2009年5月18日月曜日

船から空へ 無謀な一句鑑賞・・・青山茂根

船から空へ
無謀な一句鑑賞



                       ・・・青山茂根



最近の新型インフルエンザ報道を見ていたら、ふとあの句が頭に浮かんだ。
  
船焼き捨てし
船長は
  
泳ぐかな 
  高柳重信 (『蕗子』)
 
以前、仕事でマウイ島に行ったとき、現地のコーディネイターの方がこう言っていたのだ。――マウイ島にはもともと蠅も蚊もゴキブリもいなかった。全て船でやってきた人々とともに運ばれたのだ、――と。

船が遠く離れた大陸間を結ぶ唯一の輸送および交通手段であった時代、それは人々の交流や流入、混血、宗教の伝播を容易にする一方、様々な負の一面ももたらしたのだろう。14世紀ヨーロッパにおけるペスト(黒死病)の大流行のように、船荷であった交易品に付随してもたらされた鼠や害虫をきっかけとしたものも多かったのだろうと推測する。現在だって、アフリカ大陸にはまだ未知の病が多く潜んでいるというし、南の国である病気を媒介するといわれている蚊の種類が、ニューヨークの空港で見つかったという事実もあるのだから。

重信の掲句の載った句集が出た昭和二十五年はまだ、飛行機による貨物の輸送はそれほど盛んではなかったはずだ。船舶産業が花形であった時代の雰囲気は、横浜や神戸の街、それらの産業に従事していた人々の語り口に伺い知ることができる。そういえば、以前勤めていた会社では、幕末期の帆走機能を持つ蒸気船「咸臨丸」を復元し、当時と同じ航程を辿るドキュメンタリーフィルムを撮影していた。その船に乗って、実際に航海に参加したクルーによれば、ひとたび海上に出てしまうと、全ての決定権は船長にあり、船長の命は絶対なのだ、と。船内で叛乱や危険分子が出現したときに、それを切り捨てなければ船は沈むのだと。

重信の句は、大洋をゆく船の中で何かが発生したときの、船長の英断なのか。例えば寄港地の積荷や乗組員の夜遊びから、伝染病が船内に蔓延したとしたら。故郷の港まであと僅かな距離だったとしても、恐ろしい病を流行らせてしまう船は帰れない。自身が感染している可能性を自覚しながら、船長は、持てる力を振り絞って、乗組員を乗せたままの船に火を放つ。波間に頭を浮かべて、船が完全に燃え尽きるのを確認した船長は、どこへ泳ぎつくのか。それは、わが身の内に潜む戦前の軍国主義という病に、みずから火を放つ重信自身の姿でもあったかもしれない。

3 件のコメント:

さんのコメント...

茂根様。鋭いつっこみ。

例えば寄港地の積荷や乗組員の夜遊びから、伝染病が船内に蔓延したとしたら。故郷の港まであと僅かな距離だったとしても、恐ろしい病を流行らせてしまう船は帰れない。」(茂根)

重信のこの句を現実と結びつ桁等、ビビッドになりますね。なるほど、と感心。遂に水際では留められなかったモノの、この騒動はどうも不条理です。
関西人は、どうしていいかわからない、ただマスクして手洗いうがいをしているだけです。(吟)

(船長)は、どこへ泳ぎつくのか。それは、わが身の内に潜む戦前の軍国主義という病に、みずから火を放つ重信自身の姿でもあったかもしれない。」(茂根)

この句の風景がなぜ生まれたか、げんだいにいたるまで、種々の解読の議論を呼ぶのか、一つの鍵はこういう時代の記憶の中にあるのかもしれませんね。(吟)

mone さんのコメント...

吟さま

コメントありがとうございます。

タイムリーな話題とつながったのは偶然なのですが、以前から、句は、書かれた当時の言葉が持っていた意味へ立ち返って読むべきではと考えていました。
ましてこの句は、敗戦によってそれまでの価値観が瓦解したのちに書かれたものですし、その当時の船というものの概念は?という疑問がありました。今まで様々にこの句についてなされた解釈が今ひとつピンとこなかったもので。ほんとに無謀な思いつきでの読みですがお許しを。

まだ民間の航空機というものが日本になかった当時、飛行機に乗りたいという少年の夢に最短距離で近づくには軍隊に入るという選択肢であったようです。重信より五年後の生まれで佐藤さとるという児童文学者がいるのですが、その自伝的な物語の中で、少し上の、つまり重信とまったく同じ年の少年たちがそのような選択(海軍兵学校から航空隊を志願)をして戦死したと書かれています。

その物語の舞台は横須賀ですし、飛行機のみならず軍艦もいかに少年たちのロマンを誘うものであったか、虚子のように世界をめぐる船旅ができたのはほんの一握りの人たちであり、外国へ行きたいという少年の夢を実現するのもまず船であったはず(現在でも、海上自衛隊の士官候補生クラスの軍艦での訓練は、太平洋を横断し、南アメリカ大陸をぐるりと南下して回る、と実際に所属していた人から聞きました)。
佐藤さとる自身らしき主人公は「海洋少年団」という日露戦争での元海軍大佐が指導する組織に入っていますし(現在、同名の組織がありますが1951年に発足したもので全く別のようです)、当時の軍部も少年たちが憧れるように啓発していったのでしょう。

ひとつ、訂正があります。
「戦前の軍国主義」というところ、「戦前・戦中を通しての」あるいは、「戦前からの」とすべきでした。
今の書き方ですと、狭義には「昭和12年の支那事変より前」ということになり、小学生の重信が軍艦の絵葉書集めをしていた時期しか指さないことになってしまいますので。

mone さんのコメント...

あ、上のコメントの
署名を忘れました、すみません。
             青山茂根