2008年11月29日土曜日

日常生活動作3歩けば・・・佐藤文香

日常生活動作(3)
歩けば

                       ・・・佐藤文香

よく歩く。歩いてどこかに行く、またはどこかから歩いて帰ってくる、あるいはその両方。歩くことは素晴らしい。ぼーっと歩いていても、案外いろいろなことがある。迷子になって途方に暮れ、かすかに聞こえる電車の音を頼りに線路を見つけて、走っている電車を見たら90度間違えて歩いているらしいことに気付き、これはいかんと方向を正したつもりがまたわからなくなってしょうがなく道を聞くと、今度は反対に90度間違えて歩いていたことがわかったり、素晴らしく整った形の落葉を拾ってみたら裏に虫がいて、驚いて放り投げたらそこにいた犬の背中に乗っかってしまい、申し訳なさそうに飼い主の顔を見たら小澤實氏にそっくりな女性だったり。

まぁ何があろうと、私が歩いているとき私の存在する場所が移動していることだけは違いない。あたりまえだが、このかんじが、好きだ。さっきまで遠くに見えていた風景がいつのまにか私を含むようになる不思議。こんな近くにキノコが…と思ったキノコは、もうはるか後ろのキノコに変わっている不安。時間とともに日が落ちてゆくこと、落ちてゆく日の場所は、私がどちらに向かって歩こうが変わらないこと。

  地下を出て地下より暗し秋の暮 藤田湘子

どこか少し遠くの場所に辿り着くために歩けば、到着したときに達成感を感じられる。そうでなくてもぶらぶらとたくさん歩けば、「たくさん歩いた」という実感を得られる。それも、いいところである。

ときに、Googleマップというインターネット上の地図サービスがあるのだが、それに「距離測定ツール」というのがあって、私はこれが大好きだ。知らない場所でも近場でも、歩いたとおりの道をクリックでたどっていけば、かなり正確に歩行距離がわかる。目的地への行き方が何通りもある場合、どの道が一番近いか調べたり、うちからどこまでなら歩いて行けそうか測ってみたりする(だいたい直線距離で5kmなら楽しく歩ける)。しかしやはりたくさん歩いて帰って、歩いた距離を測り、その道筋を見渡すのが一番心踊る。10kmくらい歩けば地図上の歩いた跡にも満足、ほどよく疲れてぐっすり眠れる。

  ある日歩いた道(地図上赤ライン=銀座→九段下、約7.5km)+家から駅の往復など(約2.5km)

歩きたくて歩くときは、ひとりが便利だ。怪しげな雑貨屋さんを見つけて怪しげなポストカードを無駄に入手しようと、好きなときにコンビニでアイスを買ってぱくぱく食べようと怒られない。勝手な妄想はどこまでも膨らむし、疲れたところで最寄りの駅から電車に乗って帰ることもできる。

もちろん気の知れた二人で歩くのも楽しい。二人で歩くと、その二人は話すことが多い。歩いているときには、未来の話をしやすい。前向きに歩いているので、前向きな思考が働くのだろう。

  凩に顔あはせゐる嬉しさよ 仙田洋子

歩いてもお金はもらえないし、歩いたからと言って痩せるわけでもないのだが(私だけだろうか)、どうでもよい発見や収拾のつかない皮算用、それにシンプルな達成感は、なかなかクセになる。

歩けばどこまでも行けそうな気もするし、どこからかは行かない方がいい気もする。

  銀座銀河銀河銀座東京廃墟 三橋敏雄

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■関連記事

日常生活動作(1)「バナナ」・・・佐藤文香   →読む

日常生活動作(2)「パソコンで聴く音楽」・・・佐藤文香   →読む


4 件のコメント:

高山れおな さんのコメント...

佐藤文香様

御稿とても面白く拝読しました。

「日常生活動作」というモティーフからして当り前といえば当り前なのですが、日常の細部が丁寧に掬い取られていて、どちらかといえば頭でっかちの人間にはいつも眼の覚める思いがします。「動作」のような細部への視線が自分には欠けているのだなとつくづく思います。

そういえば連載第2回のコメント欄でのやりとりで、佐藤さんは、〈道というのは一人歩きが基本ですから、寂しくないとはじまりませんね。道路となると行き来するものは多いですが、今ここを歩くのは結局一人ですね。/すすむべき道よりも歩いてきた道よりも、歩くことが面白いですね。〉とお書きでした。今回、ほんとに歩くのが好きなのだとよくよく納得しました(笑)。

グーグルで2点間の距離を出せるということも、初めて知りました。この前、木場で息子と映画を見て帰る段になって、息子が電車に乗りたくないと言うので、それでは家まで歩こうということになりました。拙宅は北葛西ですから、歩けないこともないですが、それなりの距離はあります。帰宅してから何キロ歩いたかと思って、距離を出しました。地図で曲がり角ごとの距離を定規で測って、合計して……。

で、昨日のことですが、仕事で奈良と中国陜西省の鐘山という場所の距離を測る必要が生じまして、まず社内で地球儀を探したのですが適当なものがなく、そういえばと御稿のことを思い出しまして、グーグルを使ってみました。約2400キロ。今頃知ったかとお笑いください。

佐藤文香 さんのコメント...

れおな様

ありがとうございます。コメントいただいて、前回の自分のコメント(道というのは一人歩きが〜)を、きれいさっぱり忘れていたので、誰の言葉だろうかと読み進めて驚きました。なんだかいいかんじに繋げたようですが、全く考えておりません。笑
私は頭はでかいのですが、脳内でパンでも発酵させているのでしょうか、何でも忘れる上に叩かれてもあまり痛くありません。

距離測定ツール、使えますでしょう?
私の今日の通勤コース、家から早稲田まで歩き、東西線で西船橋まで。だいたい25kmでした。快速じゃないと大変遠く感じられます。

佐藤文香 さんのコメント...

追記

上記のコメント、なんだか日本語がおかしいですが、お許しください。

さぁ、明日はどこを歩くかな。
俳人というより徘人(徘徊人間)のようです。廃人まではもう何歩か、です。

野村麻実 さんのコメント...

はじめまして!
産婦人科医をしています純粋読者です。

とても楽しく拝見しました!!
文章がとても楽しそうなのですもの。
つられて、嬉しい気分になりました。

中学入試の時に覚えた「二の字二の字の下駄のあと 」(ちょっとネットで今調べてみたら、上5が違うのが二通りでてきて、どれだかわからないのですが)みたいな楽しさです!

そうそう地図といえば、私はどちらかといいますと古地図が大好きでして、現在の東京地図には何の興味もないのですが、古地図と見比べると(皇居がちょうどよい目印になるのです)とても楽しいです!
ああ、こんな所に井上馨邸が、とか。
ここに英国大使館が置かれていたお寺なんだなぁとか。

ちょっとそんな楽しみも思い出しました。
最後の古地図を購入したのは随分と昔なのですけれど、幸せな感じを思い出させてくださいましてありがとうございます!