2008年10月4日土曜日

日常生活動作(1) 「バナナ」・・・佐藤文香

日常生活動作(1) 「バナナ」

                       ・・・佐藤文香

最近朝はバナナを1本食べることにしている。剥いてみてまだ青かったり熟れすぎて粘りがないとがっかりするが、大抵はその噛み心地と自然にしては出来すぎた甘みとを喜び目を細める。カーテンを開け湯を沸かすなどしながら、左手のバナナを食べ終わる頃には新しい一日に慣れている。

その後皮を捨てるのだが、ゴミ箱から少し離れて投げることもある。重さが丁度良いらしく、ゴミ箱にかけてあるビニル袋にバシャンと収まるのが愉快だ。ゴミ箱の横を通ると、バナナの匂いがする。

村をゆくバナナ包みが香を放ち    飯田龍太

バナナを切らすとスーパーへ行く。私がいつも買うのは4本138円の、普通のバナナだ。昨日もバナナとその他食材を買いにスーパーへ行った。しかし、青果コーナーの突き出した部分に3種類ほど並べてあるはずのバナナが、1房たりともなかったのである。グレープフルーツの棚の下にある、「お買い得品」コーナーにも、丸い果実の汚いものがパックされているのみ、バナナの姿はない。

傷バナナに七つのかなしみありました     松本恭子

……ではなく、傷バナナすらない悲しみ。いつでも在ると思っていたものがないんだ、なんてどこかで聞いたことのあるようなフレーズが頭に浮かぶ。

帰宅したが諦めることは出来ず、私は再びバナナを求めて、家から2番目に近いスーパーへ10分ほど歩いた。しかしなんと、そこにも一房もなかった。悔しいので40%引きのおはぎを買う。しょうがない、1本80円のバナナで贅沢するかと思いコンビニにも寄ったが、あろうことか、ここにもない。

愚に近き日日やバナナは色づきて     金子兜太

秋時雨は安いサンダルの足先を濡らし、バナナの入っていないビニル袋は、腿にぶつけても痛くないのが切なかった。少し乾いたおはぎを、家に着くなり貪った。

バナナ・コレラを花鳥と呼べりさう思ヘ     筑紫磐井

さて、今日は昼間からバナナを買って、安心して帰ってきた。若者らしい黄色に機能的なボディライン、甘い香り。その魅力は、多くの人が共通に感じ得るものであろう。バナナは一応夏の季語だが、どんな季節であれ「バナナ」という言葉からは、あの姿や味を思うことができるという点から、「バナナ」は季語を超えた存在であると確信している。

川を見るバナナの皮は手より落ち     高浜虚子

この句が夏の句であると断言することができるだろうか。手から落ちるバナナの皮は、それが夏だろうが冬だろうがほとんど同じである。夏なら下着のシャツに短パン・サンダルの人の手から落ちたのだろう、秋であればその背景に紅葉が散り川には澄んだ水が流れているかもしれない、正月なら年賀状の返しを川沿いのポストに出しに行った帰りだし、神田川の花見の酔っぱらいがバナナで芸をする春、と言えなくもない。どの季節においてもバナナには異様な存在感があり、だからこそどんな情景にも似合うのである。そしてこの句、「川を見る」というどうでもいい行為と平行して、漫画のように「手より落ち」るものは、「バナナの皮」以外にあり得ない。

ただし今思いついたことには、虚子が川をぼぉっと見ているふりをして、実はただ皮を川に捨てたのではないか、そこで「あら、落ちましたか」と笑う虚子……などと、ときには作者を考えて読んでしまうのも(それを磐井さんのせいにするのも)いいだろう。

バナナの皮の黄色は、虚子の期待通りに流れてゆく。

虚子が詠む変な俳句のバナナかな     筑紫磐井

8 件のコメント:

中村安伸 さんのコメント...

オフィスの1階にスタバがあったとき、そこでバナナを買い、朝食にしてました。

どの季節においてもバナナには異様な存在感があり、だからこそどんな情景にも似合うのである。

確かに似合うけど、溶け込むんじゃなくてその場を支配してしまうような感じかな?
どんなに安くても王者の風格、というか。

さんのコメント...

村をゆくバナナ包みが香を放ち 飯田龍太
傷バナナに七つのかなしみありました 松本恭子
愚に近き日日やバナナは色づきて 金子兜太
バナナ・コレラを花鳥と呼べりさう思ヘ 筑紫磐井
川を見るバナナの皮は手より落ち 高浜虚子
虚子が詠む変な俳句のバナナかな 筑紫磐井

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「バナナには異様な存在感があり」中村安伸

あたらしきファンの増えてバナナかな 吟

文香さんのキュートなミニ批評、たのしみに。わたしもこのごろバナナです。

中村安伸 さんのコメント...

「バナナには異様な存在感があり」の部分、文香さんの本文から引用したところをイタリックで表示したのですが、わかりにくかったですかね?

ともあれ、私も文香さんの文章を楽しみにしています。

高山れおな さんのコメント...

中村さんの引用もわかりにくいですが、吟さんもそそっかしいのです。

芭蕉去つてバナナ残りぬ秋の暮  れおな

中村安伸 さんのコメント...

コントみたいで楽しいですね。
これがバックナンバーになってしまうのは惜しいので、明日の更新は遅めにしようかな……。

佐藤文香 さんのコメント...

みなさまコメントありがとうございます。

安伸さま
そうです、バナナはまさしく王者です。

吟さま
ちかごろはあなたもバナナ夕焼けて 文香

れおなさま
一時期ペンネームを松尾バナナにしようと考えたときがあります。

堺谷 さんのコメント...

堺谷と申します。「ー俳句空間ー豈weekly」いつも楽しく拝見しています。

俳句とは直接関係ありませんが、私の母方の祖父は大正初年に神戸で丁稚奉公から身を起こしたバナナ輸入卸売商でした。幼時、母の実家に遊びにゆくと、祖父母から「○○ちゃん、芭蕉たべるか?」と訊かれました。私が最初に出会った芭蕉は俳人ではなく、黄色く甘美な熱帯性果物でした。

戦前の産地は台湾が主流。編み籠に入った青バナナを開梱すると、大きな蛇だの蜘蛛だのが一緒に出て来ることがあってびっくりしたとは、母の懐旧談です。

バナナの社会史を「芭蕉論」と題して俳人の名前で出版したら俳句関連書籍のコーナーに並ぶかもしれませんね。

以上、自己紹介代わりの駄文におつきあい頂きありがとうございました。


破れ芭蕉より赤錆の艦載機  堺谷真人

さんのコメント...

あら、安伸さん、文香さん、ごめんなさい、
いつものことなんですが、はやとちり、とうっかり入力ミスの名人でございます。

 サザエさんみたいにそそっかしいバナナ 吟

堺谷さんの案に発して、「バナナ=芭蕉」文化の自己同一性を一般認識にしてゆこう・・なんて。