2010年5月24日月曜日

現代俳句のあたらしさとは?

-Ani weekly archives 012.10.05.24.-
現代俳句のあたらしさとは?

四年前の冨田拓也・森川大和



                       ・・・堀本吟


前書き

以下に転載する二つの評文は、丁度五年前の二〇〇五(平成十七年)の五月から書き始めた。「やまぐに」は代表が恒藤滋生氏。その創刊と同時に同誌に本文の連載をはじめた「現代俳句鑑賞」文の、創刊号と第二号の転載である。

おりから、関西では、その前年の十二月に、戦後俳句史に新興俳句の作家として大きな足跡を残した鈴木六林男、桂信子が相次いで逝去し、彼らの拠点誌である「花曜」、「草苑」がまもなく終刊の運びとなっている。そのことは、戦後俳句の組織論の総括として、必要があれば又別の構想の下に考えねばならない問題を残しているが、それは。この掲載文の主旨ではない。

とにかく、そこに、二年間の約束が、双方の事情で今日までつづき、丸四年間二十二回書き連ねていて、いまや自分自身の「現代俳句認識」を再見する時期になっている。

それで、最初の書き出しなどをふりかえっていると、これも、めぐりあわせで、目下注目を集めている『新撰21』の冨田拓也の最初の句集について管見している。今度の本では自選百句中の最初に少し取り上げられている。だから、ダブらないのだが、作風に急激な変化は見られない。

そして、あらためて、彼を現代若手の若手とか未来人とかいういわば「青春の偶像的なレッテルをおっかぶせて「新しさ」を見つけ出そうとするこのことの「困難さ」、と、感じてしまう、まさにその感覚が、言い止められているので、これは、現在の私の新撰組や他の未来人への、違和感や関心に、通じている。

(わたしは先日「びーぐる7号」に、今の時点での『新撰21』のことを少し書いた。ここ数年ぐらいで平成時代、二十一世紀、に育ってきた若い俳人たちが表面化してきている事態だということをあらためて考えた)。

まあそういうことで、古いものではあるが転載して、私の「未来人」観察のひとつにくわえておこうという気になった。

どちらも、あまり長文ではない。それで思い切って二号分一挙掲載する。

この「―俳句空間—豈weekly」は、百号で終刊らしいから、終盤期にこういうものを載せることも、あながち無意味ではないとおもっている。

ただし、この五年前に時期に新しい俳句人として私がとりあげているのは、「冨田拓也」と、それから、初期の俳句甲子園で活躍した「森川大和」である。神野紗希、山口優夢、佐藤文香など俳句甲子園出身者の先輩である。【人が変わっても、視点は大幅にはちがってはいない】

森川大和は、一九九二年第二回俳句甲子園の団体と個人の最優秀賞をかちとった青年で、私がであったころには、筑波大学の大学院の学生だった。いまは、もちろん職業人になっているはず。(気になる青年だったので、いずれ補注として紹介報告しておく)。俳句ジャーナリズムには登場しないが、彼はどこかで俳句を書いているのだと、私は信じている。最も、この年齢の時期にねっちゅうしたからといって、彼らが、生涯プロ俳人の道を選ぶとは限らないし、そう言うことを期待してはならない。広い意味での文学的教養を培う高校教育の一環になっているこの種の文学的イベントの特徴である。同時に俳句甲子園から、優れた才能が出てきていることも事実である。これらを含めて、若い世代の登場全体が興味深いテーマを与えてくれる。

 転載 俳誌やまぐに創刊号 「現代俳句鑑賞」1 平成17年8月10

【どういう俳句が新しいのか?】   堀本 吟

1 「現代俳句」のオリジン(古い句の新しさ)

正岡子規が発句を独立させて完結する一行の詩の世界を「俳句」と規定して一世紀。いまや、おもちゃ箱をひっくり返したような雑多なありさまであるが、惚れ込んでマネしたくなるようなのは少ない。どういう俳句に現在的な価値を見いだせばよいのだろうか?かえりみれば現代につながる感受性はずいぶん昔から生まれている、はじめにその古い句の中の新しさの要素、(現代俳句の条件)を考えておきたい。

水枕ガバリと寒い海がある

西東三鬼『旗』昭和十年

頭のなかで白い夏野となつてゐる

髙屋窓秋『白い夏野』昭十一年

銃後といふ不思議な町を丘で見た

渡邊白泉『白泉句集』昭五十年

草二本だけ生えてゐる 時閒

富澤赤黄男『黙示』昭三十六年  

鶏頭の矮醜なるにちかづきゆく

山口誓子『七曜』昭十七年

赫と日が霧の内界照らし出す

山口誓子『七曜』昭十七年

これらの俳句は昭和十年代の新しい動き(新興俳句)のなかで近代俳句から現代俳句への橋渡しをした秀作。「水枕」の内側を「海」と結びつけるイメージ。脳内に異様に静かな風景を浮かべている「白い夏野」。戦争さなかの「銃後の町」の異様な静かさをとらえる時代批評の視線(制作は昭和八〜十五年《涙涎集》)。時代が少し下り戦後になるが、赤黄男の句は「時間」という抽象的な関心を目に見える形に表現しており、俳句形式で作り上げた象徴詩の古典的な傑作、ほのかな哲学的認識さえたちのぼる。それぞれ、次元の違う場面のモンタージュ(取り合わせ)によって、実景と幻景の複合がはたされ、俳句形式を借りてみえぬ内面を表現するようになった。先行者には今一人山口誓子がいるが、その誓子の観察は、モノの裏側、本質を、具象に即して、構成し直すという知的は写生術をもって(写生構成)新鮮な句を次々生み出している。誓子や、三鬼の影響を受けた鈴木六林男は、戦場での観察や経験を深化して、復員後独自のスタイルを切りひらき、戦後の俳句(敗戦以後の昭和後半年代)に大きく貢献した。

遺品あり岩波文庫「阿部一族」

鈴木六林男『荒天』昭二十三年 

五七五のみで構成した無季俳句の金字塔。新興俳句の主張のひとつ、無季俳句の実験が、俳句の現代への架け橋となっている。分節ごとに輪郭が明快、内容の世界が広がってゆく。岩波文庫のちいさな表題は森鷗外作の一族滅亡の小説。作者が亡くなっても、その遺句は現在にもあてはまる深甚な物語の時間を持ちはじめている。このような俳句を経て現在がある。

2 現代俳句の「新しさ」とは何か (空無と形式美)

もっとも若い層の新人二十四歳の冨田拓也のことをいっておこう。

空蝉や暗紅の都市遡り  冨田拓也

何事もなきてのひらに雪苦しむ  

       句集『青空を欺くために雨は降る』

(平成十六年芝不器男俳句新人賞受賞)

レトリックが華麗。イメージ豊かである。しかし、この空白感。「空蝉」と「暗紅の都市」の連結には三鬼の句を、「雪苦しむ」の句には赤黄男の哲学を連想する。今では古典である新興俳句の暗喩の世界を彷彿する。かなりの若者が平坦な日常詠や口語文体を肯っているなかで、この新人の復古調はかなり衝撃的だ。

まず、句の中にほとんど自己言及(私ごと)が出てこない。いや、私性は濃厚であっても、自己の内面とか人生観の中身があるのではなく、そこは空っぽの場所であり、埋めるものがない。確たる自己像がないのである、彼はむしろ他者になりたいのだ。三鬼、赤黄男を支える青春の情熱はヒューマニズムや、むしろ熱っぽい絶望だったり危機感だったりするが、冨田の場合は、人生と俳句の出発点に立ちながら実存上の感覚が早くも、「何事もない」いわば空無や死と結びついている。そして、その空無を支える純粋な華麗な形式美を一時代前の革新スタイルを借りてはたそうとしていること。このタイプの俳人は、マレビトのようにときどきあらわれ、日常の関係にまみれがちな表現の通俗化の批判者となる。

(この現象自体が、いまの若い世代の特徴、つまり新しさなのだろうか?)

どうも、俳句の「新しさ」とは、素材の現代化ということだけではないようだ。虚無感、は単なる感情とも違うようだ、ホットな実存的ニヒリズムに染まっていた私の近代主義などは、このような若者の終末感覚が、形式の原型を呼び寄せ再現しようとしていることに対して、戦場の真ん中の「銃後」、無戦世代の空白感を目の当たりにした複雑な興味を持ってしまう。それは、一種の共感でもあるのだが違和感でもある。次号よりこういう問題も含めて、冨田もそのひとりである現在の俳句を考えてゆきたい。(了)2005514

   (筆者註・ほぼ発表当時の原文どおり。年代表記の書き換えと、最後部分一行ほど付加)

 転載 俳誌「やまぐに」2号掲載・現代俳句鑑賞2 平成1710月 発行 

【 青年の虚無 俳句の虚無 堀本

 

1.冨田拓也の葉書

創刊号の拙文に二十四歳の新人「冨田拓也」のことを書いたらご本人から丁寧な葉書をいただいた。その葉書自分のような若者が「空無」や「虚無」を詠むということに違和感と共鳴を感じた堀本様の感覚に、僕は逆に興味をもった、というような一節。また、問題提起した「現代俳句にとって新しさとは何か」ということは、なるほど決定しにくい問題だ、ということを彼も認めていた。息子いや、孫ほど年齢の違う青年からのまっとうな反応がうれしかった。

俳句鑑賞では、俳句らしさを味わうことがポイントであるが、私は、個作者の人生観や思考の切実なテーマと言葉の実感が上手く定型と融合できているか、という読み方を重視している。特に俳句は短い詩であるから、作品の背後にある世界を理解しなければどうもわかった気がしない、(すくなくとも、これまでは)共同社会の関係あっての俳句の文芸観(俳句観)が広く強固なのである。

しかし、この読み方自体も今までの俳句が育てたのである、時代の刻印を押されている。今や、新しい読み方いでよ!である。

2・森川大和の青春俳句

虫残る男子ばかりの話し合い  森川大和

男子寮八年目なり桜咲く  

野分よりもっと刺激が欲しいんだ  

  引用は、森川大和『大和19

平成十五年・まる書房

言葉遣いの幼さや口語性、素朴な抒情の発露を見ると、いかにもその場しか、あたかも現在しか知らない若者のフレッシュな観察眼や精神の波動がある。じじつ作者は十代の終わりを記念してこの句集を出した。そして、句集のテーマは誰もが通過する精神の季節「青春」である。彼は、自分の現在の位置を古い人達につたえる言葉の器として、俳句形式を使っているのである。これからも使いこなそうとしている。俳句形式の要素をごく自然に日常雑器のように使っているから、青春も俳句も彼の現在形であり、自然に受け入れられる、滅びや死へのベクトルは出てこない、この若者は、人間の精神の機微と伝統形式の再生について、直感的だが理解はかなり深いところへ届いている。

3・世界を否定することも青春のエネルギー

冨田拓也も森川大和もほぼ同じ年齢。

何事も無きてのひらに雪苦しむ  冨田拓也

世界を全否定することも青春の特権である。「苦しむ」という擬人化がむしろおさない、ともいえるとしても。雪に例えたのは、後で述べるが、折口信夫の比喩に通じるものがある。冨田は、(それは、いつまで続くかわからないが)ディスコミュニケーションを自己表現の方法に選んでしまい、しかも、その時間の巡りを環にして自閉してしまったところが他の若者のポジティブに見える作風とは異質なのである。冨田の中心テーマは無であり、死である。ところが、ネガティブなテーマを主張するエネルギーの強さと過剰さは、まさにその年齢のものの生命力の発現である。ここが非常に自己矛盾しており苦しげである。しかし、その逡巡と葛藤によって。彼は、俳句の本質を摑んでいる。

4・定型詩のなかの詩情は「無内容」。雪のように溶ける。

ところで、『小澤實集』(邑書林)巻末に示唆的な文章を見つけた。

《折口信夫はその晩年の歌論のなかで、「無内容」こそが歌の思想であると説いた。その美しさを雪に例えて「その手を握って、きゆつと握りしめると、水になって手の股から消えてしまふ」これが短歌における詩であると言う。(俳句と近代詩)。この美しい比喩は、最良の俳句においても通用しよう。》

引用は 小澤實「俳句は謙虚な詩である・俳句個性考」、同句集巻末散文)

ふはふはのふくろふの子のふかれをり 

   小澤實句集『砧』一九八六年・牧羊社刊

 出典は邑書林収録版による。

小澤實は、折口信夫のこの文章に触れながら、個性や作者名が不必要になる最良の俳句(詩)の思いを馳せる。故藤田湘子の「鷹」」を経て現在「澤」主宰。俳諧的俳句をなす斬新なホープと言えよう。句は作者二十代の作だろう。規矩正しくまた斬新なまとめ方である。小澤の関心もひとつ的を射ている。

青春の関心は自己のアイデンティティ(個性)の探索が大きなテーマとなりがちなのであるが、その「個性」重視の渦の中で、俳諧の無の精神を再現することも、俳句が訊ねようとする時代の新しさなのだ、というべきである。折口信夫の「雪」は無内容の詩の象徴、かたや、わが冨田拓也のからっぽの「てのひら」で溶けもあえずに「苦しんで」いる「雪」でもある。かれらの「雪」は古代からの「雪月花」への美意識も呼び起こし引き連れて現在に至っている。冨田自身のも、若い新人にしてすでに老成した古典主義者の風貌を抱え込んでいる。

現代の俳句は根本で已に「新旧」のさまざまな要素の枝葉がからみあって錯綜している。新しさも様々な意匠を持つ、自分の感受性の実感から、それをわかってゆかねばならない。(了)

  (筆者註。掲載文とちがうところ―誤字訂正。小澤實についての部分を多少詳しく付加。)

C 新稿現在の位置から 

【補注・森川大和句集『ヤマト19』紹介】堀本 吟 以降は次号に続く。

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2 件のコメント:

冨田拓也 さんのコメント...

堀本吟様

コメントしようと思っていたのですが、土曜日になってしまい申し訳ございません。

久しぶりに堀本さんのかつての文章を再読して私としてもなかなか感慨深いものがありました。

堀本さんの私の作品に対する「無」という評言は、関さんの「この世への不時着のために」という文章と併せて読むと相当面白いかもしれませんね。

森川さんは教師になられたというお話を聞いたことがあります。あまりよく知らないのですが、俳句は続けておられるなら「いつき組」かな、とも。

では、次回の内容を楽しみにいたしております。

さんのコメント...

富田さん。作品論、作家論、世代論、がぜんぶ一緒に語られなければならないのが、未来人とかゼロ年代といわれる人たちの俳句のむずかしいところでしょう。
それから、いま、これはこうだと断定したことは数年先には、修正をやむなく、ということもかんがえられます。
でも、それが、「現在」ということですから、まあ、しかたがありませんね。

富田さんの、書きたいことが、「無」であるとはおもいません。自我がないというのも個人として貴方に字が吾gない、ということではないので其処は、ゴア期されないようにいわねばと思っています。
 どうもご丁寧な反応を有りがとうございました。