす道化の鼻 石原八束
鼻ばしらひとへに雲にとほく病む 三橋敏雄
9 耳
耳たぶ
コクトーの詩「私の耳は貝の殻/海の響きをなつかしむ」は、堀口大學訳によって有名となった。この詩の「貝」に巻貝を想定するなら、外耳・中耳・内耳の三部から成る聴覚器官の形態と構造に、うまく照応していると言えよう。ところが、私たちが「耳」という語で思い浮かべるのは、外耳の一部である耳殻(耳介)だけだ。サテュロスのとんがった耳といい、空飛ぶ小象ダンボの大きな耳といい、誇張して描かれるのは、もっぱら耳殻である。琵琶法師芳一が平家の怨霊に耳をもぎ取られたという奇譚は、耳殻が、人体に属しつつ外界に突出した特異な器官であることを、われわれに思い知らせる。
耳塚は、合戦で討ち取った敵の耳を切って集めたものだが、京都市東山区に実際に残っている。しかし、こうした残忍なしうちは例外的な事例であって、耳は、古来、耳飾りによってきらびやかに装飾された部位なのだ。現代では、男性のピアスもありふれた光景となった。
〔例句〕
萩の露あつめて耳を洗うべし 橋閒石
猫の耳のぼろぼろなるは恋の傷 田川飛旅子
ほのぐらき耳に抜けたる昼花火 新藤くめ
秋かぜや耳を覆えば耳の声 河原枇杷男
耳おそろし眠りのそとで立っている 折笠美秋
秋ノ帆ノ耳ヲタテタル不眠カナ 大井恒行
泣きながら少年耳を愛しけり 林桂
耳朶は岬のかたち冬晴れて 和田耕三郎
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