2008年11月22日土曜日

俳句九十九折(13)俳人ファイル(5)飯田蛇笏・・・冨田拓也

俳句九十九折(13) 
俳人ファイル 飯田蛇笏

                       ・・・冨田拓也

飯田蛇笏 15句

はつ汐にものの屑なる漁舟かな

死病得て爪うつくしき火桶かな

月入れば北斗をめぐる千鳥かな 

流燈や一つにはかにさかのぼる

くれなゐのこころの闇の冬日かな

たましひのたとへば秋のほたるかな

くろがねの秋の風鈴鳴りにけり

鼈をくびきる夏のうす刃かな
  ⇒「鼈」に「すつぽん」とルビ

雪山を匍ひまはりゐる谺かな

寒を盈つ月金剛のみどりかな

高浪にかくるる秋のつばめかな

冷やかに人住める地の起伏あり

雁ゆきてべつとりあをき春の嶺

炎天を槍のごとくに涼気すぐ

寒雁のつぶらかな声地におちず

誰彼もあらず一天自尊の秋



略年譜

飯田蛇笏(いいだ だこつ)

明治18年(1885) 山梨県に生誕

明治27年(1894) 句作開始

明治37年(1904) 詩作に傾倒

明治41年(1908) 虚子に入門 「俳諧散心」に参加 その後虚子俳壇隠退

明治42年(1909) 一切の学術を捨て、家郷で田園生活

大正4年(1915) 虚子の俳壇復帰を知り再び句作「ホトトギス」へ投句

大正7年(1918) 「雲母」主幹

昭和7年(1932) 『山廬集』

昭和12年(1937) 『霊之』

昭和15年(1940) 『山響集』

昭和16年(1941) 二男、母没

昭和18年(1943) 父没 『白嶽』

昭和22年(1947) 『春蘭』

昭和26年(1951) 『雪峡』

昭和31年(1956) 『家郷の霧』

昭和37年(1962) 10月死去(78歳)

昭和41年(1966) 『椿花集』


A 今回は飯田蛇笏です。

B 俳句史における巨星といった感じですね。

A いうまでもなく格調の高い句がいくつも存在します。

B 蛇笏の句を読んでいると、ぐうの音も出なくなる時がありますね。

A 今回も15句に絞って選ぶのはあまり意味がなさそうです。

B そうですね。優れた句を数え上げるとたちどころに15句を超過してしまいます。

A とりあえず〈はつ汐にものの屑なる漁舟かな〉を一句目に選びました。

B まるで北斎の浮世絵「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」の迫力を思わせる1句ですね。

A 「ものの屑」という表現から、漁舟が大変小さく見えます。

B まるで舟が木の葉のようです。それと同時に海がとてつもなく広大で力強いものに感じられます。

A 視点が、どちらかというと、遠いというか、非常に高いところにあるようにも感じられますね。

B この作者には巨視的な作品が多いです。この句に近い視点の作では〈冷やかに人住める地の起伏あり〉などがあります。

A そういえばこの作者には「空」や「天」といった高い位置を詠んだ句も数多くあります。そのような巨視的な視点がこの作者における特徴の一つなのでしょう。

B 次に〈死病得て爪うつくしき火桶かな〉です。

A 大変不吉な感じの句です。当時の死病とは「結咳」だったとのこと。火桶の上の病人の手。爪の光沢が印象的です。退廃の中の美ということなのでしょう。

B この句は空想の句ではなく、実際に見て作られた句であるとのことです。こういったものを句にするところに小説家を目指していた人の資質を見る思いがします。

A この句のように蛇笏にとって「死」というテーマは非常に大きな比重を占めているようですね。

B これは一体何なのでしょうね。単純に身辺に死が多く存在したという事実も当然あるわけですが、やはり生まれ持った資質なのでしょうか。なぜここまで執拗に「死」を句に詠み込もうとするのか、と不思議に思われるほどです。

A 〈秋月や魂なき僧を高になひ〉〈死骸や秋風かよふ鼻の穴〉〈なきがらのはしらをつかむ炬燵かな〉〈短夜の一身棺にをさまりて〉〈夏真昼死は半眼に人をみる〉〈冬灯死は容顔にとほからず〉〈秋の風死して世を視る細眼なほ〉など数えればきりがありません。

B ここまで「死」を正面から取り扱った作者は少ないでしょうね。

A 芥川龍之介などによる小説の世界からの影響も大きいのかもしれません。

B あと、斎藤茂吉の歌集『赤光』の影響なども考えられそうですね。

A では、続いて〈月入れば北斗をめぐる千鳥かな〉です。

B 随分と豪奢な句です。

A まず月が強い光を放って懸っていたわけですね。千鳥がいるのは干潟です。干潟に映る冬の月。天と地ともに月に照らされた明るい光景です。その月の光を浴びて千鳥が飛び交っていた。そして、徐々にその月が沈んでいくにつれて、月の眩さが消え失せ、それまであまりはっきりとしなかった北斗星の存在が強く目に立ち現れてくるわけです。そして、その北斗を千鳥が飛びめぐっているように見える。それまでの月の光による明るさはすでに消え失せ、代わりに星空が一面に広がっています。

B 時間の推移による、月と星空の二つの風景の対照が鮮やかですね。

A 〈流燈や一つにはかにさかのぼる〉です。

B 川をいくつも流燈が流れゆく中、一つだけ風や水の流れの具合で反対に流れるものがあった、ということでしょうか。

A なんというか不穏な感じのする句です。

B 蛇笏には大正7年5月号の「ホトトギス」に「霊的に表現されんとする俳句」という文章を発表しています。その内容は〈人間至上の芸術的能力の美を社会人生に体現しようとする溌剌たる勇気あるところの信念と努力をひそめて、偉大にして輝きある背景を具備し(…)かかる信念と情熱と相俟つて、至上芸術としての詩を俳句として認めることが出来るのである。〉とのことで〈霊的に表現されんとする俳句は、所詮かくなければならない〉ということです。

A こういった主張における真意は具体的にどう理解してよいのかやや困るところがありますが、確かにこの作品は「霊的」といえば「霊的」です。

B この句のような風景を目にすれば「霊的」なものの存在を感じても別に不思議ではないでしょうね。ただ、「霊的」という言葉の意味するところは、おそらく当時と現在とではやや印象の異なる意味合いの言葉なのではないかとは思われます。その点をある程度考慮に入れておいた方がいいかもしれません。

A あと、この句の「にはかに」という表現もよく考えてみると、それまでの至極平穏な風景が、一気に異界へと変転してしまうような迫真力が感じられます。

B 先ほども「死」について触れましたが、やはりここにもそういった不穏な雰囲気が濃厚に感じられます。蛇笏の句には、どういうわけか、時としてなにかに「取り憑かれた」かのような句が頻出します。それは「霊的」というよりも、むしろ「魔」的といった感すらあります。

A たしかに〈古き世の火の色うごく野焼かな〉〈幽冥へおつる音あり火取虫〉〈閨怨のまなじり幽し野火の月〉〈まなことび腸ながれありほととぎす〉〈槍のほに咎人のなし秋の風〉〈ころころところがる杣や茸の毒〉〈餓鬼道の青草にほふ盆会かな〉〈種痘する肌の魔幽くかがやけり〉〈月中の怪に射かけたる猟夫かな〉〈山ン婆を射て来て炉辺に睡りけり〉〈夜半さめて白魔を詠めばゆきのこゑ〉〈兜蟲ふみつぶされてうごきけり〉〈大旱血を曳く蛭のしづみをり〉などといった異様な句がいくつもありますね。

B これは一体何なのでしょうね。「死」の句にしてもそうですが、やはり個人の嗜好からくるものなのでしょうか。この飯田蛇笏の常軌を逸した怪異ともいうべき作品の特徴は、どちらかというと、あまりまともに触れられることがないようなところがあります。

A それは、やはりこういった作品の数々が多くのセオリー通りの俳句らしい俳句の位相から逸脱し、あまりにも異様な光を放っているためなのかもしれません。蛇笏のこういった側面は、いろいろな意味で、あまり深く関わるとやや危険なものである、ということはいえそうではあります。

B 次に〈くれなゐのこころの闇の冬日かな〉です。

A これはどちらかというと抽象的な句のようですね。いまひとつ解釈しづらいところがあります。

B いつだったか、『万葉集』か何かで、このような表現に似たようなものを和歌の中でみたような記憶があります。

A もし、この句が和歌の影響下にあり、それを踏まえた表現であると仮定すれば、「闇」から連想されるのは、「ぬばたま」という語でしょうか。

B そう考えると、本来は「ぬばたば」である「こころの闇」が、この句では「くれなゐ」の状態であるということになりそうですね。

A そこに加わるのが「冬日」。普段「ぬばたま」である「こころの闇」が「冬日」によって「くれなゐ」になっているということでしょうか。

B ということは、この句は、冬日に向かって目をつぶった状態を句にしたものであると考えることもできそうです。

A なるほど、たしかに冬日に向かって目を閉じると瞼の色が透け、普段は闇であるはずの視界が紅に染まって見えます。

B 無論、この読みが正しいものであるかどうかはわかりませし、こういった読み以外にも別の解釈が成り立つとは思います。蛇笏は詩作もしていましたから、この句は抽象的な句として鑑賞することも可能でしょう。

A 蛇笏といえば「漢詩」における影響がよく云々されるところではありますが、こういう句を見ると、もしかしたら「和歌」の影響も少なくないのではないかと思われますね。

B そうですね。この句だけでなく、先ほどの〈月入れば北斗をめぐる千鳥かな〉の句にしても、柿本人麿呂の〈淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば情もしのに古思ほゆ〉〈天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ〉などを髣髴とさせるところがあります。蛇笏には他にも千鳥の句では〈ありあけの月をこぼるるちどりかな〉〈月低く御船をめぐる千鳥かな〉〈帆おもてに帆うらに雪の夕千鳥〉などがありますね。また、〈洪水の林の星斗秋に入る〉という句も存在します。

A 確かに蛇笏の句はどこか俳的な要素だけでなく、和歌的な雰囲気もあります。詩的といってもいいかもしれません。他にも人麿呂といえば〈大君は神にし座せば天雲の雷の上に廬らせるかも〉がありますが、それに近い〈山の春神々雲を白うしぬ〉という句が蛇笏にはあります。

B こうみると、やはり蛇笏にとって和歌の影響は小さくなかったのではないかと思われますね。よく作品を見れば、蛇笏には〈人々の座におく笠や西行忌〉〈二三人薄月の夜や人丸忌〉という句も存在しています。

A ただ、様々な蛇笏に関する文章を読んでみても、蛇笏と和歌との関係に触れているものはほとんど見当たりません。他には〈たましひのたとへば秋のほたるかな〉という句がありますが、この句にしても、和泉式部の〈もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る〉を思い起こさせるところがあります。

B そして、こういった「たましひ」「ほたる」といったひらがなの表記も、やはり和歌的ですね。

A 他にもひらがなを多用した句は多く〈をりとりてはらりとおもきすすきかな〉〈いくもどりつばさそよがすあきつかな〉〈ましろにぞをとめがてどるかがみもち〉〈てうつしにひかりつめたきほたるかな〉〈ほたるかごまくらべにあるしんのやみ〉〈ことごとくつゆくささきてきつねあめ〉〈たまきはるいのちをうたにふゆごもり〉などがあります。

B こうみると蛇笏には、漢文による硬質さとともに、ひらがなによる和歌的な柔和さという両面を有していたようです。この硬と柔の使い分けも、蛇笏俳句における特色の一つなのではないかと思われます。

A 明治生まれの作者の教養の広さが窺われるようですね。

B では、続いて〈くろがねの秋の風鈴鳴りにけり〉です。

A この句は本当に有名な句です。蛇笏といえばこの句というか。

B 秋の澄明な空気の中を、鉄の風鈴の冷たく硬い音が鳴り渡っていくわけですね。

A 風鈴はいうまでもなく夏の季語ですから、藤原良経の〈手にならす夏の扇と思へどもただ秋風の栖なりけり〉が関係しているのかもしれません。 

B 夏から秋への季節の推移が感じられますね。

A あと西行に〈くろがねのつめのつるぎのはやきもてかたみに身をもほふるかなしさ〉という一首があります。この歌が作者の意識下にあったかどうか。

B それについての関係はどうなのかわかりませんが、そう考えると、この句には「くろがね」に蛇笏特有のややデモーニッシュな印象も受けますね。

A 続いて〈鼈をくびきる夏のうす刃かな〉です。

B これも残酷な句です。似たような句に〈寒鯉の黒光りして斬られけり〉があります。他にも残酷性のみられる句としては、先ほどもいくつか挙げたところですが、他にも〈ほたる火を曳きつぶしたる艪縄かな〉〈雨温く蛇に巻かるる雉子かな〉〈秋の蟬蟹にとられてなきにけり〉〈けざやかに口あく魚籃の山女魚かな〉〈秋の蜂巣をやく土にころげけり〉などがあります。

A まずすっぽんという存在自体が不気味なものですね。さらにそこに取り合わせられるのが「うす刃」で、これも当然ながら不穏な感じがします。すっぽんの首の柔らかさと刃物の硬質感。「夏」の一語がすっぽんの生命力の強さと肉質の豊かさを髣髴とさせます。その柔らかくぬるりとした首を刃物で馘首するというわけですね。

B 「うす刃」の一語で刃物の鋭利さが際立ち、その刃先がすっぽんの肉へと食い込んでゆき、そこから首を切り落としていくまでの手応えがそのまま直に感じられるようです。そしてそれと同時に、刃物が、俎へと達する感触と音さえも想像されるところがあります。

A この句を読むと、なんとなく飯田龍太の最後の発表句の中の〈夏羽織侠に指断つ掟あり〉が思い浮かびますね。

B 龍太は、父親である蛇笏の持つ漢文的な要素や、このような残酷性を振り払って作者となったようなところがありますが、時折、蛇笏の持っていた側面が作品上に浮かび上がってくるところがあります。

A そういえば、他にも本歌取りとおぼしき句がいくつか見られますね。

ゆく春の蟹ぞろぞろと子をつれぬ  蛇笏

黒猫の子のぞろぞろと月夜かな  龍太

槻の南風飛燕の十字かたむけり  蛇笏

つばくろの甘語十字に雲の信濃  龍太


秋燕に日々高嶺雲うすれけり  蛇笏

春すでに高嶺未婚のつばくらめ  龍太


春蘭の花とりすつる雲の中  蛇笏

あるときはおたまじやくしが雲の中  龍太


葬も了へてなほ靴音をまつ秋夜  蛇笏

落葉踏む足音いづこにもあらず  龍太


冷やかに人住める地の起伏あり  蛇笏

ひややかに夜は地をおくり鰯雲  龍太


B また逆に蛇笏が龍太作を本歌取りしたような句もあります。

春の鳶寄りわかれては高みつつ  龍太(昭和21年)

双燕のもつれたかみて槻の風  蛇笏(昭和31年)


A これは本歌取りというよりも、近い位置で句作をしていると、作品がお互いに無意識のうちに似てきてしまうといった側面もあるのかもしれません。

B しかしながら、この蛇笏の残酷性をみると、やはり小説家を目指していたという本人の資質も大きいのでしょうが、芭蕉や西行などの影響も少しはあるのかもしれません。

A そういえば蛇笏の句は、西行や芭蕉の云わば「地獄性」とでもいうべきものに通底するものを感じるところもあります。

B 蛇笏の〈雨温く蛇に巻かるる雉子かな〉は、芭蕉の〈蛇食ふと聞けば恐ろし雉の声〉を思わせます。

A また、すっぽんの句も芭蕉の〈むざんやな甲の下のきりぎりす〉を連想させるところがあります。この芭蕉の句は、兜の下の「きりぎりす」、ですから、切るという行為と、ぎりぎりと首を切り取るイメージが連想される内容となっています。

B では、次に〈寒を盈つ月金剛のみどりかな〉です。

A まさしく漢文調の1句。こんな風にしっかりと一部の隙もなく言葉を組んでみたいものです。

B 何日もかけて徐々に満ちてゆく月。そして、ある程度満ちてきた月のその強い光を「金剛のみどり」と言い止めたわけですね。「金剛」だけでも普通の言葉ではないところがありますが、そこに「みどり」までが加わります。なんとも非凡な色彩感覚です。そして、漢字表記の硬質さとK音の連なりといった要素が加わり、月の光の荘厳さをさらに高く増しているように思われます。

A この「みどり」という表現は他に〈秋口の星みどりなる嶽の上〉〈火山湖のみどりにあそぶ初つばめ〉などがあります。

B しかしながら、普通の感覚では、月にみどりを知覚ということはまずありえないでしょうね。金剛に入り混じる「みどり」。川端茅舎の〈金剛の露ひとつぶや石の上〉という句の明快なイメージと比べると、この句の特異さがよくわかると思います。

A 続いて、〈雁ゆきてべつとりあをき春の嶺〉です。

B 蕪村に〈かきつばたべたりと鳶のたれてける〉がありますが、これにやや近いものがあります。当然ながら、内容的には異なりますが。

A 蛇笏には蕪村の影響も少なくなかったのかもしれません。

B そうですね。蛇笏の持つ浪漫性は先ほど挙げた柿本人麿呂だけでなく、蕪村から来ている部分も大きいのかもしれません。「蛇笏」という俳号自体が、蕪村の〈薬掘り今日は蛇骨を得たりけり〉からきているのではないかという説もあります。

A しかしながら春の山を「べつとりあをき」と表現したのには驚きました。春の山の植物の生命力の強さと、それに伴う卑俗さが滲み出ているように感じられます。

B こういった表現も蛇笏には存在したわけですね。格調の高さだけが蛇笏俳句ではないというべきなのでしょう。あと、この句は雁からの視点によって、山々による緑のおそろしいまでの生命の騒めきが想像できます。

A 続いて〈炎天を槍のごとくに涼気すぐ〉です。

B なんとも句柄の大きな作品です。夏の暑い空間を駆け抜ける涼風。それを金属質の冷え冷えとした槍に見立てたところが非凡です。

A まるで巨大な槍が通り過ぎていくような迫力のあるイメージが思い浮かびます。非常に勇壮な句ですね。相生垣瓜人に〈炎天をさ迷ひをれる微風あり〉という句がありますが、それと比べると、槍の持つ力強いイメージに蛇笏らしさが強く感じられます。

B 続いて〈寒雁のつぶらかな声地におちず〉です。

A 冬の張りつめたような寒気の中での雁の声。「地におちず」ですから、雁の鳴き声は実際には聞こえていないわけです。

B 聞こえないけれど、聞こえている。聞こえているけど、聞こえていない。まるで宮沢賢治の短編「インドラの網」のラストのようでもあります。この句には「神韻」とでもいってみたいような空気感が漂っていますね。

A 蛇笏の句には時折、人間界を超越したような世界が現出します。〈いにしへも火による神や山ざくら〉〈滄溟に浮く人魚あり月の秋〉〈天人のぬけがら雲やすすき原〉〈森の神泉におはす薊かな〉〈たくらくと茄子馬にのる仏かな〉〈山の春神々雲を白うしぬ〉〈こしかけて山びこのゐし猿茸〉〈水神に遅月いでぬ芋畠〉〈神の座も獣の場も霜日和〉〈夜は青し神話に春の炉火もゆる〉〈荒神は瞬きたまひ竈猫〉〈時のかなた昇天すもの日のはじめ〉〈山中の螢を呼びて知己となす〉〈天馬秋を行きて帰らぬ雲つづき〉〈霧去るや雲路鈴ゆく神の森〉など。

B 一種の幻視ともいうべき句ですね。大変神秘的な雰囲気があります。こういった句を見ると蛇笏はまるで別の世界を見ていた人のようにも思われてきます。

A 折口信夫的な感じもしますね。

B 最後に〈誰彼もあらず一天自尊の秋〉です。

A やっぱり最後はこの句ですね。あまりにも出来過ぎなところもありますが。

B しかしながら、やはりこの句は、孤高の俳人の最後を飾るにふさわしい作品ではあると思います。自身の終焉を迎えるに当たって、俳句において、他の誰とも異なる境地を示したという自負心と、その自らが成し遂げた成果に対する感慨の深さのようなものが、ともに感じられます。そしてそれだけでなく、この句を詠むと、それこそ蛇笏という存在が、広い秋の空を仰ぎ、まるで山の頂で一人佇んでいるかのような荘厳さがあります。先程の句群にも通じる、一種の神仙ともいうべき世界にも近接するような句というべきでしょうか。この句は、蛇笏のこれまでの句業を総括し、その作品世界を象徴するような作品だと思います。

A さて、蛇笏の作品を見てきました。

B なんともその作品世界は多様な相貌を呈しています。この作品世界を一言で言いあらわすならば、人間をも含む自然界そのものにおける神秘や残虐性など、そういったものの一切をそのまま抱え込んだ「巨大なカオス」というのが飯田蛇笏作品ではないでしょうか。

B 生命と死、光と闇、醜と美、天と山、幽と明、聖と俗、神と悪、柔と硬、詩と俳、漢文と和歌、人間と自然など様々な要素が混然一体となって展開されています。非常に多彩で懐の深い作者であるということがいえるでしょう。

A この作者の全貌をいま一度読み直す必要がありそうですね


選句余滴 

飯田蛇笏

かりそめに燈籠おくや草の中

ありあけの月をこぼるるちどりかな

古き世の火の色うごく野焼かな

秋月や魂なき僧を高になひ

芋の露連山影を正うす

つぶらなる汝が眼吻はなん露の秋

ある夜月に富士大形の寒さかな

をりとりてはらりとおもきすすきかな

まなことび腸ながれありほととぎす

たましひのしづかにうつる菊見かな

山国の虚空日渡る冬至かな

雪晴れてわが冬帽の蒼さかな

夏帽に眼の黒耀や恋敵

山の春神々雲を白うしぬ

死骸や秋風かよふ鼻の穴

夏山や常山木の蝶鴉ほど

冬の蟇川にはなてばおよぎけり

雲水に大鷲舞へる雪日和

採る茄子の手籠にきゆァとなきにけり

水替へて鉛のごとし金魚玉

大つぶの寒卵おく襤褸の上

死火山の膚つめたくて草いちご

月光のしたたりかかる鵜籠かな

雨温く蛇に巻かるる雉子かな

旅をへてまた雲に棲む暮春かな

降る雪や玉のごとくにランプ拭く

大揚羽ゆらりと岨の花に酔ふ

蝉捕つて瞳の炫燿をみれば秋

大榾火けむらはで炎のあるきゐる

手にとりて深山の秋の玉ほたる

薔薇あかし脳髄の皺すきとほる

冬瀧のきけば相つぐこだまかな

なまなまと白紙の遺髪秋の風

夜半さめて白魔を詠めばゆきのこゑ

兜蟲ふみつぶされてうごきけり

跫音もたてず悪友霜を来し

囚徒ゆき雪片は地にくだけけり

たまきはるいのちをうたにふゆごもり

おく霜を照る日しづかに忘れけり

時のかなた昇天すもの日のはじめ

霜柱掌に日りんが小さくなる

寒の月白炎曳いて山をいづ

熟れ桃に西日の貌の淫らなる

大揚羽娑婆天国を翔けめぐる

むらさきのこゑを山辺に夏燕

山深き飛瀑をのぼる大揚羽

天馬秋を行きて帰らぬ雲つづき

霧去るや雲路鈴ゆく神の森



俳人の言葉

私は俳句文芸をもつて、ものの「真」を摑むことと同時に、これが審美的に飽くまでも「美」を(この場合勿論詩的といつていい)標的とするものでなければならぬ。

飯田蛇笏 『俳句道を行く』昭和8年(1933)より

--------------------------------------------------

■関連記事

俳句九十九折(8)俳句アンソロジー・・・冨田拓也   →読む

俳句九十九折(9) 俳人ファイル(1) 下村槐太・・・冨田拓也   →読む

俳句九十九折(10) 俳人ファイル(2) 小宮山遠・・・冨田拓也   →読む

俳句九十九折(11) 俳人ファイル(3) 三橋敏雄・・・冨田拓也   →読む

俳句九十九折(12) 俳人ファイル(4) 阿部青鞋・・・冨田拓也   →読む

-------------------------------------------------

■関連書籍を以下より購入できます。




9 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

吟さんは書きました

トミタクは蛇笏だったのだと気づかされたのは今週号の収穫ですが、考えてみれば彼が濃厚な影響を受けたはずの宮入聖は、蛇笏晩年の弟子でした。おお、浮かび上がる闇の師系!」(れおな)

 宮入聖も蛇笏も、「伝統系」と言われる場所を単独者の風貌で歩いてきた人です。ある意味では、俳諧人の風狂の理想を体現していたのかも知れません。
トミタクさんが「闇の師系」につながるという感想はユニークだし、また貴重ですね。

「ジャングル大帝れおな」がお休みされるのは、お仕事が多忙すぎると言う理由ですか?健康面の心配もあるし、
この、「俳句空間ー豈ーweeky」は、ひじょうに面白いスタイルの批評誌になりつつあるから息長く続けませうよ。裾野が広がっているのではないでしょうか?
安伸氏とお二人、管理人の席でしばらく休まれて疲れが治ったらはやく復帰してください。
私の予告の書架エッセイ『書物の影』も、そろそろ生駒山から発信しようかと・・・。

匿名 さんのコメント...

冨田拓也さんのコメント...

「闇の師系」ですか……。
まあ、私はただの野良犬(野良猫?)に過ぎないでしょう。
次回の「俳人ファイル」誰を取り上げようかと思っていたのですが、これで決まりましたね。

今号は福田基さんが登場されたのには、驚きました。
福田さんの人生までわかりました。

恩田さんの句集、私は「藤」の連作が面白いと思いました。
あれで100句くらい書き上げて欲しいところ。
まだ恩田さんには御礼も申し上げていないのですが(ごめんなさい)。

では、堀本さんの書架エッセイ『書物の影』を拝読できる日をいまから鶴首いたしております。

あと、忘れていましたが、宮入聖は蛇笏の弟子ではなく龍太の弟子です。

高山れおな さんのコメント...

吟様
珍しく、誤変換の無いコメントだと思いましたら、アップされていた場所が問題でした。第15号の記事(「俳人ファイル」ないしは「あとがき」)に付されるべきコメントが、第5号の「あとがき」に付されていました。インターネットの神様のいたずらでしょうか? お節介ながら、こちらにコピー&ペーストしておきました。

息長く……全くその通りですが、そのためには皆様の協力が必要でございます。「書物の影」の連載、第16号から始めましょう。28日金曜夜までにお送りください。小生、第0号で、「兵は神速を貴ぶ」と書きましたが、「案ずるより生むがやすし」とも「見る前にとべ」とも申します。さくさくお書きになるべきです。誤変換は気にしないで結構です。アップ作業の時に直してさしあげます。他人の句文を引用する時だけお気をつけください。体調はお蔭様で良好です。ただ、たまたま仕事の山が来ているだけ、それもここ2週間の辛抱ですのでご心配なく。

冨田様
宮入聖の師匠の件、お恥ずかしい限りです。うろ覚えの記憶で書くとこういうことになります。ただ、宮入聖には出色の蛇笏論があるので、それを読んだ印象に引っ張られたかと思います。しかし、どちらにしろ師系はつながりますな(フフフ)。

野村麻実 さんのコメント...

れおなさま、コワいです(笑)。
笑わないで下さい(>▽<)!!!

じゃんぐる大帝れおなさまもいらっしゃるので、ちょこっと申しあげますと、このブログ、コメントを入れるときに本文が読めないので、コメント入れにくいのです~。一読者として、苦情箱に投書させていただいておきますね!ぽちっ!
(私達これが嫌いで(笑えない。)本当に私悪くないのに!院長に苦情箱のせいで呼び出されたりするんです。安易に苦情箱に苦情を入れてほしくないものです。関係ありませんね。)

ところで、またまた遊びに来ました!
冨田さま、お許しくださいね!

>死病得て爪うつくしき

これ、貧血とかそんなのじゃないかと思います。白々と美しい。。。チアノーゼで末期ですね。おそろしや。本当に爪の色、変わります!

でも
> 死病得て爪うつくしき火桶かな
は素敵な句ですね。生命の大事さを物語っていると私には思われます。人間死ぬその瞬間まで、生きているんですよね。最後の最後の瞬間まで生きていて、生きている時間は永遠なのです。他人からどんなに末期でも、本人には死期はわからない。
産婦人科医というとみなさまに「生まれてくるお気楽な人々」ばかりみていると思われますが、これでも婦人科癌、救急、中絶などイヤになるほど死と接していて、時々そう思います。

だから、意識ないだろうとお葬式の話を枕元でまだ生きてるのにはじめるご家族(もう意識なくても!)がいたらいつも言ってやるんです。
「耳は最後まで聞こえていますから、注意してくださいね!聴神経は強いんですから!」
本当に腹が立ちます。でも大抵の方々はハッとして呼びかけてくださるようになりますけれど、もう本当にイヤになっちゃいます。

飯田蛇笏は実はとても好きです!
吟さまの「トミタクは蛇笏だったのだ」になるほど!と納得させられました。

匿名 さんのコメント...

あ、ごめんなさい。
病院閉じ込め3泊4日の刑のために人格が少々荒れています。(しかも忙しいので~。だるだる~)

さんのコメント...

れおなさま。
あらら・・またしてもそそっかしい。
インターネットがわがままはじめたんじゃ
ないでしょうか?(^:^)

神戸の大橋さんの詩誌「めらんじゅ」読書会に行って帰ってみたら、コメント欄がやたら、ギンギンしていて、しかも混線していました。15号のあとがきに書いたつもりでしたが。どうも、ごめんなさい。いよいよトシかな?


野村麻実さま、あちこちでおめにかかりますね。

 「トミタクは蛇笏だったのだ」は、れおなさんのお言葉を引用したものです。
              

 いまや、伝説の俳人になってしまった宮入聖さんには、『飯田蛇笏』という評伝+鑑賞文があります。宮入さんは、龍太主宰の「雲母」にいたのですが、作風はまぎれもなく冥界の蛇笏が敷いている地下水脈ですね。父子でもかなりちがていますから、まさに闇の師系ですよ。トミタクにもエール!

中村安伸 さんのコメント...

>>麻実さま

このブログ、コメントを入れるときに本文が読めないので、コメント入れにくいのです~。

についてですが、コメント投稿画面の左上、記事のタイトルがオレンジ色に表示されている下に青字で「元の投稿を表示」とありますので、そこをクリックしていただけると、記事本文が表示されますので、お試しください。

>>吟さま

安伸氏とお二人、管理人の席でしばらく休まれて疲れが治ったらはやく復帰してください。

健康面は問題ありません。
生活上の問題でいろいろゴタゴタしていました。

野村麻実 さんのコメント...

中村さま
 すみません。お手数をおかけします。
最初、オレンジ色の方を押して何度も投稿が消えていたので、ありがとうございました!
これから使いやすくなりそうです。

Mixi日記こっそり拝見しまして、心配しております。無理なさらず、よろしくお願いいたします。このような場を提供していただけること、とてもありがたく思っております。

吟さま
 よくお会いしますね(^^)。
 実は「週刊俳句」の方に連なるブログなどでも時々お見かけしているのです!乱入いたしておりませんけれど。(明らかに場違いだから)

 週刊俳句といえば冨田さまの句が今週の10句ででていましたね!

中村安伸 さんのコメント...

たしかにオレンジ字をクリックすると本文に戻り、それまで書いた記事は消えてしまいますね。ご不便をおかけしました。

さらに、ご心配をおかけしてすみません。
こちらに詳細を書くわけにいかず心苦しいのですが、心は決まっており、不安もありますが清清しい気持ちです。