2008年9月13日土曜日

時評風に(武藤尚樹/作品番号4)・・・筑紫磐井

時評風に(武藤尚樹/作品番号4)

                    ・・・筑紫磐井

武藤尚樹ももう俳句を作っていない。その意味で、前号で述べた猪村直樹に似ているが、猪村より一層はっきりと俳壇からリタイアしている。

昭和35年生まれ、昭和63年に第2回俳壇賞受賞、平成4年に句集『蜃気楼』(邑書林刊)を上梓し、いくばくもなく俳句を作らなくなった。だから28歳から32歳にかけてのこのモニュメントは青春の墓碑と言ってもよいであろう。武藤のたどった軌跡は、少し遅れて来た田中裕明と言えばぴったりかもしれない(年齢は田中が一つ上なのだが)。猪村が中原や正木になっていたかも知れないように、もしかしたら武藤も田中裕明になっていたかもしれないのだ(高校生同人詩誌「獏」に武藤・田中のふたりは参加していたと聞いたことがある)。

葱坊主高さ低さに蝶迷ふ

腹這へばなだらかな丘うまごやし

教会の屋根の鋭き五月かな

青葡萄ほどの雨粒くちびるに

果樹園に深く入りゆく午睡あと

音なくゆきふりはじめふりやみにけり

のけぞつて浴びをり夢のゆふざくら

芋嵐縁側すこし濡れてをり

穴といふ穴へ入りゆく春がすみ

蜃気楼今来た道を戻りけり

国道の真ん中乾く桜の実

作品は微温的であるが、不快ではない。「沖」などに見られた饒舌さ、技巧さがない、その意味で青春と言うにふさわしいゆったりとした詠みぶりである。もちろん好き嫌いはあるだろうし、あるいは現代向きでもないかも知れないが、こうした作品が脚光を浴びていた時代もあったのだ(やはり田中裕明に似ているようだ)。

ただこうした作風は類型を呼びやすく、実際、武藤の〈穴といふ穴へ入りゆく春がすみ〉は猪村の〈春昼の人体ふかく入るけむり〉の同工のようにも見えなくもない。どちらが先かの問題ではない(実際どちらが先か分からない)、同世代としての共通の雰囲気に浸っているといった方がいいのだ。

 ここで話は飛ぶが、馬酔木の初期の歳時記に『現代俳句季語解』(昭和七年)がある。秋桜子や当時の馬酔木の中心作家(篠田悌次郎、滝春一、石橋辰之助、高屋窓秋、石田波郷らが執筆)が協力してまとめたものであるが、この歳時記が他の歳時記――現在見られる総ての歳時記に比較しても絶対見られない特徴は、歳時記の例句に作者名が付せられていないことである。西欧的な個人主義を導入した馬酔木の俳句で個人の識別をしないことは何とも不思議なことのように思われる。しかし考えてみると、ホトトギスの俳句が支配していた時代に新しい俳句を普及するためには個性的な作品が登場することではなく、ホトトギスのような古い俳句趣味とは違う新しい自然趣味の俳句が先ず必要であった。個性的な俳句はその次である。先ず古い趣味をうち倒す共通の意識が生まれなければならない。新しい自然趣味とは、大半の読者に共感できる新しい自然観が示されると言うことである。だから馬酔木が提起したのは、作家個人個人で異なる趣味ではなく、これらの人に共通に受け入れられる趣味であった。

歳時記の例句に作者名がないというのも、その美意識は馬酔木作家に共有されるものであるから、季語の持つ美意識や表現技法を共有するためには、個性を強調する必要がないというものであったろう(秋櫻子は〈作者名を省いたのは、御互ひの共有の芸術であるといふ親しみをもちたいからです。〉と書いている)。独創性だけではない共感も、俳句の大事な要素であった。

馬酔木俳句と青春俳句、ちょっと違うようだが、どこかで重なる部分もあるような気がする。青春は共感されてこそ意味があるとすれば、青春のマンネリズム、それは青春俳句のみに許される特徴かも知れない。

さて、再び話は飛ぶが、武藤も、猪村同様切字にも切れにも熱心ではない。戦後派の飯田龍太、能村登四郎にはじまった脱切字・切れ俳句(切字・切れに反対しようなどと言うのではない、切字・切れを無視する作法)はこの世代の魂にまで浸透しているようだ。現代俳句とは脱切字・切れなのだという時代意識があったことは忘れてはなるまい。そしてこれに対して、超克するならともかくも、まるで昔そのままの切字・切れが俳句の本質だというような現在の若手保守派に俳句の滅亡の種因を見るのである。これについては、前号からこの問題に憤慨している高山氏の論の展開に期待したい【注】。

    *     *

武藤と俳句との縁は切れたが、私と武藤のか細い縁はまだ切れなかった。お互いどうしたわけか手紙のやりとりは続いていた。彼はF生命保険会社に勤務し、転勤は多かったがその都度移転先を知らせてくれた。盛岡、旭川、松本等々。2、3年前、「俳壇」編集部から俳壇賞の受賞作家論を連載で書いてほしいと依頼があり、武藤のことを思い出した。お節介なことながら、これを機会に俳句に復帰しないかと武藤に問い合わせてみたのである。だいぶたってから、武藤からは復帰しない旨の返事が来た。予想したとおりだったから驚きはしなかったが、文面の決意の固さには感心したものである

絶対俳句を作らないということはネガティブな生き方ではない。積極的な意志である。何よりそれは、俳句をたまたま作り、或いは俳句を作り続け、或いは俳句に復帰すること、そのどれよりも決然とした意志の要る行為なのだ。これは中途半端に俳句を作り続ける作家たち(私も含め)に是非言っておきたいことである。なぜなら、当時の俳句は、彼に俳句を作り続ける魅力を与えなかったということだからだ。そしてまた、現在の俳句も、彼に復帰にあたいする魅力を感じさせなかったということでもある。

今回も、猪村直樹に続いての私の筐底録である。ただ、猪村との違いは今年も武藤からの年賀状が届いていることである。俳句を含め、余計なことは何も書いてない。今年48歳になるはずである。(9.10)

【注】高山れおな「俳誌雑読 其の一/「切れ」の大問題とは復本・長谷川問題ならずや」で詳論されている内容は、示し合わせた訳でもないのに私の考えとよく似ている。復本説に対する〈これは話が逆で、むしろ詩(文学)性が二義的にされた結果、切れという形式性への過剰な期待が生じてしまったという方が事実に近いのではないのか〉〈長谷川の切れをめぐる主張が一路精神主義に傾いてゆくのはなんのことはない、本来、形式性でしかないところに彼の詩(文学)性が賭けられてしまっているからだ〉は私の結論に入れてもおかしくないだろう。

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■関連記事

時評風に(伊藤白潮/作品番号1)・・・筑紫磐井   →読む

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時評風に(猪村直樹/作品番号3)・・・筑紫磐井   →読む

俳誌雑読 其の一/「切れ」の大問題とは復本・長谷川問題ならずや

              ・・・高山れおな   →読む

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1 件のコメント:

中村安伸 さんのコメント...

先週の記事でとりあげられた猪村直樹句集『二水』が気になり、俳句文学館にて閲覧いたしました。
記事中にとりあげられた句のほかにも関心を引く作品が多く、今この句集が上梓されたのであったら非常に話題になっただろうと思います。もちろん出版当時も話題になったのかもしれませんが。
『海藻標本』は読んでいて飽きない句集でしたが、『二水』も「飽きなさ」が似ています。主体が句の世界のなかでしっかり生動している感じが似ているのかもしれません。

私の観点から面白かった作品をいくつか挙げてみます。
※手元に本がなくメモをもとにした引用のため、表記を確認できません。誤りがあればご指摘願います。

雪だるまあした目鼻をつけて貰ふ
薄氷の予期せしごとく踏まれけり
現在地なき夕焼の案内図
曲がるたび川は夏野に深入りす
稲妻にうかび上がらぬもののあり
口中にみどりの射せる失語かな
春いろいろ棺の窓より見えしもの
鶏頭は整形外科の庭に咲く
手袋は手のかたちゆゑ置き忘る
深井より揚げて夕焼色の水

また、

枯木へと向かつて歩き枯木過ぐ

などという句があったのはちょっと面白かったです。

追記:
この句集をぜひとも手に入れたいと思い、あちこちで探してみたものの見つけることができませんでした。
何か情報がございましたら、中村までご連絡いただければ幸いです。

ちなみに武藤尚樹句集『蜃気楼』はAmazonで注文しました。