2008年9月27日土曜日

切れ味すごき夜を歩く 追悼・長岡裕一郎・・・高山れおな

切れ味すごき夜を歩く 追悼・長岡裕一郎

                         ・・・高山れおな

あれはいつだったろう、大井恒行がぽつりと「長岡裕一郎は自分に才能があるのが全くわかってないからな」と、そんな意味のことを言った。長岡が一向に句集を纏めようとしないことが「豈」の歌舞伎町句会か何かの席上で話題になった、その流れではなかったかと思う。長く俳句をやっていても句集を出すことに積極的でない人は珍しくないが、長岡の場合、その才華のきらきらしさゆえに、句集の無いことがむしろ異様に見えたし、大井のような古くからの友人には歯がゆくもあっただろう。それからしばらくした二〇〇四年、「―俳句空間―豈」第三十九号において「長岡裕一郎 誌上句集三百句」が編まれた。結局これが、長岡の生前唯一の“句集”となった。

他人の本のためには何点もの装画を描いてやり、宮入聖の句集『夏霊』(一九八四年 冬青社)の版下書きまでしていながら、長岡はなぜ自分の句集に限っては出版をおくびにも出さなかったのか。まず、端的に金が無かったということはあるだろう。金があれば飲んでしまう人だった。金以上に自己顕示欲が無かったということもある。ただし、自分の表現に自信が無かったり、愛着が無かったりしたわけではない。故人の胸のうちを忖度できるほど評者の長岡とのつきあいは深くはないが、それでも句座を同じうした数少ない機会に受けた印象では、長岡はこと俳句に関しては堂々と自信に満ちて振舞っていたし、成績だってよかったはずだ。また、〈門松の切れ味すごき夜を歩く〉が、「俳句研究」誌上で加藤郁乎による一九九四年の年間秀句ベスト5に選ばれた際にも素直に喜んでいたと記憶する。

長岡が肝硬変によって亡くなったのは今春四月三十日。一九五四年生まれ、享年五十三。年頭に体調を崩し、入院して腹水を取った後、自宅に戻っていたが、二ヶ月程してまた調子が悪くなりそのまま逝った。電話で「体が動かなくなった」と告げられた中学以来の親友が心配になって様子を見に行き、亡くなっているのを発見したらしい。きわめて早熟で、ごく若くして表現スタイルを打ち立ててしまってからは、右顧左眄することなく自分の流儀を押し通した。俳句を愛していただろうが、それ以上に酒を愛した人だった。褒められれば喜んだものの、みずから評価を求めて動くことはなかった。所属誌は、「―俳句空間―豈」と「円錐」である。

もしかすると長岡は、俳句界でよりも短歌界での方が名を知られているのかもしれない。当ブログ前号で冨田拓也も言及している三一書房の『現代短歌大系』(全十二巻)は、齋藤茂吉・釈迢空・会津八一(第一巻)にはじまり、当時の若手である春日井健や佐々木幸綱(第九巻)までを網羅したアンソロジーであるが、刊行を機に「現代短歌大系新人賞」が公募され、一九七三年六月発行の第十一巻に入選作品が発表された。中井英夫・塚本邦雄・大岡信という選考委員の顔ぶれの魅力もあり、二十歳前後のとびきり若い作者たちの秀作が多く寄せられたことで一種伝説化した企画である。

長岡はこの時、「思春期絵画展」五十首を以って、「イカルス志願」の藤川高志と共に次席となっている。入賞は「七竃」の石井辰彦。石井が歌歴一年の二十歳、長岡と藤川が歌歴なしの十八歳である。先日ひらかれた「偲ぶ会」(注参照)には、石井も顔を見せた。挨拶に立った石井は、その前日に穂村弘と会った際、長岡の話になったこと、『シンジケート』(一九八九年 沖積舎)の歌人が、自分は「思春期絵画展」の中にある、

ギリシャ悲劇の野外劇場雨となり美男美女美女美女美男たち

という歌を読んだことで短歌に入ったと述懐していた旨を語った。長岡は、同じ年のうちに設置された「俳句研究」の五十句競作にも応募、数年後には短歌を廃して専ら俳句にたずさわることになるのだが、石井は長岡の抒情はほんらい俳句よりも短歌に向いていたのでは、と指摘する。俳人が多い席だったこともあって石井はこれを遠慮がちに述べたのだが、おなじく挨拶に立った仁平勝は、どう考えても短歌の方が向いていたはずだと、より強い調子の意見を述べた。これから、長岡の短歌・俳句若干を見てゆくが、石井および仁平の発言の至当なるや否やをご確認いただきたい。まずは短歌、「思春期絵画展」五十首。四章に分かたれた各章のタイトルを掲げ、おのおのから二首ずつを引いてみた。なお、長岡の作品として最も世に知られた前出のギリシャ悲劇の歌は「秘密の革命」の章に入っている。

実験室の遊戯
二股の音叉幾度も耳につけ少女笑える理科室地獄
遠き空より磁気嵐ありて降り来たる解読不能の宇宙ロマンス

思春期絵画展
ビアズレイ夭逝の後に緻密に巻ける陰毛は悲し妖艶サロメ
ポルト=リガトにて眠りたるダリの時計風媒花には無風の時を

秘密の革命
オレンジの果肉散りたるシャーベット夕映えアルプス転落事故死
このラベルの採集月日にわれといたり夏型の紋をまといし君は

「不思議の国のアリス」演技
アリス眠れゆるやかに続く丘の上……猫と蝙蝠、蝙蝠と猫
 
⇒下句「キヤツト・エン・バツ バツト・エン・キャツ」とルビ
毒キノコあまた生えたる森をゆく伸縮自在のアリスは悲し


長岡は東京都立小松川高等学校を卒業後、二浪して東京藝術大学油絵科に入学している。なるほどこれらの歌は素材の選択の点で、芸大をめざす十八歳の浪人生にふさわしすぎるほどふさわしいものだ。その意味ではなんら驚くところはないのだが、言葉を客観化して使用する力量たるやこれがほとんどはじめての作歌とは信じ難いほどだ。

一首目、下句の「少女笑える理科室地獄」はストレートに思春期のリビドーをぶつけたようなナマな表現であるが、一方、上句では「二股の音叉幾度も耳につけ」と、過不足の無い描写がなされている。それはいかにも放課後の高校でくりひろげられていそうな光景であると共に、「二股」とか「耳につけ」といった細部の物質感によって一首の主題が加速されてもいる。二首目は、深夜ラジオでも聞いているのだろうか。電波がうまく入らず、スピーカーからザーザーキーキー漏れてくる雑音を、「解読不能の宇宙ロマンス」と興じる奇想が鮮やかだ。石井・仁平の言葉はそれとして、この当意即妙のイロニーと「宇宙ロマンス」という圧縮語法の巧みさは、この少年がやがて俳句に惹かれてゆく根拠を示しているようにも思える。同じことはさらに五首目にも言えるかもしれない。この歌はあきらかに、

突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼

という『日本人霊歌』(一九五八年 四季書房)所収の塚本邦雄の高名歌を下敷きにしている。三島由紀夫をして塚本氏の短歌は立体であると言わしめたこの種の二物衝撃風の構成は、よく知られているように塚本が俳句から奪った富のひとつ。それにしても、風に割れる生卵を果肉入りのオレンジ・シャーベットが突き崩されるさまに置き換え、兵士の破裂する眼球を夕映えのアルプスでの滑落死に転じる手際はみごとと言わねばならない。山岳事故のニュースはもちろん珍しくないが、往時のベストセラーである井上靖の『氷壁』(一九五七年 新潮社)に想を得ているということもあり得るだろう。次の「夏型の紋をまといし君は」も心憎い。「君」が一緒に昆虫採集に出かけた少女(あるいは少年)とも、とらえた夏蝶そのものとも受け取れるような、意図的に錯綜した表現がなされており、過ぎ去った夏の一日が夢うつつの甘美さのうちに浮かび上がる。

「『不思議の国のアリス』演技」十首は、声調の伸びやかさの点で最も短歌らしい短歌となっている。掲出した二首の他に、〈ひそやかに「アリス演技」を続けたり荒唐無稽をその聖書とし〉という歌もあって、下句の表現は熟さないと思うが、そもそもがフィクションの中の存在であるアリスを、「アリス演技」する存在であると捉える認識の鋭さはどうであろう。「キヤツト・エン・バツ バツト・エン・キャツ」のルビのように細部に凝りながらも、それが煩わしい印象を与えることなく、若い心の弾みをつたえてくる。アリス物のすぐれた詩篇を収める吉岡実の名詩集『サフラン摘み』(青土社)が出たのは一九七六年。長岡はそれに三年も先駆けていることになる。

現代短歌大系新人賞の上位三名の中で、藤川はあきらかに一段弱く、入賞は事実上、石井辰彦と長岡裕一郎の間で争われたと言ってよい。選考会の当初、満票を集めていたのは長岡の方だったのだが、石井に注目していなかった大岡が塚本・中井の説明を聞くうちに石井支持にまわり、石井の入賞が決まった。素材の華やかさや明快な結像力の点では勝っている長岡が、なぜ石井に一歩を譲ったか。それは長岡には短歌のリズムを必然化しきれていないところがあるのに対して、石井の「七竃」には短歌を書くという意識がすみずみまで浸透していたからで、わずか一年とはいえ歌歴の有無が最終的にはものを言ったことになろうか。

五十首全体のタイトルともなった「思春期絵画展」の章において、この時点での長岡の特徴が全開していることは、掲出した二首からだけでもわかるだろう。絢爛たる語彙をよどみなく使いこなし、細やかで的確なイメージの転調を重ねる一方で、五七五七七のリズムにはほとんど無頓着。この「恐ろしいような才能」(塚本邦雄の評言)は、主題解釈にも修辞にもいきなり熟達していたが、形式に対する姿勢はほとんど無防備に近いものだったかとも思える。しかしだからと言って、これらの歌の魅力を初発の輝きにのみ帰するわけにはいかないのは、長岡が青春のさなかにありながら青春を懐かしむかのような、たしかな視線を持ち得ているためだ。しかし、そんな見えすぎる視線は、あるいは長岡にとって人生を生きづらいものにし、作家としては好ましからぬ無欲さを彼に強いた可能性もある。

現代短歌大系新人賞の盛況に触発された高柳重信は、自ら編集長を務める「俳句研究」誌上でも同様の新人発掘を試みんものと、先にも触れたように、早くも同年十一月号で「第一回五十句競作」を実現させた。短歌での成功の余勢を駆って長岡はこれにも応募。歌歴なしにつづく句歴なしの挑戦で佳作第一作に入り、誌上では三十句が披露された。その「花文字館――Mに」と題された一連から六句。

無影燈燃えぬ頬への花束よ
三つの針乱れる密室シンデレラ
熟睡やR別荘黴の花
捕虫網裏返し花を捨てるかな
リイダアの彼と彼女よつよき花
極寒の地渺渺と拡げる地図も花


タイトルを「花文字館」とするだけあって花の句が多い。といっても季語の花=桜ではない。献辞の「M」は、想像するに、当時好きだった少女のイニシャルといったところか。全体の雰囲気は、塚本邦雄よりも寺山修司との類縁を感じさせるように思う。

六句のうちではまず二句目のシンデレラの句が面白い。「思春期絵画展」と地つづきの巧緻なロマネスク。「みつのはり」「みだれる」「みっしつ」とミ音の頭韻の効果によって、裁縫仕事にいそしむ三人姉妹の互いに針を含んだ春情がやるせなくたちこめる。三句目は「R別荘」という言葉の持ち出し方が大胆。新人らしいと思う一方、ベテランの悠揚せまらぬ手つきを見るようでもある。なお、「R別荘」とはパウル・クレーの絵のタイトルだそうである。六句目は、アムンゼンやスコットといった極地探検の英雄の姿の幻視。強風に吹きあおられ、ばたばたとなびく地図を花と見立てる。六・九・五の字余りがもたらす焦慮に満ちたリズムが、内容によく対応している。まだ何もしていないという不安と、何でもできるという希望の間で刻々と揺れる十八歳の思いが、地図を拡げ進路を見定めようとする探検家たちへの賛歌のかたちを取った。

長岡が次に五十句競作に応募したのは、一九七六年、第四回の時。このたびは佳作第二席を得て、誌上には十五句を載せている。その「嫉妬(ジェラシー)書簡」の一連から四句。

抱ききれぬ樹のもと不意に眠くなる
木洩れ日の金貨われらを糶りおとし
けだものに生まれ瞼にさえ毳
  ⇒毳に「にこげ」とルビ
街路図はメロンの網となり五月

一句目。大樹の陰でやすらっているうちに眠くなったわけだが、どのように形容してもよいその樹を「抱ききれぬ」ものとして捉える、その唐突さに青春の肉体があらわだ。「不意に眠くなる」のも自分であって自分ではない、他者なる肉体である。二句目。地べたに、自分や連れ立つ人の手足に、木洩れ日がうつくしくゆらめいているのを撒き散らされた金貨に見立てる。金貨の縁によって「糶り」が呼び出されたわけだが、「われら」には少なくとも「木洩れ日の金貨」によって購われるだけの価値はあるのだ。現実の金は持たないながらの若さの誇りが、イロニッシュかつナルシスティックに歌いあげられている。三句目は犬でも猫でも(あるいは兎でもハムスターでも)よいが、柔毛という以上に柔毛に覆われた薄いまぶたの存在をも感じとってしまう、そんな生理の過敏さがいたいたしい。四句目。「となり」にちょっとつまずくが、要するに街路図はメロンの網のようであり、メロンの網は街路図のようだと言っているのだろう。他愛ない発見であるが、しかしむしろその他愛なさゆえの明るさこそが五月という季節にふさわしいのだ。

さて、ここで「偲ぶ会」の方へ話を戻す。石井・仁平の前、最初に挨拶した高橋龍が語ったのは、第一回五十句競作のあと増上寺前でひらかれた応募者の集いの思い出だった。高橋も長岡同様、澤好摩、攝津幸彦、宮入聖ら八人いた佳作第一席のうちのひとりだった。その席で、高柳重信が長岡少年に、高橋君の作品などどう思うかねと尋ねたところ、長岡は「そんなの関係ねえ」みたいな返事をしたらしい。年齢がだいぶ違うし(高橋は一九二九年生まれ)、まあ仕方がないだろうなと思った、とが高橋の三十五年後の回想である。もっともその後、ふたりは親しくなり、ある会合の帰り一緒に電車に乗ったところ、隣に座った長岡が高橋に寄りかかったまま寝入ってしまい、高橋は降りるに降りられずに何駅も乗り過ごしてしまった、などということもあった。同じようなことは加藤郁乎との間にもあって、詩人の魂を持った二人にもたれかかられた経験は、自分の生涯の小さな装飾にはなっているだろう、と高橋は話を結んだ。

評者は、長岡の恋愛沙汰のたぐいは噂や思い出話としても何ひとつ知らないが、彼がいわば兄貴分を欲する人だったという印象は持っている。高橋翁も、長岡は澤好摩の家来、それも家老とか用人ではなくて身分の低い槍持ちみたいなものだったと言っていた。仁平勝は、家来は家来だがかなり我が儘な家来で、澤にずいぶん迷惑をかけたのではないか、と引き取った。澤のほかでは、攝津幸彦もあきらかに長岡の兄貴分だった。長岡が、そうした人間関係もひとつの理由として、より適性のあった短歌ではなく俳句を取った可能性はあるのだろう。仕事上の達成の面からはその選択はマイナスだったかもしれないのだが、そこに長岡の救いがあったとすればもはや他人が口を挟める話ではなく、長岡は表現者としてそのような道を選んだのだとしか言いようがない。さて、ここからは、冒頭で触れた「長岡裕一郎 誌上句集三百句」を資料に、年代順に佳句を拾いながらエンディングへ近づいてゆきたいと思う。

落葉ふみたどる記憶のパピエ・コレ
惑星の轍の冴える舞踏会
待ちわびて名詞の性を復習うかな
  ⇒「復習」に「さら」とルビ
ゼフィルス種睫もふるわす空の婚

「俳句研究」一九七四年二月号掲載の「羽楔喪失」より。一句目の、「パピエ・コレ」は絵画技法の名前で、コラージュの一種。四句目、「ゼフィルス種」はしじみ蝶の仲間のこと。評者の好みはとりわけ豪華で無内容な二句目にある。甘い西洋趣味のように見えるが、舞踏会の踊り手たちを「惑星」に譬え、ダンスの軌跡を「轍」と表現して一気に言いおろすスピード感はすばらしい。

一行詩過る檸檬の外輪船  ⇒「過」に「よぎ」とルビ
野遊びの匙で抉れる春の野や

「季刊俳句」一九七四年六月号掲載の「赤色鱗粉図」より。二句目には、島津亮の名作〈怒らぬから青野でしめる友の首〉〈炎天へ真紅な國へ逃げころぶ〉の激情に通うものがあろうか。しかし、スプーンで土を掘る行為(あるいはそのような行為を取らせた感情)を、「抉る」という強い言葉で罰せずにはいられない気弱さでは、戯れにもせよ友の首をしめることはできないに違いない。

やわらかくきっぷちぎられ水族館
雨雨雨紫陽花舞踏譜蒐集家
消え残る靨よ月面紳士録
  ⇒「月面紳士録」に「ルナー・フーズ・フー」とルビ

「俳句研究」一九七五年二月号掲載の「夢織りびと」より。一、二句目は、平仮名と漢字、それぞれの文字面で遊んだ例。三句目の「靨」は「えくぼ」と読む。こうした男同士の愛を暗示する表現は、長岡に限らず藤原月彦などにも散見する。三島由紀夫や塚本邦雄、春日井健などの影響なのだろう。

きみはきのふここち裾濃に琥珀いろ
みづうみはみどりにふかし掬すれど
  ⇒「掬」に「きく」とルビ
吸殻の紅つまびらか李賀詩集

「俳句研究」一九七七年二月号掲載の「天鵞絨技法」より。この一連より用字が、歴史的仮名遣いに変わっている。この三句は、長岡のカラリストとしての力量をよく示しているだろう。一句目の「ここち」は心もち、わずかに、の意味。昨日の君は琥珀いろで、わずかに裾濃だったというのである。琥珀色のドレスを着ていたということでもよいが、むしろまったく抽象的感覚的に「きみ」を色彩に譬えたと読みたい。この句は、金子明彦の〈君はきのふ中原中也梢さみし〉を踏まえている。金子の句を採録する塚本邦雄の『百句燦燦』(講談社)が刊行されたのは一九七四年だから、長岡は当然それで読んだと思われる。三句目の李賀には、〈塞上の臙脂 夜紫凝る(サイジョウのエンジ ヤシ、こおる)〉といった詩句もあることとて、「吸殻の紅」のとりあわせはまことに気が利いている。

娼婦十六夜回転木馬鬱鬱と
酒沁みる椅子を乾す朝 旭楼
天鵞絨の火傷背にして夕陽楼


「現代俳句」一九七九年第五集掲載の「半妖精」より。娼婦や妓楼が登場するが、もちろん映画や小説に材を採っているのであり、堀井春一郎や星野石雀らのように実体験に基づいての作ではあるまい。それにしても達者だ。

蝋を剥ぎ蛾を掃き寄せて朝餉かな
勾玉は胎児のかたち秋高し
車座も少しかたむく春の丘


これらは一九八〇年代の作。長岡はここまで見てきたのでもわかる通り、季語の使用・不使用には頓着せず、有季の句でも季語に該当する語がたまたま使われているという感じが強かったが、この頃になると「秋扇」とか「秋高し」とか「秋澄む」といった、季語を季語と認識しての使用も増えてくる。一句目は、例えばお寺の住職なり寺男なりの一日のはじまりであろうか。客観的な叙述でありながら、行為の主体の顔を見せないことによって、妙に思わせぶりな物語的空間が生まれている。三句目の抑えたユーモアも、七〇年代の作品には見られなかったもの。

藤夜叉は
花夜叉に問ふ
瀧夜叉を


メルツィ君
繪は描くものだ
アネモニイ

鞘鳴と
鍔鳴汝れは
ばれりーな

⇒「鞘鳴」に「さやなり」、「鍔鳴」に「つばなり」とルビ

「豈」一九九九年春号に掲載の「瀧夜叉傳説」より。大岡頌司風の三行俳句の試みである。一句目の「瀧夜叉」は平将門の娘で、父の敗死後、復讐を誓って野に潜んだ。もちろん伝説上の人物である。「花夜叉」「藤夜叉」には典拠はなく、それらしい名をこしらえたのであろう。「問ふ」という動詞ひとつで、三人の妖しげなヒロインを関係づけるテクニシャンぶりがみどころ。二句目の「メルツィ君」は、レオナルド・ダ・ヴィンチ晩年の弟子である。「繪は描くものだ」と言っているのはだから、レオナルドということになる。

門松の切れ味すごき夜を歩く

「豈」一九九四年夏号に掲載の「海原の娘―シュペルヴィエル作に寄せて」より。すでに述べたように、加藤郁乎によってこの年のベスト5に挙げられた句。やはりこれが長岡生涯の秀逸ということになりそうだ。人通りの絶えた正月の深夜、酒臭い息を吐きながら蹌踉とゆく孤影。世間の慶びを象徴するめでたい事物が見せる鋭い切り口、見なくてもいいその切り口の無残を見てしまうのが長岡なのだろう。「偲ぶ会」が果てて後に流れて行った店で、山田耕司が今泉康弘に、「君が考える長岡裕一郎とは?」と尋ねると、今泉はひとこと「永遠の少年」と返した。門松一句は長岡が成熟してゆくべき方向を指し示す作であると共に、長岡がついに成熟を拒んだ理由をあかしだてる作でもあった。


注: 「長岡裕一郎さんを偲ぶ会」は、「―俳句空間―豈」「円錐」有志の発起により、二〇〇八年九月二十一日午後二時から四時半まで、アルカディア市ヶ谷の「阿蘇の間」でひらかれた。出席者は下記の通り(五十音順、★印は発起人)。なお、発起人のひとり大井恒行は都合により欠席した。司会進行は「円錐」の山田耕司が担当し、献杯の挨拶は筑紫磐井がおこなった。
五十嵐淳雄(芸大関係) 池田澄子 石井辰彦(歌人) 今泉康弘 岩本行雄(中学同窓・芸大関係) 恩田侑布子 川名つぎお 救仁郷由美子 栗林浩 小石川元 小湊こぎく 斎藤康子 坂間恒子 酒巻英一郎 佐藤榮市 ★澤好摩 澤敏明 志賀康 鹿又英一 須藤徹 攝津資子 妹尾健 高橋龍 高山れおな ★筑紫磐井 豊口陽子 中村安伸 中山美樹 ★仁平勝 ★橋本七尾子 早瀬恵子 福田葉子 藤原龍一郎 柳谷昌 山崎百花 山田耕司 大和まな 山本敏倖 横山康夫

-------------------------------------------------

■関連書籍を以下より購入できます。




9 件のコメント:

中村安伸 さんのコメント...

三つの針乱れる密室シンデレラ 裕一郎

は面白いですね。
集のタイトルにある"M"の字を三つ頭韻として重ねている。「三つの針」とはこのM字のことを指してもいるのでしょう。
れおなさんはこの針を縫い針ととっておられるようですね。それもありだと思いますが、わたしは時計の時針、分針、秒針を思いました。十二時に魔法が解けるというシンデレラからの連想です。

高山れおな さんのコメント...

中村安伸様

「三つの針」が時計の時針、分針、秒針ではないかというご意見、意表を突かれました。面白いですが、「乱れ」「密室」という条件からしてやはり裁縫針でよいのでしょう。かぼちゃの馬車で出かけた舞踏会は、お城の広間でひらかれるのですから、とりわけ「密室」が矛盾します。

文香 さんのコメント...

 「三つの針」ですが、私も安伸さんと同じく時計の針かと。12時に丁度3本の針が重なり、そこからまた離れ動き出すのを、「乱れ」てゆくように思いました。
 もちろん、裁縫針と考えても大変面白い句です。しかし私はれおなさんのように、この句のシンデレラのまわりに他の人物が居るように感じられないのです。密室に一人、待針でとめた布を縫針で延々縫い続ける狂気、というか。(<三つの針>→<密室>→<シンデレラ>という語の配置で、部屋に三人いるとすると、三人が使う三つの針のうち一つをシンデレラが使っているように考えにくい気がするのです。とすると、れおなさんの読みの中の姉二人とシンデレラの三姉妹という数詞「三」の必然性が薄らいでしまいます。)

>乱れ」「密室」という条件から
>かぼちゃの馬車で出かけた舞踏会は、お城の広間でひらかれるのですから、とりわけ「密室」が矛盾

 たしかに、『シンデレラ』という物語を考えるとそうなのです。しかし少女「シンデレラ」は、物語の筋を離れて、われわれの想像のどこにでも現れることができるはずです。その少女は言うまでもなく、『シンデレラ』物語を内包した「シンデレラ」です。<シンデレラ>という言葉が一句の中に置かれたとき、そこから<かぼちゃ>、<継母>、<硝子の靴>、<12時>…などと、イメージが繋がり広がるのが面白いのであって、物語のこの場面と固定するのでは、俳句に用いる言葉としての<シンデレラ>の魅力が半減してしまいます。
 この句は<三つの針><乱れる><密室><シンデレラ>の4点しか述べていません。ですから、三つの針が四つになったり、部屋の窓が開いて新緑をとおした光や風が入ってくるといったような鑑賞でなく、この4つをふまえている限りは、句の芯が揺らぐことにはならないはずです。よって、針を裁縫針と確定することはできません。
 
 私はと言えば、時計以外何もない真っ白な狭い密室で、12時にただ動揺する、白いドレスのシンデレラを思い描きました。物語とは全く矛盾していますが、物語を知っているから可能な読みであるように思います。

 あぁあ、私もこの句は面白いと思います、と言いたかっただけなのですが長くなってしまいました。

由紀子 さんのコメント...

私も安伸さん文香さんのように三つの針は時計の針と思いました。
ただ、秒針は思い浮かばず、短針長針、あとは心の針というかそんなものをイメージしました。
だって、「乱れる」「密室」が後についてくるのですから、つい感情を読んでしまいます。
作者がその心情をどう思ったかではなく、ある心情を説明したという印象を受けました。

百花 さんのコメント...

「密室」は、針を閉じ込めている時計そのものを言ったのではないかしら?
「灰被り」であったシンデレラが、姉二人と同じ部屋で縫い物をさせてもらえるとも思われず・・・。
秘密を持つシンデレラの、動悸が伝わって来るような句と思いました。

高山れおな さんのコメント...

そもそもこの句で盛り上がること自体が意外といえば意外です。門松の句は別格としても、「極寒の地」の句とかも良いと思うのですがどうでしょう? マッチョなところが女性好みではないかしら。

中村安伸 さんのコメント...

>文香さん、由紀子さん、百花さん

みなさまそれぞれの読みを堪能させていただきました。
由紀子さん、百花さんの読みはどちらも主体と針とが同一化している感じで面白いですね。

言いたかったことはほとんど文香さんが代弁してくださったので、くどくは言いませんが、私はこの密室をシンデレラの物語とは一応切り離された、作中主体側の世界として読んでいます。
もちろん「縫い針」という読みも排除できないのですが、個人的にシンデレラといえばプロコフィエフのバレエ曲で使われている時計の音の印象が強いので、時計とのつながりをとりたいでね。

謎のある、多義的なところがこの句の魅力なのでしょう。


>れおなさん

極寒の地渺渺と拡げる地図も花

この句もいいですね。マッチョさと繊細さのバランスがよろしいかと。

さんのコメント...

酒沁みる椅子を乾す朝 旭楼  裕一郎

お酒ののみ方もいろいろあるけど、かれはどんなお酒だったのだろう。
 酔い覚めの疲労感とかアンニュイとか、sそれ以外には別に他義へはひろがらない世界ですが、「朝日の昇る家」という歌があり。それを日本でうたっていた浅川マキの、低いダルな声がきこえてくるようです。「朝日」って、こういう風に椅子を乾かすことも出来るんだ。
郷愁の世界に入っていった長岡さんの、かわいい木の実の絵、バラの一本、をみながら、
今日はみじかくおわりましょう・・この歌の、原曲をうたったアメリカの歌手はだれでしたか?
(黙祷)

青山茂根 さんのコメント...

極寒の地渺渺と拡げる地図も花

極寒の地、の入り方から分厚い外套、今ならゴアテックスの下にサーモ肌着、を思い浮かべるのでマッチョの誘惑はそれほど感じないですね。
むしろ地図を持つ手袋の中の手、節くれ荒くれた手なのか、手袋に守られた意外に長い指先なのか、凍傷になりかけた紫色か、花の語はその手をも形容しているようで(強風の中で火をつける仕草とか)、そちらのほうが性的魅力を喚起するかもしれませんね。