2008年10月11日土曜日

俳句九十九折(7) 1991~2008年・・・冨田拓也

俳句九十九折(7) 1991~2008年

                       ・・・冨田拓也

A 前回は1990年あたりまでの出来事を見てきました。 

B このあとの1991年から2008年の現在までを一気に年表で見ていきましょう。

1991年(平成3年)  波多野爽波没 飯田龍太『遅速』 桂信子『樹影』 大串章『百鳥』 岡本眸『手が花に』 三森鉄治『天目』 千葉皓史『郊外』 『燦』 小林恭二『俳句という遊び』 仁平勝『秋の暮』

1992年(平成4年)  飯田龍太「雲母」終刊 阿波野青畝没 橋間石没 正木浩一没 橋間石『微光』 佐藤鬼房『瀬頭』 岸本尚毅『蕣』 長谷川櫂『天球』 田中裕明『桜姫譚』 『波多野爽波全集』全3巻 矢島渚男『俳句の明日へ』 高橋睦郎『私自身のための俳句入門』 堀本吟『霧くらげ何処へ』

1993年(平成5年)  加藤楸邨没 神田秀夫没 「俳句空間」休刊 長谷川櫂「古志」創刊 「白露」創刊 平井照敏編『現代の俳句』 『耀』 高屋窓秋『花の悲歌』 手塚美佐『昔の香』 中原道夫『顱頂』 『正木浩一句集』 宗田安正『巨眼抄』 『安井浩司全句集』 鳴戸奈菜『言葉に恋して』 『最初の出発』全4巻

1994年(平成6年)  山口誓子没 「天狼」終刊 正木ゆう子『悠』 矢島渚男『船のやうに』 友岡子郷『風日』 筑紫磐井『飯田龍太の彼方へ』 宇多喜代子『つばくろの日々』『イメージの女流俳句』

1995年(平成7年)  野沢節子没 「俳句朝日」創刊 飴山實『花浴び』 黒田杏子『一木一草』 片山由美子『天弓』 江里昭彦『生きながら俳句に葬られ』 小林恭二『俳句という愉しみ』 矢島渚男『与謝蕪村散策』 大串章『現代俳句の山河』 『現代俳句ハンドブック』 秦夕美『火棘』

1996年(平成8年)  攝津幸彦没 黛まどか角川俳句賞奨励賞 宗田安正編『現代俳句集成』全一巻 三橋敏雄『しだらでん』 桂信子『花影』 高野ムツオ『雲雀の血』 櫂未知子『貴族』 石田郷子『秋の顔』 長谷川櫂『果実』 仁平勝『俳句が文学になるとき』 夏石番矢編『「俳句」百年の問い』

1997年(平成9年)  永田耕衣没 上田五千石没 平畑静塔没 細見綾子没 「俳句界」創刊 大峯あきら『夏の峠』 大石悦子『百花』 小澤實『立像』 上野一孝『万里』 五島高資『海馬』 『攝津幸彦全句集』 山西雅子『夏越』

1998年(平成10年) 石原八束没 「俳句あるふぁ」創刊 「俳句現代」創刊 藤田湘子「俳句」誌上で座談会「俳句ブームは終わった」 「俳句甲子園」の前身「俳句ボクシング」開催 中原道夫「銀化」創刊 安井浩司『四大にあらず』 髙山れおな『ウルトラ』 坊城俊樹『零(ZERO)』 折笠美秋『否とよ、陛下』

1999年(平成11年) 高屋窓秋没 清崎敏郎没 原裕没 『女流俳句集成 全一巻』 矢島渚男『翼の上に』 岸本尚毅『健啖』 高橋睦郎『百人一句』 正木ゆう子『起きて、立って、服を着ること』 攝津幸彦『俳句幻景』

2000年(平成12年) 飴山實没 飯島晴子没 島津亮没 小澤實「澤」創刊 正岡子規国際俳句大賞 宇多喜代子『象』 長谷川櫂『蓬莱』 櫂未知子『蒙古斑』 恩田侑布子『イワンの馬鹿の恋』 仁平勝『俳句を作ろう』 秋尾敏『子規の近代』

2001年(平成13年) 中村苑子没 能村登四郎没 岡井省二没 三橋敏雄没 『佐藤鬼房全句集』 大峯あきら『宇宙塵』 小川軽石『近所』 筑紫磐井『定型詩学の原理』 大岡信『百人百句』 川名大『現代俳句』 矢島渚男『俳句の明日へⅡ』 『現代100人20句』 「俳句現代」終刊

2002年(平成14年) 佐藤鬼房没 安東次男没  第一回芝不器男俳句新人賞 矢島渚男『延年』 長谷川櫂『虚空』 正木ゆう子『静かな水』 田中裕明『先生から手紙』 『無敵の俳句生活』 黒田杏子『証言・昭和の俳句』 正木ゆう子『現代秀句』 インターネットが盛んになる

2003年(平成15年) 鈴木真砂女没 草間時彦没 平井照敏没 齋藤慎爾編『二十世紀名句手帖』全8巻 邑書林より「セレクション俳人」シリーズ刊行開始 『現代俳句最前線 上・下』 桂信子『草影』 安井浩司『句篇』 福田甲子雄『草虱』 佐々木六戈『百韻反故』 『岡井省二全句集』 『飴山実全句集』 『河原枇杷男全句集』 中原道夫『不覚』 永末恵子『ゆらのとを』 竹中宏『アナモルフォーズ』 高野ムツオ『蟲の王』 辻美奈子『真咲』 坂本宮尾『杉田久女』

2004年(平成16年) 石田勝彦没 桂信子没 鈴木六林男没 田中裕明没 佐藤鬼房『幻夢』 石田郷子『木の名前』 片山由美子『風待月』 宗田安正『昭和の名句集を読む』 長谷川櫂『俳句的生活』 小川軽石『魅了する詩型』 志賀康『不失考』 筑紫磐井『近代定型の論理』 『現代一〇〇名句集』全10巻 「豈」が「-俳句空間-豈」にリニューアル

2005年(平成17年) 藤田湘子没 福田甲子雄没 田中裕明『夜の客人』 小澤實『瞬間』 坊城俊樹『あめふらし』 池田澄子『たましいの話』 鴇田智哉『こゑふたつ』 髙山れおな『荒東雑詩』 五島高資『蓬莱紀行』 『飯田龍太全集』 林桂『俳句・彼方への現在』 「澤」特集「大正十年前後生まれの俳人」

2006年(平成18年)  第二回芝不器男俳句新人賞 小川双々子没 宗左近没 藤田湘子『てんてん』 高橋睦郎『遊行』 西村和子『心音』 『攝津幸彦選集』 『林田紀音夫全句集』 筑紫磐井『詩の起源』 

2007年(平成19年) 飯田龍太没 インターネット上で「週刊俳句」創刊(上田信治、さいばら天気) 「澤」特集「二十代・三十代の俳人」 安井浩司『山毛欅林と創造』 『桂信子全句集』 『田中裕明全句集』 小澤實『俳句のはじまる場所』 髙柳克弘『凛然たる青春』 現代詩手帖特集版『飯田龍太の時代』 『平成秀句選集』 「俳句朝日」休刊 「俳句研究」休刊

2008年(平成20年)  『鑑賞女性俳句の世界』全6巻 池田澄子『休むに似たり』 小川軽舟『手帖』『現代俳句の海図』 「―俳句空間―豈weekly」創刊(髙山れおな、中村安伸)

A この年表もいつもながら様々な不備や問題点があるはずですが、とりあえず主要と思われる事項を取り上げてみました。

B この18年間の主な出来事は、平成4年(1992)の飯田龍太の「雲母」の終刊や、波多野爽波、阿波野青畝、山口誓子、橋間石、加藤楸邨、永田耕衣、平畑静塔、中村苑子、攝津幸彦、飯島晴子、能村登四郎、高屋窓秋、三橋敏雄、佐藤鬼房、鈴木六林男、桂信子、田中裕明、藤田湘子、飯田龍太、などの多くの俳人の逝去でしょうか。

A 実に多くの重要な俳人を喪っていることに驚きます。

B あと「俳句空間」が1993年に休刊しています。この俳誌の役割というのも小さくないはずです。沢好摩さんが高柳重信の「俳句研究」の理念を継承するために1986年に創刊し、5号までを書肆麒麟から発行、その後大井恒行さんが引き継ぎ、6号から休刊号までを弘栄堂書店から発行しました。このあたりの経緯は「豈」37号に詳しいです。この総合誌から、今泉康弘、五島高資、髙山れおな、守谷茂泰、水野真由美、倉坂鬼一郎などの新鋭が登場しました。これらの作者の作品は、「俳句空間」新鋭作家集として『燿』、『燦』の二冊に纏められ弘栄堂書店から出版されています。

A この「俳句空間」はいま見ても資料的価値が高いですね。6号の寺山修司特集、19号の西東三鬼特集、18号では「十七音の遊撃手―輝け!俳句のマイナーポエット12人」として、野村朱鱗洞、芝不器男、下村槐太、神生彩史、火渡周平、中尾寿美子、阿部青鞋、齋藤空華、堀井春一郎、島津亮、志摩聡、寺田澄史という現在のどの総合誌でも、まずあり得ないであろうラインナップで特集を組んでいます。そして、休刊号ではこれからの展望を見据えての「現代俳句の可能性」という特集を組み、ニューウェーブ18人についての作家論(攝津幸彦、宮入聖、筑紫磐井、江里昭彦、正木ゆう子、長谷川櫂、対馬康子、田中裕明、岸本尚毅など)が掲載されています。

B 「俳句空間」は1993年に休刊するわけですが、その後2004年に「豈」がリニューアルする際「-俳句空間-豈」という名称となって復活します。そして、2008年、このブログ「―俳句空間―豈weekly」へも繋がってゆくということになります。

A 他には、これといった大きな出来事は特にないようですね。仔細に見ていけばいろいろとあるのかもしれませんが。

B また、現在の時点ではまだ見えないものや、見落としてしまっているものもあるのかもしれません。

A 小川軽舟さんが『現代俳句の海図』(2008年 角川文芸出版)で〈小林恭二が昭和三十年世代を売り出し、俳句の魅力を熱く語ったのは、それに刺激を受けてさらに多くの若者たちが俳句の世界に飛び込んでくることを期待してのことでもあっただろう。あれから二十年が過ぎたが、その成果は期待をはるかに下回るものだったにちがいない。小林のメッセージのどれだけが若者に届いたか、それすら心もとない。三十年世代は遅れて来た俳人を加えながら成長したけれども、俳句の世界の風景は実はそれほど変わっていない。〉と書いておられます。

B その後、思った以上に新人が出てこなかったようですね。何人かの作者は登場したようですが、結局現在まで俳句の世界の風景はあまり変わらなかったようです。

A ただ、そうした中でも俳壇の高齢化が相当進んでいるそうです。小川さんが同書で〈大正生まれ世代は既にすべてが八十代になっている。これに続く昭和一桁世代も戦後を代表する俳人を多数擁しているが、彼らはすべてが七十代だ。客観的に見て、どこかで堰を切らざるを得なくなっているのではないか。〉と書いておられます。俳人協会の平均年齢も73歳だそうです。

B あと、俳句の世界のみの問題ではありませんが、経済状況が相当不安定になってきています。バブルの崩壊とその後の「失われた十年」、近年の格差社会と貧困の進行、年間3万人以上の自殺者など、これから社会状況がどうなっていくのかを考えると正直なところ暗然とせざるを得ないですね。

A これまで見てきたように俳句は経済と非常に深い関係にあります。前回の江里昭彦さんのお手紙の内容はこれからの俳句状況の変化を鋭く指摘しておられました。

B これから俳句の世界も、どのような方向であれ変貌していくことは避けられないところでしょう。

A 他に変化として、インターネットの発達と普及があります。これにより様々な情報を発信し、また、得ることが可能となりました。

B これも江里さんのご指摘通り、必ずしも楽観的なものではないでしょうね。

A 確かにその通りですが、やはりこれまで総合誌がメインだった俳句の世界では、この変化はけっして小さなものではないと思いたいところではあります。

B 結局、この期間に起こった俳句の世界の出来事や変化をまとめると、多くの俳人の逝去、俳人の高齢化、経済の悪化、インターネットの普及といったところでしょうか。あと、江里さんのお手紙の内容から、「俳句ブーム」について、平成10年に藤田湘子が「俳句ブームは終わった」と宣言しましたが、現在まで、まだ続いているという見方もできるようです。

A もっと詳しく見てゆけば他にもいろいろとあるのでしょうが、一応主なものはそういったところでしょうか。そんな状況の中で、若手の作家がこのところ徐々に登場してきているようです。

B とある俳誌の編集長をされている俳人の方も以前「この頃若手に関する問い合わせが非常に増えている」といった発言をされていました。

A 愛媛県の「俳句甲子園」の10回を越える開催や、「芝不器男俳句新人賞」の設立、そして、小澤實さんの結社誌「澤」では、2007年7月号に「二十代三十代の俳人」特集が組まれました。

B 他には、若手作家の成果として、2005年に、鴇田智哉さんの第一句集『こゑふたつ』(木の山文庫)、髙山れおなさんの第二句集『荒東雑詩』(沖積舎)、五島高資さんの第三句集『蓬莱紀行』(富士見書房)、2007年には髙柳克弘さんの評論集『凛然たる青春』(富士見書房)が刊行されています。

A これまでの俳句の流れを俳人名で纏めると、

 飯田龍太 森澄雄 高柳重信 金子兜太 佐藤鬼房 鈴木六林男 赤尾兜子 波多野爽波桂信子 藤田湘子
          ↓

三橋敏雄 加藤郁乎 鷹羽狩行 上田五千石 飯島晴子 阿部完市 安井浩司 河原枇杷男 折笠美秋 矢島渚男 竹中宏 福田甲子雄

          ↓

坪内稔典 攝津幸彦 沢好摩 宇多喜代子 仁平勝 筑紫磐井 林桂 夏石番矢 江里昭彦 高野ムツオ 池田澄子 久保純夫

          ↓

長谷川櫂 小澤實 田中裕明 岸本尚毅 正木ゆう子 片山由美子 中原道夫 今井聖 櫂未知子 上野一孝 千葉皓史 佐々木六戈 中岡毅雄 小川軽舟 坊城俊樹 石田郷子

といった感じになるのではないかと思います。

B こういった人名のみの羅列はやはり多くの問題を含んでいると思いますが、大体このような感じでしょうか。もちろん他にも重要な俳人は多く存在しますが。

A この後に続くのが「澤」の「二十代三十代の俳人」特集の作者たちとなる可能性がありそうです。

B この特集号では、今泉康弘、山根真矢、髙山れおな、杉浦圭祐、牛田修嗣、鴇田智哉、田中亜美、立村霜衣、大高翔、冨田拓也、村上鞆彦、髙柳克弘、神野紗希の13人が取り上げられています。

A 他にも取り上げられてもよさそうな俳人が何人かいそうですね。

B 小澤さんも選ぶのに随分苦心されたそうです。他に五島高資さんが予定されていたそうですが、ご多忙のためか作品が掲載されていませんでした。

A あと、「澤」所属の若手も押野裕、榮猿丸、相子智恵など9名が取り上げられています。

B 他に、同年代の詩人や歌人に関する文章まで掲載されています。こういった他ジャンルとの比較ということも重要でしょうね。

A では、これらの作者の作をこれから見ていきましょうか。

B 私と年齢が近いためか、ものすごく気が重いんですけど……。

A そうですね。なるべく簡単にふれることにしましょう。

今泉康弘  昭和42年(1967)生まれ 「円錐」所属

背に落ちる光や木々に選ばれて

空に舟が髪にその櫂のしずくが

楡が風に風が鯨に鯨が僕に

山根真矢  昭和42年(1967)生まれ 「鶴」所属

湾岸道路分岐繰り返して晩夏

中国の後ろに印度竹の秋

裸の子太平洋の縁歩く

髙山れおな  昭和43年(1968)生まれ 「豈」所属

陽の裏の光いづこへ浮寝鳥

江戸切子ちりんと暗黒大陸に

八月やわれに霊式戦闘機

杉浦圭祐  昭和43年(1968)生まれ  「草樹」所属

全身の傷を見せ合う鯨汁

かなかなや木の国の木の家にいて

鯉放つ直方体の寒の水

牛田修嗣  昭和44年(1969)生まれ  「狩」所属

夏潮のコバルト裂きて快速艇

岬の灯の沖に島の灯涼新た

寒波来る葡萄酒で煮てけもの肉

鴇田智哉  昭和44年(1969)生まれ 「雲」所属

水ほどにひらたくなりぬ夕焼けて

逃水をちひさな人がとほりけり

ゆふぐれの畳に白い鯉のぼり

田中亜美  昭和45年(1970)生まれ 「海程」所属

日雷わたくしたちといふ不時着

人待つは仮象と騒ぐ青葉かな
  ⇒仮象に「シャイン」とルビ

胎内は河原の白さ日傘差す

立村霜衣  昭和46年(1971)生まれ  「ホトトギス」「河内野」所属

泥というもの減りし世に田螺鳴く

伊吹山あをあをとして薬の日

十夜婆口動くともなく動く

相子智恵  昭和51(1976)年生まれ  「澤」所属

ゑのころのひとかたまりや屋根のうへ

夢ヶ丘希望ヶ丘や冴返る

一滴の我一瀑を落ちにけり

大高翔  昭和52年(1977)生まれ  「藍花」所属

夏怒濤ひとりでゆけるところまで

何かしら昼寝の中に置いてきし

鳥渡る山のぽかんと美しく

冨田拓也  昭和54年(1979)生まれ  無所属

気絶して千年氷る鯨かな

天の川ここには何もなかりけり

晩秋の夢殿を掌かな
    ⇒掌に「たなごころ」とルビ

村上鞆彦  昭和54年(1979)生まれ  「南風」所属

投げ出して足遠くある暮春かな

雷過ぎしノートの暮色濃かりけり

あをぞらをしづかにながす冬木かな

髙柳克弘  昭和55年(1980)生まれ  「鷹」所属 

うみどりのみなましろなる帰省かな

ことごとく未踏なりけり冬の星

木は鳥をながくとどめて暮春かな

神野紗希  昭和58年(1983)生まれ  「いつき組」所属

青蔦や第二理科室星の地図

水澄むや宇宙の底にいる私

淋しさやサルノコシカケ二つある

B この特集号には一人の作者につき自選50句(「澤」の作者は自選20句)が掲載されています。そこよりとりあえず3句ずつ抄出しました。3句を選ぶのも、どれを選ぶのか大変難しいところです。自作をここに掲載するのは気の進まないところですが、参考資料ということで今回だけは許していただきたく思います。

A 折角なので、五島さんの句も句集から載せておきましょう。

五島高資  昭和43年(1968)生まれ 「俳句スクエア」

舌荒れてやけに金星かがやけり

山藤が山藤を吐きつづけをり

加速するものこそ光れ初御空

B さて、これらの作者の句を見てどう思いますか。

A 正直なところ、当たり前の感想かもしれませんが、50句の中には、いい句もあれば、そうでない句もある、といったところでしょうか。髙山れおなさんや鴇田智哉さんの句は句集単位で読んだ方が面白いでしょうね。

B 「俳句界」の最新号である2008年10月号の座談会「現代俳界のねじれ現象を突く」(岩淵喜代子、栗林眞知子、坂口昌弘、澤好摩、谷雄介、筑紫磐井、星野高士)では、若手が保守化しているのではないか、という意見が出ていましたが。

A これらの作者の句を見る限り、そういった意見は単純に否定できないところもあるでしょうね。しかしながら、長谷川櫂、小澤實、田中裕明、岸本尚毅、正木ゆう子、片山由美子、中原道夫、今井聖、櫂未知子、上野一孝、千葉皓史、佐々木六戈、中岡毅雄、小川軽舟、坊城俊樹、石田郷子といった作者たちと比べてみると、やや変化の兆しのようなものが何人かの作者には認められるのではないでしょうか。無論、だからといって、いまここに挙げた作者たちのことを否定しているわけではありません。これらの作者たちの成果も今後しっかりと検証される必要があると思います。

B 「若手が保守化している」という意見に関しては、これらの若手作者が俳句を始めた時には、前回見たように俳句の主流がすでに、文学的な方向とは切れた古典的な作風が俳句の世界を覆っていたという状況であったこともその要因の一つとして考えられそうです。

A いま挙げた「昭和三十年世代」の作風がすでに俳句界における主流となっていたわけですね。この流れは現在まで続いているといってもいいでしょう。

B それゆえか、何人かの作者を除いて、「伝統」や「文学性」といった問題に対する「葛藤」のようなものがあまり感じられないような気がします。このことはもっと他の多くの若手作家をみればさらにはっきりすることと思います。まあ、だからといってそのことが一概にいいことなのか悪いことなのか、私には単純になんとも言えないところではありますが。また現在では何を以て「保守化」とするのかという問題もありそうです。

A 小川軽舟さんも『現代俳句の海図』において〈昭和三十年世代には、皆で競って開拓できるような目に見えるフロンティアが残されていなかった。〉〈三十年世代が古典に関心を向けるのは、フロンティアの喪失の結果と見ることもできるだろう。温故知新、古典こそがフロンティアなのだ〉と書いておられます。

B しかしながら、この古典がフロンティアというのも実際のところ、現在となっては、すでに古典的な作風は主流となり、ある程度開拓されているような感もあるという気もしますが。俳句が古典を志向するようになってからすでに久しいというか。古典がフロンティアであるという時代は果たしてこれからも続いていくものなのでしょうか。

A 私としては正直、よくわからないところですね。まあ、とりあえず古典を学ぶことが無意味であるということは全くないでしょうし、古典の要素を俳句に取り込んでいくことは、これからも有効な手法であるということには変わりのないはずだとは思いますが。

B 今後、このように蓄積された古典の要素が、俳句の現在においてどのような展開を見せるのかというところが、もしかしたらこれからの見どころなのかもしれません。

A この小川軽舟さんの『現代俳句の海図』には、中原道夫、小澤實、長谷川櫂、正木ゆう子、片山由美子、三村純也、石田郷子、櫂未知子、田中裕明、岸本尚毅という10人の句が小川軽舟さんの選で50句抄出されていて、これと現在の新人の作と比較して読めば、いろいろと共通項や相違点が見つかりそうです。

B この2冊でこの20年くらいの俳句表現の展開のおおよそは俯瞰できそうですね。ただ、これらの作者の成果は50句のみではわかりづらい部分も相当ありそうです。

A 前回、これらの「結社出身のニューウェーブ」について、この時代の問題は現在にまで持ち越されているのではないか、といったことを発言しました。

B そうでしたね。そして、前回、飯田龍太の昭和61年(1986)9月の評論の〈通読してまず印象されたことは、僅かの例外を除いて、意味不明の、晦渋苦悶の句がほとんど見当たらず、新人にしては全般的に作品がきわめて温雅であること。第二に、それぞれ所属結社やグループを異にするにも関らず、作品を見る限りでは、その点の区分は判別し難い〉〈いまの新人は、結社の在り方よりも作品そのものを上位に置いている〉〈しかも、ひと頃のような前衛的な技巧なほとんど影をひそめ、伝統的手法にとっぷりと浸りきっている感じである。〉といった内容の意見をいくつか挙げました。

A こういった意見は、やはり現在でもある程度当て嵌まるのかもしれません。

B 確かにこの龍太の意見も、現在の状況としてある程度通用しそうです。また、前回はふれませんでしたが、森澄雄に、平成2(1990)年の「俳句」5月号で〈今の若い人はみんな老いこんでいる〉〈なぜ人生を詠うような志がないんだろう〉といった発言があり、また、「俳句研究」平成元年(1989)3月号の飯田龍太、金子兜太、森澄雄による「未完の文芸」という鼎談でも、若手に三人ともやや厳しい発言をしています。

A 前回でもこのような「人生の問題」が度々出てきましたね。これについて、宗田安正さんは「澤」の2007年の特集号で〈昭和末期から平成になり社会構造が大きく変化、俳句の様相も変わった。その表現主体の拠り所であったイデオロギーはもちろん、主体(自我)さえ絶対ではなくなってきた。よく言われるように、俳句で何を表現するかから何を表現できるかに変質してきた。この表現主体の消失とそれをどこに求めるかの問題は、今の四、五十代俳人のものであったが、現在もその状況は変わらない。〉と書いておられます。

B やはり時代の影響が、俳句の表現には大きく作用しているようですね。もはや「人生」を単純には詠めない時代になったということでしょうか。こういった主体の消失という問題も、やはり現在において変わっていないようです。

A 前回の「結社出身のニューウェーブ」に対する有馬朗人さんの〈かつての草田男や兜太や重信が持っていた冒険がないのは残念である。規則破りのすれすれの試みが欲しいと思う〉という意見や、上田五千石の〈一方彼らは聡明であって、この俳句という断片的な詩型に過大な負担をかけることの愚かさと試行の労の重たさを見透かしていて、ほどのよい表現内容を用意しようとしているのかとも思えてならない〉という意見、そして、先ほどの1989年の「俳句研究」の龍太、澄雄、兜太の鼎談では、三人とも若手の作品が〈小さく纏まりすぎている〉という風に発言しています。こういった意見については現在においてどう思われますか。

B これらの問題については、この文章を読んでくださっている方々にそれぞれ考えて頂きましょうか。私としても、これらの問題は他人事ではありませんのでなんとも答えようがありません。ただ、こういった発言がかつてに存在したという事実は、やはり現在においてもある程度留意しておく必要があるのではないかとは思いますが。

A まあ、なにはともあれ、当然「昭和三十年世代」にしても、現在の新人にしても、これからどのような達成を示していくことになるのか大いに注目されるところです。

B さて、大変いい加減ながら、戦後の俳句史の「あらすじ」をみてきました。

A 結局、わかったのは、俳句の歴史というのは一種の「樹海」のようなものであるということですね。大変入り組んでいて、迷い込むと戻ってこれなくなりそうです。こういったものを詳しく見ていくのは、とても短期間でできるようなものではない、というのが正直な感想でしょうか。

B 俳句の世界には句集や評論、総合誌があり、それだけでなく、数多くの俳誌が存在し、多くの作者を擁しています。さらにそこから作品や文章を一つ一つ、年代を追って見ていくということは単純に不可能に近いですね。

A 村山古郷に『明治俳壇史』、『大正俳壇史』、『昭和俳壇史』がありますが、記述は昭和16年あたりまでで終わっていて、この続編のようなものがあれば俳句史は相当わかりやすくなるのですが。

B 他には、楠本憲吉に『戦後の俳句』があり、これで昭和20年から昭和40年あたりまでの俳句の出来事がある程度眺望できます。

A 今後こういった精度の高い俳句史を、どなたかが提示してくだされば一番ありがたいですね。

B さて、これから俳句は果たしてどうなるのでしょうか。

A なんとも言えませんね。こちらがお聞きしたいところです。

B とりあえずこれまでの流れをおさらいすると、

飯田龍太 森澄雄 高柳重信 金子兜太 佐藤鬼房 鈴木六林男 赤尾兜子 波多野爽波桂信子 藤田湘子

          ↓

三橋敏雄 加藤郁乎 寺山修司 鷹羽狩行 上田五千石 飯島晴子 阿部完市 安井浩司 河原枇杷男 折笠美秋 矢島渚男 竹中宏 福田甲子雄

          ↓

坪内稔典 攝津幸彦 沢好摩 宇多喜代子 仁平勝 筑紫磐井 林桂 夏石番矢 江里昭彦 高野ムツオ 池田澄子 久保純夫

          ↓

長谷川櫂 小澤實 田中裕明 岸本尚毅 正木ゆう子 片山由美子 中原道夫 今井聖 櫂未知子 上野一孝 千葉皓史 佐々木六戈 中岡毅雄 小川軽舟 坊城俊樹 石田郷子

といった感じになりそうです。当然ながらここには多くの問題点があると思いますが。

A この後に髙山れおなさんや鴇田智哉さんなどを加えてもいいのかもしれません。

B 他には、山口誓子、西東三鬼、永田耕衣、高浜虚子、飯田蛇笏、水原秋櫻子、加藤楸邨、日野草城、石田波郷、中村草田男、阿波野青畝、松本たかし、久保田万太郎、山口青邨、沢木欣一、相生垣瓜人、能村登四郎、富澤赤黄男、野見山朱鳥、秋元不死男、橋本多佳子、星野立子、清崎敏郎、大野林火、下村槐太、中島斌雄、橋間石、平畑静塔、高屋窓秋、阿部青鞋、三橋鷹女、安住敦、林田紀音夫、津田清子、楠本憲吉、野澤節子、小川双々子、石原八束、深見けん二、大峯あきら、宇佐美魚目、有馬朗人、草間時彦、堀井春一郎、岸田稚魚、岡井省二、石田勝彦、古館曹人、福田甲子雄、川崎展宏、友岡子郷、今井杏太郎、宗田安正、齋藤慎爾、柿本多映、岡本眸、鷲谷七菜子、黒田杏子、飴山實、山本洋子、大石悦子、茨木和生、大木あまり、西村和子、対馬康子、永末恵子、中田剛、山西雅子などの存在も忘れてはならないでしょう。

A 戦後の俳句史における表現の主なところは大体このあたりのようですね。やはり相当混沌としています。

B 一人の作者に限ってみても、当然ながらその軌跡には様々なプロセスがあります。これら作者の成果をこれからどうすればいいのか……、なんとも重たい課題です。

A ともあれ、俳句は、その生誕以来、いまだに生成、発展の途上にあるもの、ということができるのかもしれません。日本の詩歌を古典から遡って考えたとき、その姿形は世の万象のあらゆる相と同じく、様々な変貌をひたすら繰り返してきたという事実に行き当たることでしょう。

B はたして俳句はこれからどのように変化し、展開していくことになるのか、それは当然のことながら現在に生きる俳人たちの一人一人の手に委ねられています。

A では、最後に現在、真摯に俳句表現と対峙している作者の言葉を「俳人の言葉」として引いて、とりあえずおしまいにしましょうか。

俳人の言葉 第7回

今日の俳句の作り方は、時代としてもそうだし、俳壇としてもそうだし、自分自身でもそうなんですが、必ず行き詰まるでしょう。あるいは、すでに行き詰まっているのかもしれませんが、その行き詰まりを打破するために何かをしないといけない。勉強をしないといけない。

岸本尚毅 「俳句研究」2003年1月号より

現代の俳句において一番重要なのは、歴史という問題ではないかな、と思っています。「現代の俳句の歴史」、ということです。(…)私たちが今、どういう句を作るかということを、心底考えるためには、今までの俳句の歴史がどうだったのか、特に私たちの今生きている時代のすぐ前の昭和俳句・戦後俳句というものがどうだったか、ということを知る必要があります。それを知らなければ、実は俳句というものは、書けないのではないか、というふうに思います。

小澤實 「天為」200号記念特別号(2007年) 「検証・戦後俳句」より
 

次回より別の展開へと移ることにします。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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■関連記事

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5 件のコメント:

湊圭史 さんのコメント...

富田拓也さま

第6・7号で伴走させていただいた湊圭史です。

現代(現在)俳句に興味をもって読んではいるけれど「樹海」に踏み入れるのは躊躇している人間として、富田さんのこれまで7回の連載、勉強させていただきました。小川さんの『現代俳句の海図』と合わせて読ませていただくと、全体像がひとつ見えてくる気がします。とくに今回は私の同世代(とそれ以降)まで踏み込んでいて、しばらくこれをインデックスとして現在俳句を逍遥させていただこうと思います。

かるく覗かせていただくだけでも、俳句の世界に若手の言葉(作品・評論ふくめ)が見えてきた気がしています。「俳人の言葉」の岸本尚毅さんの言葉(の前半)のように、内部にいる人間としては一種の絶望があるのかもしれませんが、読者としてはちょっとわくわくしていますよ。

今後の連載も、俳句も、期待しております。

久留島 さんのコメント...

冨田さま

まずは一段落お疲れ様です。まだまだ客観視がされていない「最近俳句史」に大胆に踏み込む、興味深い試みだったと思います。不勉強な人間にも少し見晴らしがよくなりました、ありがとうございます。

ただ俳句史の総論として「詩」「俳」、「固有性」「文学性」の葛藤、という、まさに湊さんが指摘する曖昧な用語でくくってしまわれたことはすこし残念でした。結局は平井照敏氏らが指摘した状況の延長上に“現在”がある、ということでしょうか。私には“現在”は、良い意味でも悪い意味でももっと不明確かな、と思えます。
最近、赤城さかえ『戦後俳句論争史』を読みました。この本で扱われている「第二芸術論」「根源俳句」あたりが、俳壇で最後の論争だったように思います。それ以後は明確な対立軸がないのではないでしょうか。それは悪い意味ではなく、ニュートラルな立場でいろいろな俳句を享受、実作できるということでもあると思っています。

私自身、まったく先は見えていないのですが、今後、冨田さんの連載が、第一回で予告された「インターネット」という今日的媒体にどう絡んでいかれるか、とても楽しみにしております。

冨田拓也 さんのコメント...

湊さん
コメントいただきありがとうございます。
以前の御文章拝読しておりました。
あのような本格的な評論を書かれる方がいらっしゃるのかということで非常に驚き、感服いたしました。
私としてはどこまで理解できたのか大変心許ないところではありますが。
今後も、湊さんの文章を拝読できる機会があれば嬉しいです。
また、湊さんが「現代俳句を逍遥」された後の意見などもぜひお窺いしたいところです。

久留島さん
この度もコメントありがとうございます。
たしかに「曖昧」な感じになってしまいましたね。
俳句の現在は久留島さんがおっしゃるように「もっと不明確」なものだと、私も思います。
久留島さんのコメントの内容から次の言葉を思い出しました。ご参考までに。

俳句史とは子規の夭折に接続するところの、圧倒的な虚子の君臨とそこから巣立った才能者の分裂と、前衛の試み。それらは今や、横一列の同価値の風景となって私たちの前に広がっているのではないか。何処からでも出発できるかわりに、何処へ向かうのかも判然としない。これは愉快なことである。

佐々木六戈 「子規の不在の彼方」(「俳句」2002年6月号)より

久留島 さんのコメント...

冨田さま

「もっと不明確」という言葉は、それこそ不明確だったようです。それより、佐々木六戈さんの「横一列」の風景、というほうが、印象として正しいような気がします。

冨田拓也 さんのコメント...

久留島さん

印象としてはそんな感じですね。
しかしながら、これから俳句は何処へ向かうのか、不明瞭であることには変わりないところですね。