2008年9月13日土曜日

池田澄子『あさがや草紙』のすすめ・・・佐藤文香

池田澄子『あさがや草紙』のすすめ

                       ・・・佐藤文香

このたびエッセイ集『あさがや草紙』(角川学芸出版)が出版された。つい先日評論集の『休むに似たり』(ふらんす堂)が出たばかりだ。おだやかな深緑色・レオナルドの手のデッサンの『休むに似たり』と、抑えてはあるがあざやかな赤黒金・花と蝶の『あさがや草紙』、セット販売しても面白そうだと思ったが出版社が違うのが残念だ。しかしどなたさまも、どちらも読まれるのが良い。

さて、『あさがや草紙』を読んだ。私は、俳句作品を読むときは作者と作品は切り離して考えるのがいいと考えているので、俳句作品に関して何かもの申す際には、可能な限り「この句の作者はこういう人だから」というのをやらないようにしている。が、『あさがや草紙』は句集ではない。殊に池田澄子にとって随筆は「作品」ではないのだろう、〈時間を掛けての手直しができる〉(「湯葉とぎんなんと龍の玉」)ような木彫や俳句を選んだ作者が、つい、うかうかと(傍線は佐藤)本当のことを書いてしま〉う筈がない。もちろん細かい気配りや推敲は存分になされているが、「作品」を完成させる作業とは少し違って、それはきちんと仕事をこなすことであったり読者へのサービスであったりする、いわば「池田澄子らしさ」である。とすれば、『あさがや草紙』は、池田澄子と切り離す必要はない。

前置きが長くなったが、そろそろ『あさがや草紙』の内容についてお話ししたい。『あさがや草紙』は角川「俳句」に連載されたエッセイ「あさがや草紙」を中心に、他の雑誌等に掲載された文章もプラスして組み替え、一冊にまとめたものである(角川「俳句」の連載を欠かさず読んだ方も、知らない文章があるので是非お手に取っていただきたい)。

高山れおな氏が「−俳句空間−豈weekly」第2号「『鑑賞 女性俳句の世界』第六巻を読む(2)併せて池田澄子著『休むに似たり』について」において、彼女の俳句作品について

「在る」ことの驚きについて考えるプロセスがイコール俳句のプロセスとして、可視的に定着されているところに彼女の俳句の圧倒的なユニークさがあるのだ。

と、また俳人としての彼女を

彼女は「考えるひと」であり、考えることが出来る人である。(中略)考えることが出来る人とは、何かの代理人のように語ることをしない人だ。(中略)作家としても人間としても三橋を敬愛し、かつ事実上唯一の弟子として三橋のことを語る義務を負ってもいる、そういう立ち位置で代理人的にふるまわないというのはじつはそんなに簡単なことではないはずだが、池田はそれをしおおせていると思う。

と述べ、これらは、『あさがや草紙』でも理解でき(「誕生・あらゆる災難の中で」や、「半夏生草の白こそ佳けれ」「狼は松茸に痺れたか」などに見られる)、池田澄子の本質を捉えている。付け加えると「『在る』ことの驚きについて考えるプロセス」に、父の死以来自分自身が「書く」ことの不思議と使命感が、いつでも巻き付いているように思われ、それも両著で確認できる(『あさがや草紙』においては「野暮と思われてもいい」など)。

では、『あさがや草紙』に顕著な池田澄子らしさ、は何だろうか。前述した本質が池田澄子の核心だとしたら、エッセイにはその外側の「性格」がよく見えるような気がする。

まず、たとえば「『好き』って良い気持」の中に、

娘時代の家にはシロスジコガネムシがよく飛び込んできて(言いたくはないが一般的には網戸の使われていなかった時代のことだ)、むきだしの肌に(公表したくはないが普通の家庭にはクーラーの無かった昔)突然、飛び付く。

結婚してからも暫くは網戸がなかった(あァ昔の話だなぁ)。

このカッコで書き加えずにはいられないお茶目なところ、あァこれが池田澄子である。

次に、それぞれのタイトルが可愛い。「送り火のあとも思うわよ」「桜、そしてときどきどきどき」「小春、母性がくらくらっと」など、勝手にも私へのラブレターかとドキドキしてしまう(ラブレターにタイトルはないが)。同時に、愛しい澄子俳句を思い出す。〈人類の旬の土偶のおっぱいよ 澄子〉

そうそう、スミコサンは夏になると、自慢の苦瓜の写真を携帯のメールで送ってくださる。今年も『あさがや草紙』の縦の長さの二倍もあるような苦瓜の、橙に染まった写真をいただいた。「この素晴らしい(そして些細な)感動を(文香と、または誰かと)共有したい!」と思ってくださっているのだろう、いつも楽しい。

エッセイにおいても、そのサービスは惜しまない。ひとつの文章に、本筋と同じくらいエピソードが盛り込まれている。なにが言いたいのか簡単にはわからなくなるようなのもたまにあって、それもまたよし。ときに「水仙に雪の重たき」では、

庭の水仙について→水仙で思い出すこと→水仙の生命力→ドライフラワーは造花ではない→吉原幸子の詩→「つくる」という行為について→書かずにはいられない/熱海行き→坪内逍遥の墓と晩年→松井須磨子の恋愛→松井須磨子の命/梅林散策

という話の流れ(雑な纏め方をお許しください)であるが、結局文章の主眼は、

① なぜ人(自身も含む)は水仙のように黙って一生を終えるに徹することができず書き残したいのかという問い

② 形を残さない仕事である女優・松井須磨子が、自殺によって残した生きた証は、(女優と同じように香り濃く咲いて果てるように黙って一生を終える)水仙の茎を剪ると流れ出るどろっとした水のようなものだ

ということだろうか。雪が積もっても水仙の師管を流れる、あの液体の印象から、これらが繋がった。

読者はいきなり熱海の話になったところで一旦水仙のことを忘れたり、〈ウチの、実物の猫の額よりは広いと思われる狭庭〉とか〈貫一お宮の像の前で像の姿を真似て写真を撮り笑い合って〉とか、〈(梅干を)勧められるまま皆で味見をしてしまったので、気のよい一人が代表して買った〉というところが面白いので、真剣な〈書いたことで、その人は居なくなれない。この無惨を私は何故に倣うのか〉に、アクセントを置かずに読んでしまうが、思うに作者も、さほど強弱を付けずに、どれをも言いたいのだろう。いろんなことが面白くて、「ちょっと聞いて」と教えたくなる、スミコサンなのである。

全部で44のエッセイのうち、「二人の父が居た」だけは未発表である。今までわざわざ文章にはしなかったが、一冊の本として全体を俯瞰したときには読者に見えない一面を、補填する役割を負っている。そして、

ともあれ、自分のことで、又そろそろ驚きたいのである。予想外の何かに驚きたい。(中略)ある日、私がこんな俳句を書きましたか、と呆れるのか喜ぶのか、どちらでもよいけれど、それが当面の何よりもの関心事である。

と、三橋敏雄から受け継いだ俳句に対する姿勢を、今一度見せてくれるのが心強い。大人である。

他にも話したいことはあるが、最後にひとつ。エッセイに引用されているのは俳句だけにとどまらない。短歌、詩、小説の一場面から爆笑問題・太田光の言葉まで、引用の幅広さが作者のキャパシティの大きさを物語っている。凝り固まらず様々なことに関心を持ち、疑問を感じたり納得したりしているのが素敵である。

お茶目でついついサービスをしすぎるところが可愛く、しかし俳句に関しては誰より本気で、日々進化する池田澄子。その彼女が〈書いているその時とても愉し〉く、〈書いてあることは、全て本当のこと〉(あとがきより)であるエッセイ集『あさがや草紙』。読みたくなったでしょう。読みましたか?読んだ私は阿佐ヶ谷に行きたくなりました。勿論、スミコサンに逢いに。

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■関連記事

『鑑賞 女性俳句の世界』第六巻を読む(2)併せて池田澄子著『休むに似たり』について

                    ・・・高山れおな   →読む

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