2008年8月30日土曜日

佐藤文香句集『海藻標本』を読む(3)・・・中村安伸

佐藤文香句集『海藻標本』を読む(3)

                       ・・・中村安伸

佐藤文香の第一句集『海藻標本』の三つ目の章につけられた「褐」という名は、他の二つの章と同様に「褐藻類」という海藻の種類名からきている。そのことに気づけば、それが褐色の「褐」であるということは明らかだ。しかし「緑」「紅」がそれぞれ一文字のみで用いられるの対し「褐」を一文字のみで使用するというのは一般的ではないだろう。

海藻の種類に「緑藻類」「紅藻類」「褐藻類」の三種があること自体を知らなかった私は、はじめてこの句集の目次を開いたとき、この文字が褐色の「褐」であることに気づかず、しばらくの間「偈(げ)」であると勘違いしていた。「偈」というのは仏教の経典の一種で、仏の徳をたたえる漢詩のようなものである。このようなネーミングは「緑」「紅」のシンプルさにくらべて異様であるとは思ったものの、それもまた彼女の一風変わった反骨精神の為せるものであろうということで、深く考えることをしなかった。それは、この章が他の章に比してすこしばかりユニークな内容を持っていたから、ということでもあるかもしれない。

前回述べたとおり「紅」の章は、句集の主人公でもある作中主体の閉塞感を示す、息苦しささえ覚えるような作品でしめくくられていたのだが、それにつづく「褐」の章で「彼女」は、行き止まりから反転するように、想像力によって異界との交通を実現しようとするのである。
例によって章の冒頭の句を挙げてみる。

俗世より鼻を濡らして春の馬

主人公である少女→女性の遍歴としてこの句集を読むとき「俗世」という語は、彼女自身の日常的なレベルの語彙からは外れているものと感じる。このような異物感のある語を句に挿入する傾向は、前章「紅」の後半からあらわれはじめていた。前回「褐」への前奏曲というニュアンスでとりあげた〈長恨歌のちにつめたき手となりぬ〉という句の場合なら「長恨歌」がそれにあたるだろう。「長恨歌」の句についても言いたいことはあるが、それは次号以降に述べることとする。

「俗世より」という表現は、作中主体が馬とともに「俗世」からはなれた異界へと移動してきたことを暗示している。この作品を冒頭に置いたことで、ここからは「異界」へと足を踏み入れるのだという宣言をしていると受け取れる。

さて「彼女」が本格的に異界を遍歴する覚悟をしたらしいことは、乗り物として用意した「六頭立ての馬車」によっても示されている。「褐」の章の冒頭には「馬」という字を含む作品が六つ続けて置かれているのである。

馬は端的に移動のための手段であるとともに、西東三鬼の〈白馬を少女涜れて下りにけむ〉という句などからもわかるとおり、女性にとっての異性を象徴してもいる。「彼女」の異界との往来には、異性との交流の雰囲気が感じられるとすると深読みに過ぎるだろうか?たとえば馬の四句めに次のような句が置かれている。

乗ることのなき馬の背を冷やしけり

作中主体の「乗ることのなき」という思いは「馬に乗る」という想念がまずあって、それを現実世界の行為としては否定しているということである。つまり作中主体の想像世界においては、馬に乗って草原を駆けぬける自身の姿がありありと浮かんでいるはずである。そして、このように書くと叱られるかもしれないが、その裏には異性に対する性的な妄想と諦念が暗示されているような気がしてくるのである。

「褐」の章を見渡してみて、挿入されている語彙の来歴をみると、本朝の古典文学の世界(王朝を中心に上代や中世を含む)が中心となっているように感じる。また中国大陸にその原典をもつ本歌取りなども登場するが、それらもまた日本の古典文学や現代文学を経由して取り入れられているという印象である。

これは佐藤の嗜好でもあるだろうし、上記のような「性的」とまでは言わないものの、男女間の恋情の機微と、はなはだ相性が良いということであるかもしれない。作品個別には成功しているものも、そうでないものもあるが、次章以降に陳べることとする。

そのなかで異質に感じられるのが「褐」の章の最後の句、つまり句集全体をしめくくるべき位置に置かれている作品である。

七月の防空壕にさいころが

他に〈水加減見に行つたきり敗戦日〉という句もある。王朝趣味を基調とした作品群のなかに、さきの太平洋戦争を想起させる作品が、唐突に挟まってくることも異様だが、そのような作品に句集の締めくくりという大役を担わせたことには、やはり彼女の強い意図があるのだろうと感じる。

その意図はともかくとして、この句は私には共鳴できないものであるということを言わなければならない。「七月」とは、平成何年とか昭和何年の七月というものではないはずだが、「防空壕」という語から否応なく昭和二十年の七月を想起させられてしまう。その文脈において読み進めるなら、はげしい空襲の犠牲になってしまった子供への鎮魂といったことを、残された「さいころ」によって語ろうとしているという、感傷的な読みが大きく立ち上がってくる。

こうしたテーマを描くこと自体を、作者の年齢や経験によって否定するような立場に立たないのは勿論だが、予断を極力排除したうえで、やはりこの句は物足りないのである。

この作品から私が感じるのは、作中主体の存在感がいちじるしく後退していることである。彼女は今後の自作のすすむべき方向として、作中主体と切り離された「みなしご」のような作品を想定しているのかもしれない。しかし、この句がその試みだとすると、私の見る限り成功しているとはいえないだろう。

「七月の」の句にしても「水加減」の句にしても、誤解をおそれずに言うなら、私が見たことのないものは含まれていない。もちろんそれは類句、類想といったレベルとはまったく異なっているが、端的に言うと、これらの句には驚きがないのである。

これらの作品は前もって書くべきことを想定し、それを過不足なく書ききった作品である。俳句形式に即した表現力のレベルの高さ、いわゆる「巧さ」という点には文句のつけようがないが、私が読みたいと思うのは、書かれることによってはじめて生まれる「なにものか」であり、それこそが俳句にしか成し遂げることのできない表現の領域なのだと信じる。

但し、前もって想定された「書くべきこと」を過不足なく書いたのみの句であったとしても、その「書くべきこと」が強烈な光を持っているならば、それはやはり強力な作品となるはずである。そのような句を書くなら、しかも戦争という人間の行為の生々しさを書くなら、作中主体を安全な場所へ後退させておくことはできないはずだ。

佐藤がしばしば言及している俳人の作品に即して言うなら、三橋敏雄の〈あやまちはくりかへします秋の暮〉にしても池田澄子の〈忘れちゃえ赤紙神風草むす屍〉にしても、そのようなフレーズを思いつく発想の力以上に、そのフレーズを作中主体=作者の台詞として言い切る覚悟こそが、作者たちの力量なのだと思う。

「七月の」の句を、句集の末尾に置いたからといって、佐藤がこの一句に満足しているとは思わない。自身が今後書きたい俳句作品の方向性をあきらかにすると同時に、現時点の限界をもさらけ出しているのだ。このようにして次の句集へと進もうとする姿はすがすがしく、健気と感じる。

句集としての完成度のみを考えるならば、この句ではなく別の句を末尾に持ってくる選択肢もあったであろう。佐藤がこの句集をひとつの作品としてまとめることに腐心したであろうことはこれまで述べてきたとおりだが、それ以上に、作品としての俳人「佐藤文香」の構築をすすめることを目指しているのだと思う。

さて、今週はここで力尽きたが、この論そのものはまだ終わらないのである、いい加減しつこいというお叱りの声もないので、次週からは句集の構造とは切り離して、佐藤の作品の表現上の特徴をさぐってゆきたい。

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