2008年9月28日日曜日

あとがき(第7号)

あとがき(第7号)


■高山れおな

湊圭史氏の「俳句〈詩〉性批判試論」前後篇、いかがでしたでしょう。はっきり言ってこれほど抽象的で密度が高いテキストとなると筆者などにはウェヴ上で読むことは生理的に耐え難く、プリントアウトして再読、三読しておりますが、それでも哲学頭を持たない人間にはなかなか大変です。

現在の俳句界で、ごくいちぶではありますが、「前衛」と「伝統」という区分を破棄すべしという考えを述べる人たちがいます。もともと実体のある区分かどうか怪しいものですが、ジャーナリスティックな利便性からこんにちまで温存されてきたものであり、それを棄て去ることに筆者としても反対する理由はないのですが、湊氏の論考を読んでいてこの問題に適用できるところがあるのではないかと感じました。「前衛」「伝統」の名で雑駁に表象されている二つの党派的態度が、〈アレゴリカルな関係にあり、相互に還元不可能でありながら、また同時に相互依存的である〉ことを認識することからはじめてみたらどうだろうかと、そんな思いつきです。

それにしても俳句を「読む」とはどういうことかについて、これだけ深い論考がなされるのは俳句の世界では稀なことです。すぐに思い当たるのは、志賀康氏の『不失考』(二〇〇四年 風蓮舎)くらいなものでしょうか。前号のコメント欄にも書きましたが、そうした堅固な理論に基づいての具体的な作品の読みの魅力も、わかりきった内容の散文へのパラフレーズに終わりがちな大方の鑑賞文とは一線を画するものです。

とりあげたいと思う本がたまってきました。志賀康句集『返照詩韻』、高柳克弘『芭蕉の一句』、小川軽舟句集『手帖』、小川軽舟『現代俳句の海図 昭和三十年世代俳人たちの行方』、高橋睦郎『遊ぶ日本 神あそぶゆえ人あそぶ』などです。また、当ブログ開設直前の本としては、仙田洋子句集『子の翼』、小林貴子句集『紅娘 てんとむし』、夏石番矢『空飛ぶ法王 127俳句』などが積み残しになっています。果たしてこの全てについて書ききれるのかどうか、我ながら半信半疑です。とにかく時間が足りません。時間を補うのは人手ですが、これも無し。ページは無限にあるのになあ。


■中村安伸

「―俳句空間―豈weekly」は、毎週日曜日に発行いたしますが、とくに発行の時間は定めていません。できるかぎり早い発行を心がけてはいますが、諸事情により遅くなることもございます。ご了承ください。

さて、今回は湊圭史さんの「俳句〈詩〉性批判試論」の後編を掲載します。前編とあわせて味読くださいますよう。

冨田拓也さんの「俳句九十九折(5)」は70年代から80年代前半の俳壇の状況を幅広い資料を渉猟し、多角的に論述されています。

筑紫磐井氏は安土多架志、高山れおな氏は長岡裕一郎という、俳句、短歌の両面に才能を発揮し、それぞれ若くして世を去った人物をとりあげています。私の担当する「「澤」2008年7月号を読む」も田中裕明の死を扱っています。……重いですね。本日は攝津幸彦の十三回忌法要が行われます。

来週は佐藤文香氏、再来週は青山茂根氏が登場予定で、がらっと雰囲気が変わります。……おそらく。


▲▲▲▲▲▲▲▲▲「豈」発行人からのお知らせ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
■「―俳句空間―豈」47号発行予定:10月中(今のところ特に変更なし)
■イベント:
 豈忘年句会:恒例の忘年会を兼ねた横浜吟行句会を「蛮」と共同で11月22日(土)に予定。
  句会:波止場会館1F多目的室(大桟橋入り口/海岸通1-1)
/12時受付開始・1時出句締切、会費1000円
  懇親会:中華街「廣東飯店」/18時より/7000円
■同人の出版:
 恩田侑布子句集『空塵秘抄』(角川書店)9月21日刊/2667円

2 件のコメント:

湊圭史 さんのコメント...

高山さま、中村さま

拙論を掲載していただき、ありがとうございました。読み直していると、俳句史を補助として引いているところがあまりに性急で、お恥ずかしい限りです。

平井照敏氏が「現代俳句の行方」(『現代の俳句』講談社学術文庫所収)で、「俳句を律する二要素に詩と俳(新と旧)の因子をとり出し、その二因子の相克によって、近代の俳句史が展開してきた」として、明治以降の俳句史を概観しておられます。史的記述で私の原理的考察とは別、「詩」「俳」概念に関してもズレているところがありますし、またすでに皆様には周知の論とは思いますが、補足のノートとしてここであげさせていただきます。

あと、理論的な面では、「週刊俳句」掲載の田島健一さんの「俳句の不可能性への架橋 ~「第二芸術」論を読む」
http://weekly-haiku.blogspot.com/2008/05/blog-post_319.html
を読ませていただいて、視点は違いますが遠くつながるところがあるかな、と思いました。田島さんの「俳句の不可能性」が生む「作者」と「読者」の距離を、拙論では「読み」の概念によって漸近させようと試みてみた、というところでしょうか。

以上、蛇足、でした。

さんのコメント...

れおなさん、安伸さん、ご健闘頼もしく拝見。湊圭史さんとも、こんなところでお会いするのが、ふしぎなほど。うれしかったです。これを機に、関西の豈のおにいチャンも頑張って参加してくださいよ。湊さん。北の句会やヒコ硏へも来てください、句会は、今度は10月5日。詳細は身近の豈の人にきいてください。
 みなさんの労作に短文でもかきこみたくなるのですが・・コメントは、「毎週、短く、誤字すくなく」、とれおなさんに言われたので、老いては子に従え、とかなんとかで自粛しています(笑)。