2009年11月15日日曜日

【落人の会】合評ノオト

【落人の会】合評ノオト

                   ・・・堺谷真人、岡村知昭

さざ浪や志賀の都はあれにしを昔ながらの山桜かな

『千載集』春歌の部に「故郷花といへる心をよみ侍りける、読人しらず」として見える歌。薩摩守忠度が都落ちに際し、将来、勅撰集編纂の沙汰があれば一首なりとも入集させてほしいと俊成卿に託した百余首のひとつ。源平の争乱が終わり、世の静まったとき、俊成卿は忠度の悲願に応えたいと思った。が、勅勘を蒙り朝敵となった人の歌を、インペリアル・アンソロジーにクレジット入りで載せるわけにはゆかない。かくて、冒頭の歌はよみびとしらずとして後世に伝わることとなった。
・・・という『平家物語』の挿話とは全く関係ないが、第27回現代俳句新人賞で落選した応募作品の合評会を、過日、大阪で開催した。名づけて「落人の会」。
入選作品以外の句を読んでみたいという素朴な好奇心から発した試みに、落人(落選者)4名と介錯人(解釈人)4名が参集。応募作品1篇(30句)から3句づつを選び、句会の選評の要領でコメントを述べあった。以下は、当日の発言の抜粋である。
なお、発言内容の公表については事前に発言者の許諾を得ているが、記述の煩を避け、すべて匿名とさせて頂く。ご諒察を願いたい。また、字句・表現は、あくまでも記録者(堺谷・岡村)のメモと記憶に基づくものであることを予めお断りしておく。

■日 時 平成21年10月31日(土)午後1時~5時

■会 場 大阪市北区中津 カフェ「ピエロハーバー」

■テキスト 第27回現代俳句新人賞応募作品4篇

「党員未満」「ひとしずく」「金塊」「水は水に」各30句。


●岡村知昭「党員未満」より

雪晴れを言われたくなし大鳥居

(この句がなぜ30句の冒頭なのか分からない/鳥居が全体の導入部?)

建国日こむらがえりの酸っぱいよ

(「建国日」を自分の体にひきつけて詠んでいる/空間性が面白い/筋肉の感覚(こむらがえり)と味覚(酸っぱい)との混乱具合がうまい/「建国日」へのアイロニーとするなら古い)

マフラーの粗さよ十五歳未満

(「十五歳」の設定に異性への意識と失敗の機微と青春性/かっこよく見せようと安っぽいマフラーを巻く少年の姿に実感/手編みの編み目の粗いマフラーともとれる/読者として感情移入しやすい/30句全体のなかで異質。連作の一部としては周りから浮いている/置き場所が疑問。冒頭に持ってきてもよかったのでは?/ほかの句と違ってストレートに書いている/黒や灰色のモノトーンにあしらわれた明るい挿し色のような効果を狙ったか?)

風まみれ紐まみれなる御真影

(一句にイデオロギーの切実さが読めない/直接的に読もうとするのではなく「御真影」を背景にとどめようとしている/言葉のとらえなおしを通じて、一句のバランスが取れている。完成度は高い/イメージと意味の間で二重構造になっていることで、風刺にもそうでないようにも読めるようになっている/思い入れを感じられるかどうかで評価が変わる/歴史的存在としての君主への風当たりや立場上の束縛のメタファーか?)

迂回路の土筆はつくし摘みにけり

(状況の描き方がきれいで、一番よかった/リフレインを使いつつ「土筆」「つくし」の違いを出している/通勤途上に見るのは「土筆」。休日の散歩中、摘みたくなるのが平仮名の「つくし」)

春光の国の殺菌はかどらぬ

(春光と殺菌、一見すると対照的のように見せながら実は繫がっていて、光を感じる/「春光」の明るさと「殺菌」の皮肉/「春光」は季語として「春光や」とはっきり切ったほうがよかった/殺菌に日光を配したところ芸が効いている/春光は、だと川柳的になる)

失業や包みひらけば桜餅

(やさしさを感じる一句)

晩鐘よ即戦力のはなびらよ

(厳しい一句。「即戦力」に今の若い人の姿が浮かんで、かわいそう・・・/晩鐘は衰亡する日本への弔鐘。即戦力の名の下に使い捨てられる人々の姿)

間道へこでまりほどの国産むや

(こでまりほどの「国」が神話的な面白さを持っている/ささやかな、物語的な国/こでまりと「国」との結びつきがいい。間道も効いている/30句全体に漂う「未満感」がこの句では合っている/きちんと景が押さえてある感じがいい/諷刺を抑え、反体制を抒情的に表現/「社会諷詠」的な書き方、そのなかに屈折が出ている)

前世は党員たんぽぽの熟す

(「熟す」がよかった、革命や決起のイメージだろうか/たんぽぽの綿毛と飛び立つものとのイメージは重なりそう/対象に対する角度の違いから面白さが来ているのでは)

浜風や伏字にぎわう車掌伝

(一番わかりにくく書かれているのが、逆に楽しい/なにかが隠されていそうだが、ここまで隠すと一句が独立する)

神兵に水筒ありや麦の秋

(句の形としてはいい典型。「麦の秋」が効いている/広大な大地をずっとひたすらに歩き続けなくてはならないやるせなさが溢れている)

よくねむり恩給入りの茶封筒

(わびしさが感じられる/「よくねむり」といいながら、いくら眠っても疲れが取れないような雰囲気/逆に恩給をもらって悠々自適の生活か?)


●小林かんな「ひとしずく」より

凧上がる恋とはこんなものかしら

(風をとらえてするすると揚がってゆく凧。個人の意志や努力を越えて進展する事態への驚き/恋の昂ぶりとともに、落ちてゆく姿までが遠くに見える句)

光へと押し出されきて寒卵

(寒卵が生まれる瞬間を詠んだのは珍しいのではないか/シンプルな書き振りが良かった、生き生きしている/シンプルさに物足りなさも感じる/「押し出されきて」に違和感が残った/卵と光とはイメージが合いすぎるのではないか?/工場のような雰囲気、インフルエンザワクチンの製造ラインが浮かんだ)

ペンペン草有給休暇余りたる

(せっかく取得した有給休暇の時間を持て余している/忙しくて年次有給休暇が消化できない)

囀りや自転車ふくらんで曲がる

(自転車が軽やかにカーブを曲がる様子がよくわかる/一句が楽しく弾んでいる、浮遊感がある/捉え方が動態的。千鳥文様が実際の千鳥より膨らんで見えるのと同じ/「囀り」が効いている/自転車が速度を出し過ぎて、勢い余って「ふくらむ」のでは?)

菠薐草翡翠色なる水残る

(菠薐草、翡翠色と続く漢字の並びが視覚的効果を挙げている)

そのなかに静かな一樹花吹雪

(花吹雪の中、しずかにすっと立っている樹の姿が浮かんだ/一樹は桜ではない樹かもしれない)

引き出しを順に引き出し春深し

(リフレインが心地いい感じ/探し物があるのに引き出しを順番に開けるところに物憂げな雰囲気がある/「春深し」が利いている)

麦の秋サンドイッチのなれ具合

(「なれ具合」に男女の関係のありようが見えて、ストーリー性が出てくる)

青みどろ暗がりにある消防車

(「青みどろ」と「暗がり」は近い/駄目押しが効果を分けそう/下五「消防車」はなかなかいい)

マンボウのように日傘の傾いて

(直喩が利き、動きが入っていきいきしている/傘の存在感・生命力/すっと一句に入り込むことができた。余裕のある情景/マンボウの雰囲気が日傘の人とよく合っている/「ように」はどこにかかる?→「傾いて」でしょう/比喩に納得するかしないかにかかっている一句/かなり飛距離のある比喩/当たり前すぎないかと思っていました・・・作者弁)

大根も高速道路流れたり

(虚子の「大根の葉」の句を思い出す/高速道路を大根そのものが流れるとの見立てか/「高速道路が豪雨で流され、大根も一緒に流れた」という読みはやはり無理か・・・)

大河ドラマ蜜柑の皮の散り散りに

(「大河ドラマ」もいよいよ終盤、手元もおろそかにテレビに見入っているという家庭の情景/蜜柑の皮を剥く動作の面白さ、小さな物語の発見がある)

白鳥のように食器をひいてゆく

(比喩の意外性が大きい。「ように」は白鳥か自分自身か?/「ひいてゆく」で誰かの姿が浮かんできそう/省略は大きいが、自然にできている句/冒頭の「凧」の垂直移動に対して末尾の「食器」は水平移動で、首尾照応している)


●堺谷真人「金 塊」より

春風にめくれて民事訴訟法

(民事訴訟法という観念を言いながら、リアリティや実体を感じさせる「詐術」/なぜ春風か納得できない/一句に技術を感じる/なぜ「春風」なのかが納得できなかった。面白がりで終わったのでは?/自分なりの川柳的なアプローチ。季語の本意を逸脱してみたかった・・・作者弁)

咲き満ちて百のカメラの上にあり

(「咲き満ちて」とは桜だろうか、「桜」と言わずに暗示にとどめるのはうまい。桜とカメラの位置関係が今ひとつわかりにくいのが不思議さを出している/桜の風景が複雑になり、さらに増幅されている。省略がいい/撮影する百のカメラに対する桜の優位がはっきりとわかる/虚子「咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり」のイメージを土台に、桜の周りにひしめくカメラマンの群れの実景からできた一句。桜が持つ抗いがたい魅力を詠みたかった・・・作者弁)

春の土はるかより雨はじまりぬ

(「はるかより」とは景の捉え方が非常に大きい/春の土の匂いが鼻に訴えてくる。はるか遠くで降り始めた雨、今ここではまだ降っていない雨を感じ取る繊細さ/自分が春の土とすでに一体化し、遠方の雨を感じている/春、はるか、雨、はじまり、という頭韻(ha・ha・a・ha)の踏み方が巧い)

楠若葉雨後の鉄棒にほひけり

(手法は真っ当。従来の表現の枠内で新しい発見。鉄棒の匂いに好感を持った/上五は疑問。鉄棒よりも楠若葉という強い言葉に目が行ってしまう)

背伸びしてこの世を覗くまむし草

(この世を覗くまむし草はこの世ならぬ異界のもの。異界からの視線を感じている作者)

脳幹に白藤通す遊びかな

(訴える力に溢れた一句。人体に花を持ち込むイメージはすっきり鮮やかで果断。脳幹中枢に何かが通っている感覚がいい。しかし、「遊びかな」は類型化し過ぎ。根源俳句だと中七までしか言わないだろう/中七まではいいが、下五の「遊びかな」はいらない。類型がありそうで、逃げを感じた)

某子爵旧蔵といふ黴の花

(ものものしく大きく出て、最後は卑小な黴に落とすところに、ユーモアと皮肉、滑稽を感じた)

泳ぎ疲れて金塊を手放しぬ

(一見、寓話・教訓風だが、金塊が沈んでゆく感覚がリアル。一句から立ち上がる物語性と情景の交わり方ががスリリング/一行の散文として読める。泳ぐは夏季だが、これは俳句か? 単純なメタファーとして読めそうで読みきれない/不思議さに溢れた、あっぱれな句。こんなシチュエーションを考え出した想像力には呆気にとられた/作者には寄物陳思(物に寄せて思ひを陳ぶ)という傾向がある/歴史小説的な虚構の部分、フィクションとしては作りすぎ/一番大切なものを捨てないと生き残れない極限状況。速度と重量のある喪失感のクオリアを詠みたかった・・・作者弁)

鱗なき身をよこざまに日焼かな

(よこざまに、が良い)

白蟻のごとく神官騒ぎだす

(比喩が巧い。柱を食い荒らし、遂には倒してしまう白蟻/フィクションとして一つの世界を作り上げている。蕪村「鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分哉」を連想)

碧眼の兵碧眼の蠅を打つ

(碧眼の兵だから蠅も碧眼に見えて打ってしまった?/古代ローマ帝国の兵士のようでかっこいい)

酔芙蓉影よりも人淡かりき

(巧い句)

櫂そろへ急ぐ色なき風の中

(最初、急ぐ気色がない=遅いボートと読んでしまった。淀川などでよく見かける光景だが、よく書けている)

鰭酒をこぼし琥珀のループタイ

(冴えないおっさんの句だが、琥珀は綺麗だし、鰭酒はおいしそう/今ひとつさえない男性のループタイ姿が浮かんだ)


●中村安伸「水は水に」より

水は水に欲情したる涼しさよ

(30句のはじまりとして戦略的に冒頭に置かれた句。30句の構成としてよく練られている/冒頭に据え、タイトルにしたのはインパクトあり/鮭の群れが発情しながら繁殖のために生まれた川を溯行するイメージ/「水は水に欲情」との表現が正確/「涼しさよ」が浮かんだときはやったと思った・・・作者弁)

秋雨の空母は誰が妻ならむ

(空「母」というからには女性、ならば夫は誰だろうという発想が秀逸)

この穴を所有してゐる天の蝉

(蝉の穴の所有を天地のあわいから見たのは面白い/蝉の穴は一度出て行ったら二度と使われない、だから天上の蝉のものでもある/穴=無が所有物であるという奇妙さ)

いなづまの刺青を負ふ人魚姫

(良いフィクション。「負ふ」がよかった/「負ふ」のは「傷を負ふ」ようなニュアンスか、もしくは荷物のように身体に載せるニュアンスか?/白い肌に稲妻が鮮やかに映っている)

時を告げさうな沼なり秋彼岸

(沼は俳句によく使われるが、「時を告げさうな」という見方は相当にいい/よくありそうな設定ながら、うまくできている/何の時を告げるのかが気になる。救世主降臨の時、使命自覚の時、最期の時・・・/「秋彼岸」が説明的になったのではないか)

ひとりだけ菌のやうに白く居り

(孤絶感にあふれ、共感できる。「菌」がよく引き出している/ほかの人のこと?→自分でもいいしほかの人でもいい/「白」のせいかあまりネガティブさを感じない、薄く光が当たっているような感覚がある)

冬薔薇小学校が捨ててある

(「小学校」とはすでに自分とは縁のなくなった空間、記憶も失われがちになるが、一句から思い出せずに忘れられた記憶がリアルに呼び起こされた/「捨ててある」の素っ気なさで選んだ/会社の近くに廃校後20年以上取り壊されずに残る小学校の校舎がある。消えてこそいないが、無用の存在として捨てられている)

ネクタイに奔馬閉ぢ込め冬青空

(「奔馬」が生きている。ネクタイの存在で日常生活と繋がった/「冬青空」で一句が生きた/奔放不羈な性格をもつ男が冬空のもとを行く。ネクタイで緊縛されてこそいるが、奔馬のような性情はなお健在/下五がどうかと思いつつも、それを問わないぐらいのかっこよさがあり、詩的/ありがちな感じも残る)

飴色の筮具が遺品竹の秋

(故人が長年使い込んで飴色となった筮竹。多くの依頼人の悩みや迷いと付き合い続けた歳月がつまっている/筮竹と「竹の秋」は少し着きすぎの感も)

春浅き果実は炭に祖父は灰に

(祖父が亡くなった際の実景・・・作者弁)

風船に尻載せてゐる少女歌手

(「少女歌手」へのエロティックな視線がなんとも・・・)

地球儀の前で下着を脱ぐ虚子忌

(「虚子忌」の使い方にダイナミックさがあって面白い/地球規模の野望の大きさと自分の肉体や動作の卑小さとの対比/チャップリン『独裁者』のワンシーン、地球儀の風船と戯れるアデノイド・ヒンケル総統の姿がだぶった/「虚子忌」の使い方が矢印みたい。「ここに注目!」)


●岡村、堺谷、中村の各作品は「週刊俳句」に掲載の「落選展」を参照。

岡村知昭「党員未満」全三十句

堺谷真人「金 塊」全三十句

中村安伸「水は水に」全三十句


●小林かんな「ひとしずく」全三十句

凧上がる恋とはこんなものかしら
光へと押し出されきて寒卵
バレンタインデーや日向の引込線
ペンペン草有給休暇余りたる
囀りや自転車ふくらんで曲がる
蜃気楼鳥籠高く吊るしある
菠薐草翡翠色なる水残る
そのなかに静かな一樹花吹雪
引き出しを順に引き出し春深し
麦の秋サンドイッチのなれ具合
蚊を打って肉親の血のにじみけり
青みどろ暗がりにある消防車
風あれば帆をすべて上げ立浪草
夜濯やTシャツに英雄の貌
マンボウのように日傘の傾いて
三振の涼しき音と思いけり
銀紙に魚つつみ込む晩夏かな
鳥渡る浄水器よりひとしずく
桃の皿喪主は喪服のままに坐し
尾の長き携帯電話天の川
コンビニのおにぎりふたつ初時雨
紅葉かつ散りぬ月極駐車場
大根も高速道路流れたり
ステップというラグビーの奔流を
大河ドラマ蜜柑の皮の散り散りに
湯冷めしていると言われるまで知らず
水鳥よ缶珈琲の冷めゆく間
針箱に綺羅のこみ合う寒夜かな
テレビより勝利演説布団叩く
白鳥のように食器をひいてゆく


1 件のコメント:

さんのコメント...

傍聴させていただき有り難う。匿名の中のどこかで私も発言しています。

 これは、ひとつの新しいスタイルのライブ
句会だったとおもいます。

パラパラとなら時には拝見していますが、まとまって30句というのは、熱もはいっているし、ああ、彼は(彼女は)こういうテーマで、こういう方法意識なのか、ということがあらためてよくわかってきます。

 自作をとことん検証し、他にも示して利用しつくす姿勢は、スポーツ精神にも似ていて、その闊達な覇気が楽しかったです。
 貰ったタイトルは大事にすべきですが、取りのがしたからといって、キューキューしてないところが気持ちよかったです。

 この方々が、来年度には、また一歩進んだ境地を示して、所属団体のみならず「何処かの賞」の選者諸氏にみとめられるように、願っています。