■あとがき(第18号)
■高山れおな
いちおう毎週、それもかなりの長さの原稿をブログに書くというのはストレスには違いないが、緊張感もあれば充実感もあってなかなか楽しい。ともかく十数回にわたってそれを書き続けた挙句、仕事の都合で三週間、書くことができなかった。今週の場合も、結局、執筆時間が取れたのは金土のみであった。というフラストレーションもあって、先週の筑紫磐井氏の原稿に対していささか性急な調子のコメントを書き込んだところ、今号には悠然たる反論が寄せられた。
それにしても、磐井氏ですら週イチペースの執筆で、〈相当生活が乱れてしまった。〉というのは安心である。あの長い長い評論詩も、フランツ・リストがピアノを弾くような感じでパソコンを叩いて、三十分くらいで書いてしまっているのではないかと想像していたがどうやらそうではないらしい。もっともこちらは、むしろ生活が規則正しくなったのであるから、影響の現われ方は磐井氏とは逆である。
〈私のように書くことにだけ興味があり、読まれることは面倒くさいと思う人間とは違うからで、インセンティブを維持し続けるのはさぞかし難しいことと思う。〉ともあるが、これは高山なども意外に「書くことだけに興味がある」タイプで、その意味ではインセンティブ(刺激、動機)の問題はない。どちらかと言えば、俳句自体に借りを返すという気分が今は強い。カウント数は磐井氏よりは気にしているのは確かだが、管理人としては当たり前である。もちろんカウント数=読者数ではないわけで、その点の幻想はない。ともかく最低限の目標は、豈本誌の号数を抜くことである。次に冨田氏の九十九折の完遂、さらに恩田氏の攝津百句の完遂が目標となろう。
■中村安伸
前号にひきつづいて山口氏の「豈」47号を読むを掲載いたします。今回も素晴らしい力稿です。なによりもスタンスがはっきりしていて明快です。
私は、今号からしばらくの間「―俳句空間―豈」47号掲載の俳句作品を読んでゆくことにします。まずは招待作品五篇を、続いて数回にわけて同人作品を、最後に安井浩司氏の特別作品を、という順序を想定しています。
堀本氏の記事は本日夜もしくは明朝に追加予定です。
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