2009年4月12日日曜日

日常生活動作(6)最終回 日常の転換・・・佐藤文香

日常生活動作(6)最終回
日常の転換

                       ・・・佐藤文香

朝バナナを食べることをやめてから随分経った。さっき、バナナチップを随分食べた。相変わらず原稿を書きながら音楽を聴いている。最近仕入れたコード進行の異様な曲にうっとりする。

少し前に二日で20kmくらい歩いたが、それ以後はそんなに歩いていない。代わりに夕方3kmくらい走る。桜の写真を撮って、36枚のフィルムを1本終わらせたが、もらったカメラの開け方がわからなくなった。最近は一番風呂に入ったり、入浴剤を入れたりもする。シャワーでは済まさない。

   風のない町は蜆の汁のやう  上田信治

新しい仕事が始まった。お弁当を持っていくことにした。ブロッコリーを大量に入れる。食堂にも一度は行ってみたい。上司がヤクルトをくれた。

赤い自転車を買った。赤い腕時計をもらい、赤い万年筆をもらった。万年筆はインクを吸う。インクは青い。手紙を書いた。

自宅の前の木が育ちすぎている。持って帰ってきたカランコエの蕾が開いた。水栽培のアマリリスの花が、偽物のように大きく、つるつるとしている。

昨日まで繰り返していた生活の一部分を、今日から永遠に行わなくなったとしても、その日々全体が非日常に変換されるわけではない。その期間のことは<過去の日常>として保存され、同時にそれは、褪せ始める。

   何度でも最後の夏のあるラジオ  浅海美喜

ある日、昔の日常に似た場面に出会うと、身体のどこかに染み込んだ日々の記憶が疼く。しかし昔の日常を生きていた私には、戻れない……よくある流行歌のようだが、これが切ない。押花に水を与えるような、甲斐のなさ。

この生活が日常でなくなるまでの毎日が、今の私が生きている日常である。明日も自転車で、職場へ向かう。両面コピーのやり方を覚えなければならない。電話をとれば知らない人に怒られるだろう。売店でチョコレートを買おうかな。

朝始まって夜終わる一日は、毎日新しい。

   虹消えるまで消えるのを待っている  池田澄子

(完)

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3 件のコメント:

高山れおな さんのコメント...

佐藤文香様

最終回。寂しくなりますが、今まで有難うございました。「里」誌での「haikunosato」第1回、拝見しました。朝バナナを食べなくなったり、シャワーでなくお風呂に入ったりと、日常生活動作にも変化が起こっているとのこと。わたくしもいろいろ変化が起こっておりますが、ここで書くのは差し障りがあります。ならば言うなというようなものですが、ともかく文香さんによる松山最近俳句シーンのご報告、楽しみにしております。

さんのコメント...

佐藤文香様 毎日松山にいられるなんていいですね。最近とみに、あのぬくったい松山弁がなつかしくなります。

佐藤さんの文章には地域性はあまり感じられませんが、パンチの効いた面白いエッセイで愛読していました。
あなたの話しことばはきっとふんだんに伊予的でせう。ときには、この「俳句空間—豈—weekly」に松山便りをおねがい、ね。

佐藤文香 さんのコメント...

高山れおなさま
いつもコメントありがとうございました。連載期間中大変励まされました。里には松山の俳句シーンと書きましたが、とくに書くことがなくなって困っています笑
4月は日常に変化が起こりやすい時期ですね。またお話伺いたく。

吟さま
松山はもう夏のような日差しです。私はもともと共通語で育てられ、小学校は神戸だったので関西弁になり、そののちの伊予弁、ということもあって、「似非伊予弁」といったかんじだったのですが、電話やカウンター対応によって、最近めきめき上達しています。またこちらでもお便りします。