2009年2月15日日曜日

あとがき(第27号)

あとがき(第27号)


■高山れおな

関悦史氏の「全体と全体以外――安井浩司的膠着について」は、「―俳句空間―豈」本誌第47号に発表された「浩司的膠着」を、四倍強に敷衍したロングバージョンである。すでにショートバージョンを読んだ段階で、安井浩司論は正岡豊の「光の行方」、志賀康の「ありかの詩学」とこれがあればもう充分なのではないかと思ったが、このロングバージョンにいたっては、正岡・志賀の論からも一頭抜きん出た、安井浩司論の不動のメルクマールとなるものではないかと思う。欣快に堪えない。あとはこの全体見取り図に沿いつつ、細部の読みをどこまでも豊かにしてゆけばよいのである。


■中村安伸

・先日ハンブルクバレエの来日公演『人魚姫』を鑑賞しました。
長袴や隈取りなど、歌舞伎の要素を取り入れた演出も面白かったのですが、ジョン・ノイマイヤーの振付けによりシルヴィア・アッツォーニが演じる人魚姫はとりわけ素晴らしいものでした。
人魚として生を受けた喜びを饒舌にあらわす身体。それが一転して、凌辱されるように強引に人間の脚を与えられたのちの、あまりにもリアルな痛みと苦しみの表現には、息がつまりそうになりました。
物語は基本的にアンデルセンの「人魚姫」にのっとったものですが、独特なのは、創造主としての「詩人」が、影のように人魚姫に寄り添っているという点です。もちろんこの詩人はアンデルセンその人ということになるのでしょう。彼が自己の抑圧された感情を人魚姫に投影したという構図を取り入れているわけです。
詩人と人魚姫がともに昇天するという結末はやや通俗的かもしれませんが、自らの作品に殉じるという、詩人として究極の姿を見せつけられた気がして、打ちのめされました。

・匿名批評についての山口優夢氏の意見に対して、高山れおな氏の回答が示されました。私もコメントもしくは次号の記事にて所感を述べさせていただこうと思います。

・冨田拓也氏が今回とりあげておられる野見山朱鳥は、虚子門下のなかでも独特の、強烈な映像喚起力をもつ俳人というイメージですが、晩年にはより観念的な方向に進んだという印象をもちました。

・先週ご紹介したオーストラリアの詩のウェブマガジンン『コルダイト Cordite』の俳句特集、更新が続いています。ぜひご覧ください。


2 件のコメント:

さんのコメント...

こるだいと。・・読んでます、フレッシュで面白いよ。日本の「ヤングハイクライター」が国外進出ですね。

湊圭史 さんのコメント...

『コルダイト』宣伝ありがとうございます。
今日からホームページのトップが俳句特集になりました。明日、富田拓也さん、明後日が宇井十間さんで、若手俳人特集は完結です。

吟さんもコメントありがとうございます。大本さん句集祝賀会でまたお目にかかります。