2009年9月6日日曜日

髙柳克弘句集『未踏』をよむ(3) 露西亜文学的冬帽・・・中村安伸

髙柳克弘句集『未踏』をよむ(3)
露西亜文学的冬帽

                       ・・・中村安伸

前回、髙柳の作品のうち「死」をとりあつかったものをとりあげて、その文学的なアプローチについて言及したのだが、文学的な傾向というのは、彼の作品において重要な特徴のように思われる。

文学的という言葉は、芸術的と言い換えることができるかもしれない。
そして、昨今の俳句実作の傾向から「文学的」に対立する概念として「ただごと的」というものを挙げることができるかもしれない。

文学的な俳句作品の特徴が、事物の深層を表現することを志向するというようなところにあるとするなら、ただごと的な俳句は、事物の表層的表現を徹底するようなものであるといえるだろう。

一見すると、表層にとどまるただごと的俳句より、深層を追求する文学的俳句のほうが困難であるように見えるのだが、文学的俳句は発想が類型化しやすいことも事実である。そのようにして陳腐化した文学的俳句へのアンチテーゼとして、ただごと俳句が登場してきたという見方もできるだろう。

髙柳の俳句作品が文学的であるというとき、もうひとつの側面がある。つまりテーマとしての文学作品や書物への言及ということである。
たとえば以下のような作品に、そうした傾向が見られる。

名曲に名作に夏痩せにけり 2003
露西亜文学的冬帽の黒さかな 2004
イカロスの羽根冬帽に挿したきは
春暁の羽音やギリシャ神話読む 2005
読みきれぬ古人のうたや雪解川 2006
死に至るやまひの蝶の乱舞かな
良夜なり長き小説長く読む

これらの作品においては、古典文学作品の世界への憧れのようなものがあらわれている。
古典とは、文学がきわめて高い地位を与えられた時代の作品である。その時代、作者もまた地位に見合う高い志をもつことができたであろう。
髙柳の作品からは、古典文学者のように高潔な志を持ち続けようという意志を感じ取ることができる。そのことはたとえば以下のような句において明らかに述べられているのである。

詩の道も黄葉の道もまつすぐに 2006

また、現代における文学の地位を非常に直接的な表現で嘆いて見せている作品もある。現代の日本ほど文学および文学者が軽んじられている社会も珍しいのではないだろうか。
水洟や詩人は滅び世は進み 2008

自嘲的な季語の斡旋がややあざとく感じられるほどである。

 *


すこしネガティブな指摘となってしまうのだが、髙柳の作品のなかには他ジャンルの文学作品の縮小再生産のように受け取らざるを得ないものが散見される。

葉桜や夜の瓦斯の火にみとれたり 2003

という句は、穂村弘の〈呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる〉という歌を思い起こさせる。テーマは類似でもアプローチは違うので倫理的な問題が無いのは無論だが、表現の深度という点で穂村の作品に比べるとやや不満が残る。髙柳の作品は葉桜と瓦斯の火のとりあわせを眼目にしているのであり、焦点がそもそも違うという弁護も可能ではあるが「みとれたり」の一語の甘さは見落とせない。
静物の果実朽ちつつ秋の昼 2006

という句は、吉岡実の「静物」という詩のエキスを俳句に置き換えたもののように見える。そして残念ながら俳句ならではの別の興趣を得たというようにも思えないのである。むしろ薄味になってしまった気がする。

他形式の作品と同じテーマを扱った場合に、俳句ならではの強度を出せるかどうかという問題であるが、私の見るところ上記二例においては、残念ながら成功しているとは思えないのである。
上記のような例はやや特殊だが、髙柳作品には、おもに概念(断定的に述べられたフレーズ)と事象(主に季語)のとりあわせという形態の句において、概念を述べているフレーズが類型的なものを越えていない、と感じられる作品が散見される。

とりあわせの巧みさによって一句として成立させているとしても、ただごと的にあえて表層的な表現を求めるのではなく、認識の深さや意外性を押し出そうとしている作品であると思われるのにもかかわらず、その部分で少し切れ味が足りないと感じられてしまう。
以下の作品はその例である。

1.光速の素質ありけり黒揚羽 2004
2.冬雲や疲労ひとしき馬と騎手 2004
3.みづうみのみづ愚鈍なり春の雲 2005
4.泉あり物理法則不変なり
5.木の実落ちダリは遠近法を無視 2007

具体的には1.の「素質」2.の「ひとしき」3.の「愚鈍」4.の「不変」5.の「無視」という語に雑駁さを感じるのである。ただし、概念の深さ浅さはともかく、何に意外性を感じるかは受け手によって差があるだろうとは思う。上記はあくまでも私にとって不満が残る作品であるということだ。

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■関連記事

髙柳克弘句集『未踏』をよむ(1)イカロスの羽根・・・中村安伸   →読む

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