2008年8月30日土曜日

時評風に(前田透/作品番号2)・・・筑紫磐井

時評風に(前田透/作品番号2)

                    ・・・筑紫磐井

八月二〇日に華国鋒が亡くなった。北京オリンピックで湧いている中国からの一報だが、毎日新聞では七面記事であった。もう華国鋒のことを知る人ばかりではないのだ。毛沢東から彼が受けた有名な遺言が、「你(ニー)弁事(パンシー)我(ウォー)放心(ファンシン)(あなたがやることに私は安心だ)」。歴史を動かした言葉だ。これを受けて、1976年、権勢をふるった四人組(王洪文・張春橋・江青・姚文元)を一気に逮捕したのである。さしもの文化大革命もこれで終熄し、開放時代の中国を迎えることになる。さてこのことば、どこかで聞いた台詞だと思ったら、攝津幸彦が亡くなる直前にインタビューに答えて、当時「豈」の編集をしていた私のことを、「彼が編集になってから・・・ある種安心感がある(他弁事我放心)」といっていたという。なに、何度もいうようだが、それまで3年に1回しか出ない雑誌を、年2回出しただけのことなのだが。私が発行人になってから、十年前まで伝説の総合誌「俳句空間」の編集長をやっていた大井恒行を引き抜き、「豈」の編集人を引き受けてもらうことにした。私も「他弁事我放心(彼がやることに私は安心だ)」。彼が引き受けたからというので、「―俳句空間―豈」と雑誌の名称を変更してしまった。「豈」の後続誌か「俳句空間」の後続誌か分からなくなったが、それは歴史が判断するだろう。

今回二人で相談して決めた次の47号(10月刊行予定、かな?)の特集は、「青年の主張」。かってのNHKの国民的行事であった「青年の主張コンクール」(1956~89年)という番組があり、成人の日(当時は1月15日であった)に青年がなにやら主張していたものだ。後続の「青春メッセージ」(1990~2004年)もあったというのは調べて始めて知ったこと。それ以来青年は主張する場がなくなった。たぶん市町村が開く成人式会場で、酒を飲みヤジを飛ばし会場に駆け上がりクラッカーを鳴らし気勢を上げることで主張しているに違いない。「豈」にもそんな場がほしいということで企画したもので、若干、団塊世代のおじさん編集者たちのノスタルジアもなくはない。しかし、団塊の世代は論じられていても、ポスト団塊の世代は50代から10代まで、多種多様に考え方が異なるから、分かったようでいて分からないものだ。いったい何を主張したいのだろう。誰も何もやらないのなら「豈」がやってもいいかというジャーナリスティックな気分もある。「―俳句空間―豈weekly」の読者執筆者も多く参加することだろう。お読みいただきたいーーーと宣伝しておく。ただ、青年の主張を求めるとともに、青年から外れた人には「青年に対する主張」を依頼する(青年の範囲はご自由にお考えください)としたのは、基準がはっきりしない俳壇らしい(「豈」らしい?)配慮である。

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戦後歌人の前田透【注】はしばしば文化大革命の中国を訪問した。当時の中国をフリーに訪問できる人は少なかったから、知識人(何となつかしい言葉!)であった透は文化大革命の現場を恍惚としながら多くの短歌を詠んだ。

公園に鳥を啼かせに来る人のしずけき老いも革命ののち
髪長く編みし女兵なりき低くいう南京虐殺過去なれど歴史
雲流れ革命のオプティミズム湧けり旗赤き労働節の街はかがやく
街どよもし道うずめ行く群衆の歌声日々にはげしまたかなし
頭垂れ思うに西欧の楽は甘しデモ絶え誰も来ぬ夜の道
野の一樹靄に煙れりたぎちなす国の内部の深き沈黙
毛主席の顔のバッジは小さけれど少女は必ず乳のへに付く
朝の木蔭に太極拳を習う人 国のうちふかきかかる積極
激語せし女子学生しづかに泣き始む樹下集会に誰も黙して
工、農、兵に奉仕せざれば文芸の道なしと楼に旗高く鳴る


我が師透にとって躊躇なくこのような短歌を詠えたことこそ、まさに時代であったのだ。現在の中国論や中国史にこのような視点で文章を書くことはもはやあり得ないだろうから、我々は文化大革命をこの作品からうかがうしかない。それは、批評なしに当時感じた感覚そのものなのである。そして、詩歌や俳句の役割とは案外そんなところにあるとしたら(これは時事に似ていながら時事ではない)、現代俳句は何と貧しくなっていることだろうか。(8月21日)
(引用歌は前田透『煙樹』(昭和43年新星書房)より)

【注】1914~84年。明治時代の歌人前田夕暮の長男で、戦後、歌誌「詩歌」を主宰した。歌集『冬すでに過ぐ』で迢空賞受賞。

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1 件のコメント:

さんのコメント...

おようございます、前回は磐井さん、今回は、冨田さん参加でますます盛り上がりましたね、磐井さんと短歌(それの自由律短歌が源流)の関わりが出てきて、興味深いです。
また、おそらく初めて、磐井が現代とかかわるる作品を、まともにダイレクトに論考している文(みじかいけど)、このことにちゅうもくします。過去の社会性俳句ではなく、そういうことの現代的な方法論が、俳句でもそろそろかんがえられるべきでしょう。