2010年2月6日土曜日

閑中俳句日記(23) 山田耕司句集

閑中俳句日記(23)
山田耕司句集『大風呂敷』


                       ・・・ 関 悦史


先日、句会というものに初めて出席した。知人たちとのごく内輪な集まりとしてはやったことがあるが、いわゆる俳人たちとの句会というものは私は今回が初めてなのだ。

参加者は越智友亮、相子智恵、鴇田智哉、外山一機、中村安伸、榮猿丸の各氏と私の計7名で、それに神野紗希氏が欠席投句。

越智氏が新撰21竟宴の会場で収録作家たちに声をかけて立ち上げた句会で今回が第1回。「ゼロの会」と名が付いた。これも越智氏の命名である。別に『新撰21』参加者限定の句会ではなく、若い作家に声をかけようにもどこに誰がいるのか見当がつかない状態だったところへあの本が出たので、まずそれを手がかりに声をかけたということだそうで、今後も隔月くらいで参加者を拡充しつつ継続されていく模様。

句会当日の模様に関しては他に書かれる予定があるようなのでそちらに譲り、山田耕司氏から句集『大風呂敷』を頂いたので今回はそこから句をいくつか紹介する。

山田氏は67年生まれで実年齢こそ私と2つしか違わないのだが、登場が早く、世代としてはかなり上のような印象。

83年桐生高校在学中に林桂氏(林政美教諭)、85年明大在学中に澤好摩氏と出会い、「未定」に参加、90年に「未定」退会の後、91年「円錐」創刊に参加。その直後から長いブランクを挟んで2002年「円錐」に復帰という略歴が句集に付されている。今回の『大風呂敷』が第一句集となるらしい。

送られてきたときは句集が唐草模様の包装紙にくるまれており、それが「大風呂敷」と文字の入ったシールで止めてあるという凝りようで、毛筆の手紙もまことに達筆、今泉康弘氏の解説によると料理にも堪能らしい。

こういった文人趣味的な志向から発する風格といったもの、やはり活動開始の早かった高山れおな氏や五島高資氏からも感じさせられることがあるのだが、実年齢だけではわりきれないこうした雰囲気の違いは、メディアやツールの発展・普及史と関わっているとも考えられる。

私(69年生まれ)が高校生の頃、つまり80年代後半頃にワープロ(パソコン用のワープロソフトではなく、ワープロ専用機)が普及し、それ以前は手書きやガリ版の私的な文字と印刷媒体を通過して書物となった活字との間には絶対的な径庭があったのが、突如私的な作文が活字の美しさをもって易々と目の前に現れる時代となった。さらに95年以降、インターネット普及後となると文字だけの問題ではなく、それを不特定多数に見せるということも極めて容易となり、私などはそうなってしまってから書いたものを公表する機会がなし崩しに増えていったのだが、それ以前に文筆活動を始めた人たちにとって、私的な手書き文字の領域から、活字でリアライズされた公的な文学世界への参入は崖の上へ登るようなポテンシャルを必要とするものだったのではないか。卒論を書くのにインターネットが利用できた世代(70年代中盤生まれ以降辺りになるか)とはメディア的な土台が異なるのだ。メディアに限らず、思想状況も景気もバブル崩壊以前と以後では大きく異なるのだが、そうした中でごく若い頃から活動を始めた山田氏の句は半ば当然のごとく表現意欲があらわで、場合によっては高踏的でもあり、実年齢の近い者としては懐かしさを感じる。

空は晴れて自転車を磨く布はないのだ

あっけらかんとした明るさの中で、どこにも出発できない宙吊り状態に立ち尽くした、開放なき開放感。「布」の不在が個人的な喪失感や感傷へと陥らずに済んでいるのは、「空は晴れて」と「~のだ」の断定が世界の側からの批評性を取り込んでいるためである。磨けずにいる句としては《勲章を磨かず納屋の宇宙論》というのもあり、やはり納屋にこもる不動性がそのまま国家(「勲章」)に距離を置きつつ宇宙に開けている。「空は晴れて」の空は、数々の文章に書き残された敗戦の日の空の、現在におけるリメイクといった雰囲気をもたたえている。

朝刊にはさまれ来るは母の櫛

消息不明となった母の遺品が、母を消す因となった社会的な凶事の知らせとともに舞い込んだような何とも不吉な世界だが、ここでの「母」は語り手個人に食い入ったものとか、家庭に侵入してその平穏を奪う時代状況というよりは、寺山修司的な仮構を引き寄せるためのコードと化している印象。「櫛」の冷たい物質感が句を支えている。《隅田川語り出すものみな弱し》なども、狂女ものの能「隅田川」を含意しているととれば不吉な母の句。

記憶では犬に食はるる女かな

同じシーンを既に見ているという既視感の句で、映画や何かの中の話ともタイムスリップや未来予知ともつかない虚実のはざまで不安、不穏さを捉えている。語り手は傍観しているのみだが、これは女への冷淡というよりも、手の出しようもない大きな状況の中での意識の解離状態を思わせる。

少年兵追ひつめられてパンツ脱ぐ

リアルな戦場の惨禍というよりも、恐怖とエロスの裏打ちを伴った舞台上の諧謔といった風情の愛嬌のある句ととった。《春愁のいもむし二匹抱きあへり》なども不気味で愛らしい。

吹かれ来て蝶に見知らぬ山河かな

アングラ文化に通じる仮構性の強い句集で、設えられた世界観の底に早々につきあたり、こちらが阻隔を感じるところもあるが、この句などは仮構世界の輪郭がぴったり外界に重なり合っているがゆえに蝶のよるべなさにすんなり読者が同化できてしまうといったところがあり、感情移入を誘う「蝶」と仮構の「山河」とが騙し絵的にリアルなものに触れているところがボルヘスの一分の一の地図のようで面白い。

『大風呂敷』には《百日紅撃たれて死するとは堕落》なる句も収録されているが、「撃たれて死する」あからさまな反世界の身振りは、現在では文字通りの「堕落」にしか行き着かない可能性がある。その意味で、この句の「堕落」が文学趣味的でパセティークな自己肯定に見えかねないところは気にかかる。

以下、文中で触れなかった句をまとめて引く。

我死して蝉が語り出す真実
友逝きぬ繁分数を知らぬまま
海上に虹 紙風船に父の息
霧は霧に飲まれ ゆぶねの母は鱶
打楽器に連れ去られたる父・父・父
馬と陛下映画の夏を通過せり
麦は波はじめてタバコ吸ひし日の
野球帽置きて廊下をさびしうす
木と生まれ俎板となる地獄かな
手拍子に何も出てこぬ春の山
幕末の話すぐ果て白浴衣
わが恋の臍であぢはふ青畳
海峡のかなたこなたのかき氷
はだか火は分けてはだか火寒すばる
箸を逃げ骨に春昼あかるけれ
御不浄の深さの春を跨ぎけり


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